8.月明りの下で
極大光魔法・ルーチェリエル。
それを弱体化させるにはこの街の周辺に散っている、三か所の封印を破壊しなければならないらしい。
しかしその場所を一ヵ所一ヵ所回っている時間は無いとのことで、ベルが復活したら、三手に分かれてそれぞれで封印を破壊しに行く……というのが作戦の概要だ。
「封印を壊すには、『魔の力』が必要であると。だから、ベル、ヒナは封印を壊せるけど、アリスは今のままじゃ壊せない……」
「だから私に、この場で『魔の力』を宿らせると……。そういうこと……なのは、理解した、が、」
現在。
俺もアリスもパンツ一枚で離れた岩に腰掛けている。
理由は単純。気まずいからだ。
『さぁお二人とも。早くこちらに寄り、抱き合ってください!
この場は神聖な場所ですので、ここでいかがわしい行為をすることで、アリスさんの体に『魔』が宿ります!』
「なっ、なんだその理屈は……! あ、いや、いい。詳しい説明はいい……。これ以上頭を痛めたくない……」
ぐぬぬと頭を抱えるアリス。いや、俺も抱えてるけど。
「ヘリオスちゃん……。どういうことだよ。
さすがにこれはほら、アリスが可哀想というか……」
こんなところでいかがわしい行為なんてしたくないだろう。
それに俺だって、場所を選びたいし……。ベルの事もあるし……。
『う~ん、そうですか……。ベルアインと既に済ませた今のコースケさんになら、任せられると思っていたのですが……』
「それそういう意味だったの!? 俺がベルといたしたから、アリスも抱けるだろうって!?」
『実はこれまでにもこのような場所はあったのですが。さすがに初めてはベルアインとの方がいいと思い自重していたのです』
「謎の気遣い方! い、いや、初めてがどうとかは関係なく……。その、アリスの方の問題もあるしさ……!」
『まぁ私も、そのあたりは分かりはしますけどね……』
若干声を引き、ぽりぽりと頬をかくヘリオスちゃん。
しかしいつの間にか、アリスが胸元を押さえたまま横に立っていた。
「その……。ヘリオスちゃん。
夢の中だけというのは本当か?」
『はい、本当ですよ! そこは安心してください。ちなみにコースケさんの体も、元に戻った状態になります』
「夢の中だからか……。じゅるり……」
「アリス……」
ヘリオスちゃんからの説明によると。
抱き合うは抱き合う――――が。その後は、夢の中でいちゃついてくれればいいとのことだった。
『本来ならばちゃんとしなければならないのですが、これはアリスさん側の問題です。
幸いにもコースケさんは、インキュバスですので』
「なるほど……。
こんな神聖な場所で、インキュバスの色香に惑わされ、あまつさえエロい想像をしてしまった卑しい女……に、私がなればいいということか」
「言い方……」
『まさしくその通りです。分かりやすく言っていただき助かります』
「うーん……」
つまるところ。夢の中で何が起こったとしても、現実のアリスの身体に実害はない。
それにヘリオスちゃんの言葉によると、インキュバスの記憶ならば、彼女の回復魔法で消せるとのことだった(天界側の事情なので手助けにはならないとのこと)。
この後起こる現象としては、俺とアリスはこのまま抱き合って、小一時間寝て、起きればアリスは『魔の力』ゲット。というだけの話だ。
「…………、」
「…………、」
だからあとは。
俺たちの、勇気次第ということで。
「…………!」
「…………っ」
滝の前で見つめ合う。
そして。
どちらかの喉が、ごくりと鳴った。
「ふっ、ふつつかものですがああああああッ!!」
「ちょっ……アリス……!」
「ええい大人しくしろこのガリガリイケメンめ! いいから私の体に手を回せ!」
「わぷっ! む、むねが……」
大きくカタチの良い胸に包まれる感触がする。
指先で背骨をなぞると、びくりと彼女の身体が震えた。
「…………やじゃない」
「え?」
「……いやじゃ、ないからな、わたし」
「……っ」
視界が覆われているから、彼女の表情は分からない。
けれど、見なくても分かるくらいに。
甘く蕩けた声だった。
『では、行ってらっしゃい~!』
俺たちの身体を、柔らかくもどこか淫靡な魔力が包む。
意識が薄れていく間際。
手と手をぎゅっと握る感覚だけを、強く覚えていた。
――――……………………
…………
……
「…………ん」
意識が浮上する。 / 身体がだるい。
伸びをする。 / 全身が硬直している。
暖かな感触が顔にあたる。 / 薄暗い肌色が眼前に広がる。
