1.再び泉にて
『それが私、女神・ヘリオスなのです! よろしくアリスさん!』
「ど、どうも……」
俺の持つ小さな水晶から、音声魔法によるヘリオスちゃんの声が聞こえてくる。
この水晶はスピーカーというか、電話のような機能を果たしてくれている。
こんな風に理解できているのも、現代の概念に当てはめ、俺に分かりやすくしてくれているヘリオスちゃんのお陰である。
まぁなんにせよ。
VR魔法による、二回目の説明は終わったらしい。
どうやらベルの言っていた、『恥ずかしい』部分とやらまではいかなかったようで。ヘリオスちゃんの声が聞こえてきたところまでで、映像は打ち切られたようである。
「……ううむ、頭というか、目がくらくらするような……」
VR酔いはどこの世界(?)の人でも同じみたいだった。
さて何にせよ、説明は果たされたようだ。
改めて、俺はその後の状況を整理して、アリスさんに伝えた。
あの森で俺とベルが出会って。
なんやかんやあって一緒に旅を続けてきて、戦ってきて……、俺たちは『ローヴァの国』というところに入国した。
この国は東西南北それぞれに大きな街があるらしく、最初の目標地点は最南に位置するレーヴァの街にした。
そこへ向かう途中にあるルモールの泉――――つまりこの場所にて、休憩中であろう女騎士と出会った次第である。
「なるほど……」
名前を、アリス・アルシアンさん。
長いストレートのブロンド。きりりとした青の瞳は、今は困惑の表情が先んじて出ているが、元は力強い意思を持っていただろうことが見て取れる。
身長は百六十半ばから後半くらいで、一般的な兵士や冒険者が着ているような鎧ではなく、軍用のライトアーマーをその身に纏っていた。
「ベルと比べると、あまりの露出のしてなさに脳がバグるな……」
そしてまぁ、そんな女騎士さんに――――
「殺されそうだった……」
VR魔法を使う前。
実は斬りかかられていたのでした。
「す、すまない……。勇者を騙るだけでなく、女神の名まで出してきたものだから、つい怒りが頂点に達してしまい……」
「いやいや! 勇者だって名乗ったのは俺じゃないじゃん! ベルの方じゃん!」
「こやつ頭良さそうな外見して、意外と激情型じゃな。愉快じゃ」
「うるさい」
「ま、まぁまぁ……」
そんな経緯があったので、軍の部屋とやらに向かうよりも先に、信用してもらうところからスタートすることにした。
今俺が起動した遠隔通信の魔法により、天界に居る俺たちの上司、ヘリオスちゃんと声だけお繋ぎして事情を説明してもらうことに。
彼女と繋いだ直後、アリスさんは百八十度態度を変え、うやうやしく跪いた。
「女神……。まさか、本当にお会いできるとは」
本当に居るとは、と言わないところが、この世界のミソだ。
俺が暮らしていた現代日本とは違い、神や悪魔といったものは、信仰の対象となっているし、現象としても起こるし、そもそも本当に存在している。
一しきり女神にしか分からないコトや、聖なる何かの証明を行ってくれたので、俺たちが『勇者』であるという情報はさておき、『神の息がかかった何か』であるということは信用してくれたようだった。
「VR魔法、様様だな……」
しかしこの人も、得体の知れない俺たちをよく軍なんかに連れて行こうとしたよな。それとも絶対的な自信があるのだろうか。ベルにあれだけめちゃくちゃされてたのに。
と、そんなことは、アリスさんの名誉を傷つけるかもしれないので言わないでおくけれども。
「こやつ、ようもワシらを軍に招こうとしたのう。あれだけめちゃくちゃにされたのに」
言っちゃったけどもともかく!