「って、やべやべ」
アリスの柔らかさを感じてしまったので、急いで離れることにする。
……うお、本当に何も覚えてない。
ヘリオスちゃんの回復魔法、マジですごいな。
『おはようございますコースケさん』
「お、おう。おはようヘリオスちゃん。……といっても、まだ夜だけどな」
『はい。あれから一時間と五分。まだ日付は変わっていませんよ』
「そっか。なら半日かけて森を抜ければ、昼過ぎには街に着けそうだな」
『ですね。森を出たら移動はお任せください』
「……」
こういう状況を目の当たりにしているのに、ヘリオスちゃんの調子は変わらないみたいだ。
やっぱ女神は、倫理観も若干違うのかもしれない(でも頬は赤らめてたっけな?)。
「アリスは? まだ起きてこないけど」
いつの間にやら布をかぶせてもらってるアリスを見る。
……夢の中とはいえ、本当にあの身体と『ナニカ』したんだな、俺。
『彼女は術式を発動した側ですからね。もう少し時間がかかるでしょう』
「なるほどな。……いやー、本当に何も覚えてないや。ほっとしたような、だけど惜しいような」
『同じ魔法を更にかければ、元に戻すことも出来ますが?』
「いややめてくれ。それは流石に、アリスに申し訳なさすぎる」
『ふふ。コースケさんは真面目ですね。
でもそういうところが、きっと好かれる要因なんでしょうね!』
「ただチキンなだけだよ……」
万が一そんな不正を知られたら、殺されるどころの騒ぎじゃなくなる。
たぶん俺の事だ。どうせ忘れるからと思って、欲望のままに突っ走ったに違いない。
けっこう酷いことをしてしまっている可能性もある。
「んん……」
「お、アリスも気づいたっぽいな」
それじゃあさっさと、服を着てしまおう。
「俺、アリスの着替え見ないように、ちょっと向こうにいるから。
このあたりは神聖な場所だから、モンスターは出ないんだよね?」
『分かりました~。あっアリスさん。お目覚めになられましたか?』
「ううん――――」
二人の会話を背にする。
はっきりとは聞こえてこないが、もしかしたら女子同士で何か話すこともあるかもしれない。デリケートなことだったら効かない方がいいかもしれないからなあ。
「お~。モンスターが出ないんなら、この森はきれいだなあ……」
「なんだとぉぉぉぉぉッッッッ!!!!」
「うわびっくりした」
たそがれていると、背後からアリスのとんでもない声が聞こえてきた。
「ど、どうしたアリス!? って、なんでまだ服着て無いんだ!」
慌てて駆け付けるも、ほとんど衣服をまとっていなかったので慌てて目を逸らす。
とんでもないボディラインが目に入ってしまった……。
「な……、なんかあったのか?」
眼をつむりながら聞くと、ヘリオスちゃんが『それがですねぇ』と口を開く。
『ベルアインに加え、ヴァルヒナクトとの魔力同調によって、アリスさんの中にはけっこうな魔法レジストがかかってまして。それによってこちらの記憶喪失魔法が――――』
「わーわーわーッッ! い、いや! ぜんぜん大丈夫! 何にも全く問題は無い!」
「え……? 大丈夫なの? ホントに?」
「も、勿論だコースケ! 私はまったく、夢の中のコトなど覚えていない! きれいさっぱり忘れきっているからな!」
「お、おう……。そうだよな。俺もそうだ」
「うむ! そうだろうそうだろう! だからまったく気にすることは無いからなコースケ!」
「……」
まぁよくわからんが、本人が気にするなというのなら気にしないでおこう。
「じゃ……じゃあ俺はまた向こういるから、着替えが終わったら呼んでくれな?」
「う、うむ! 分かった! ではな!」
うーんアリスめ。変なやつだ。
でも、夢の中とはいえ一緒に寝てしまった男がいるんだ。多少は思うところがあるんだろうなあ。
『そんなにコー……は、…………のです……?』
「いつも…………なの……、無理やりくちに……、で、…………してきて……」
『わ、わぁ……』
「強めに……を…………で、うしろから…………」
『……の、むねを…………だったのでは?』
「それも…………で、つかまれ…………でな」
『……すごい…………ね』
何やら女子たちの会話が聞こえてくるけど、よくは聞き取れないな。
「おーい、まだか~?」
「いっ、今イク……間違った、履くから待て!」
「はいよ~」
俺はのんびりと森の風を肌に感じながら、背中越しに響いてくる、謎の姦しい声を聞くのだった。
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