「と……とりあえず。これで信じてもらえましたかね?」
『どうでしょうかアリスさん!』
「…………、」
俺とヘリオスちゃんの質問に、彼女はまだ訝しんだ様子ではあったものの、「あぁ」と頷いた。
「分かった……。女神のことも、勇者であるということも、暫定的にだが信じよう。
しかしこの後も、詳しい話を聞かせてもらうぞ」
「あぁうん。それはどうぞ。
って、……話して良いんだよね? ヘリオスちゃん?」
「えぇどうぞ! 協力を得られるのであれば、それが一番いいので! ただし、話してはならないことがあった場合は、私がストップをかけます!」
「オッケー。了解した」
話してはならないことというのは、俺が異世界から来たということ回りだ。
そのことを知るのは、当事者である俺と、女神であるヘリオスちゃん及び天界関係者。そしてどうしても事情を説明しておかなければならなかったベルだけだ。
この世界以外にも世界があることを不用意に知られては。
世界という概念に混乱が巻き起こる。そういう理由らしい。
まぁだからこそ、俺視点からのVRを見てもらったのだろうけど。
「俺、重要なことって全然知らないからさ……」
「むしろきみは、よくそれで旅を続けて来られたな……」
「ははは……」
同情はさておき。
俺が話をした部分である、『ベル無双のシーン』と『出会い』のところだ。そこをどうやら、俺視点で追体験した――――ということらしかった(勿論俺がこの世界の人間ではないというところはカットされている)。
「魔法、便利すぎるな、うん」
俺が感心していると、アリスさんは「いやいや」と首を振った。
「こんな魔法、人間で使える者などおらんぞ」
「あ、やっぱそうなの?」
このVR魔法だけではない。
それ以外にもヘリオスちゃんは、色々と便利魔法を使っていたところを目撃している。……が、そんなものを地上の魔法使い職全員が使えるのであれば、確実に文明レベルはもっと上がっているはずだろう。
ここはどうやら中世くらいの時代のようで。プラス、剣や魔法のあるファンタジー……的な世界なのだが、あんな現代日本でもお目にかかれない魔法が出回っていたら、俺が住んでいた元の世界より、確実に遠未来な世界になっているだろうからなぁ。
「ふむ……。どうやら言っていたことは本当のようだ。先ほどの城主も、聞いたことのある者だった。つい最近、城が陥落したとの情報も記憶にあるしな」
「おぉ。軍の情報網ってすげえな」
俺が感心していると。アリスさんは「しかし……」とつぶやいた。
それに対してヘリオスちゃんは、「何か?」と屈託なく答える。
「何か不満があるのか? アリスさん」
「あぁいや。この魔法自体は良いんだ。むしろ助かった」
「そうか」
俺の疑問にそう返して、ただと、彼女は心配そうに水晶へと語りかける。
「このような、神秘とも言えるような魔法を、一介の騎士である私ごときが、受けてしまって良いものなのかと……」
謙遜かどうかは分からないが、どうやらアリスさんからするとこの魔法は、とても身の丈に合わないレベルの魔法だったようだ。
さっきも思ったが、元々この世界の人間で無い俺からしたら、イマイチ凄さが分からないのである。そもそも魔法自体が凄いことだからな。上限も下限も判断がつきにくい。
『良いのですアリスさん! 秘匿すべき部分は守られていますし。何より――――、』
ヘリオスちゃんは一息おいて。
利発な目を見開いたであろう声で、改めてアリスさん向かって元気に言った。
『――――分かりやすい』
音声だけが。
妙な圧と共に、ルモールの泉に響き渡る。
「は、……はぁ。まぁ」
そうですね。と、やや気圧され気味にアリスさんは頷いた。
『そうでしょう? 分かりやすいのは良いことです。何事も、スムーズに進むのが一番ですからね!』
「……」
分かりやすく。
分かりやすい。
どうやらそれが、彼女のポリシーであるらしかった。
俺と出会ってまもなく。現在の状況を説明するときもそうだったし、毎回の任務や依頼を伝えるときもそうだ。
『次の任務場所へは、この街の南門から出ている馬車に乗り、ガゼール街道の橋前で降りてください。そこから見える東の山を越えれば、スムーズにたどり着くでしょう』
……とか、そんな感じで。とても簡潔だ。
女神や神は、地上で生きるモノらに対して、『手助けになりすぎること』は出来ない仕様らしい(パワーバランスがどうとか。とにかくそういうルールがあるっぽい)。
なので、それに抵触しない範囲で、とにかく迅速に、分かりやすくモノゴトを進めてくれる。
外見としては、中学生~高校生くらいなのだが。その実中身は、めちゃくちゃ有能なエリート秘書(もしくはナビゲーター)なのであった。
……と、そんなことを考えているうちに、どうやら二人の会話は区切りがついたらしい。
『それではこれにて!』とヘリオスちゃんが通信を切ったことで、水晶は沈黙する。
先ほどまでの明るい空気は一旦の落ち着きを見せ、一瞬だけ、泉は静寂を取り戻した。
「えーっと……、それじゃあどうしようか? アリスさん」
「一通りは分かった。それでは街へ向かう。ついて来い」
「助かるよ。俺たちも丘陵市街レーヴァに向かうところだったんだ」
「そうだったのか。道中はモンスターはほとんど出ないが、一応気を付けておけ」
「あぁうん知ってるよ。大丈夫大丈夫」
「……おいおぬしよぉ」
「あ!? あぁいや……、あはは……何でもないです……」
これまでのんびりと沈黙していたベルに、背後からツッコミを入れられる。
先を歩くアリスさんが、怪訝な表情をしてこちらを振り返った。
「何だ? 何かあるのか?」
「いや……、ダイジョウブです……」
俺の後ろでベルが面白そうな笑みを浮かべていた。
やべぇやべぇ。……俺がいきなりいらん事言ってどうする。
誤魔化せて本当に良かった。
「やれやれ、前途多難じゃな」
ベルのため息と共に、俺たちはルモールの泉を出立した。