25.ダンジョン化
ダンジョン化という言葉がある。
これは天界だけの単語では無く、世間一般……特に冒険者たちの中で広く伝わっている言葉だ。
先ほどの謎生物の姿は見えないし、ベルも警戒してくれている。
これを機に、ヒナにも情報を共有しておこうと思う。
遡る事、えー……、めっちゃ昔。
この世界では勇者と魔王が戦いを繰り広げた。
そのバトルフィールドは、世界全ての大陸全土。世界中を駆け巡りながら、七日七晩戦い続け――――その末に勇者は、魔王を討伐したらしい。
こうして世界は平和になった。……が、その後遺症として、世界中には魔王の魔力が散らばってしまったのだとか。
それが色々な魔力や瘴気と反応を起こし、時々『野良ダンジョン』を発生させてしまうのだという。
自然物や地形が変化するパターンがほとんどだが、時折不自然な地面の隆起(あるいは沈下など)が起こることもあるそうで。冒険者はそういうものに対処したりして、生計を立てているという。
「それがダンジョン化だな」
「へえ~」
そんなことを俺はヒナに説明しながら、洞窟内を行く。
入り口はそこまで広くなかったが、中に入ってみると思いのほか天井は高く、会話の声がよく響いていた。
「二人は知ってたカンジ?」
「あぁ。このあたりは兵士にとっても一般教養だったのでね」
「ワシはコースケと共に行くときに聞いた。魔王も勇者も、面白いものを残していくわい」
「まぁ、意図的に残したわけじゃないんだろうけどな」
「それだけ強力な魔力だったということだしね」
「ふーん」
つぶやいてヒナは、今聞いた内容を反芻していた。
そうか……。ヒナは神代の生物(?)だから。勇者と魔王に何があったのかは知っているけれど、それ以降この世界がどういう風になったのかは知らないのか。
そういう意味では、もしかしたら現代日本から来ている俺の方が、知っていることも多いのかもしれない。
「ねぇコーにゃん。ダンジョンの成り立ちについては分かったんだけどさ。内訳はどうなってるの?」
「内訳?」
「何かをモチーフに変化するとか。そういうの」
「あぁ、この洞窟内の内装の話か」
たしかヘリオスちゃんの話だと……。
「この場所に限らずなんだけど。どうやら全てのダンジョンは、『魔王城内』を模したつくりに変化するらしい」
「魔王城の?」
「にわかには信じられない話だけどね」
ヒナの呟きに。今度はアリスが答える。
周囲への警戒はベルが行ってくれているし、そのまま説明を続けるとしよう。
「文献では魔王城という土地は、様々なエリアが集合していたという。
魔王城内の通路や仕掛けは、魔王自体が造っていたという研究論もあるくらいだし」
「だな。だから、世界中のダンジョン化した場所っていうのは、時折えげつないトラップや魔方陣が敷き詰められているらしいぜ」
「……ふぅん」
ヒナにしては大人しい反応だった。
これまでなら「マジたのしそ~」とか、逆に「ガン萎えなんだけど」とか、何にせよころころ表情を変えたリアクションを見せそうなものだけど。
興味がない……わけじゃなくて。
何か考えてる? 気にしている……?
俺がやや心配になっていると、アリスから質問が入った。
「そういえばコースケとベルは、二人旅のときにはダンジョンを攻略したことはないのか?」
「あったけど……、アレを攻略と呼んでいいのか……」
「と言うと?」
彼女の疑問に俺はげんなりとした顔で答える。
アレです。いつもの、ベル案件です。
「あぁ……、『ベルが行ってどーん!』作戦か……」
「面目ない」
「楽しかったがのう」
何分こちらは世界最恐の魔竜だ。
一番怖いのはダンジョンという不明瞭なものではなく、味方側に居るコイツなのだとつくづく思う。
「あのとき入ったダンジョンは、かなり珍しいタイプの部屋作りだったらしくてさ」
後でヘリオスちゃんに報告してみたら、めちゃくちゃ驚かれた。
入り口くぐると、そこはダンジョン分の大部屋になっていて。
そこに――――所狭しとモンスターが敷き詰められていたのだ。
「普通の冒険者なら裸足で逃げ出すタイプの部屋らしいんだけど」
「ふんふん」
「むしろ一方的に蹂躙するタイプのベルとは、相性が良すぎたというか……」
「あー……」
アリスも状況を察したのか、静かに息を落とす。
一所に全てのモンスターが詰まっている状態なのだ。
本来ならばその数を前にひるんでしまうだろうが、ベルの場合は突っ込んで行けば終わりである。
次々に誘爆していくねずみ花火みたいだったな……。
「まぁアレはアレで特殊な部屋だったらしい。
本来なら、通路があって、部屋があって。また通路があって……って感じが普通、らしい」
「曖昧だね~」
「俺も、『普通のダンジョン』ってものを経験したことが無いからなぁ」
一回目が、特殊な大部屋。で、二回目が今回だ。
「安心しろコースケ。ダンジョンならば、軍務で何度か入ったこともある。
難易度は今のところ不明だが、この場所も、作り自体は普通のダンジョンと同じのようだ」
「お、そうなのか」
経験者のアリスは、「あぁ」と頷いてあたりを見回す。
「そろそろ違うエリアへの扉ないし、そこへ続く道が見えてくるはずだ。注意も必要だな」
「了解だ」
俺はやや足元にも注意しつつ、歩みを進める。
全体的に俺を守るような陣形で進んでくれているので、前後や上からの襲撃は大丈夫だろうけれど、足元だけは自分でどうにかするしかないからなあ。
そんなことを思っていると。ヒナから質問が飛んでくる。
「ねぇコーにゃん。
つまりこの場所は、魔王城内でも洞窟エリアみたいな場所を模して発生しているということなのかな?」
「たぶん……な。
まぁヘリオスちゃんの話だと、あくまでも魔王の魔力の『影響』でカタチが変わるらしいから、本物の魔王城内部のデザインみたいになってるわけじゃないらしいけどな」
このごつごつとした岩壁も、実際にはこうだったわけではないらしく。
あくまでもイメージが、魔王城『寄り』になっているのではないかという、研究成果だそうだ。
「……とりあえず、今のところ何も出てこないな」
天井も高いから、もしかしたらさっきみたいな『魔法体』が降ってくるかもしれないと警戒していたけど。
モンスターの気配が全然感じられない。
「おっ……、扉だ」
「無駄に荘厳だね」
岩々の中にあるのは違和感しかない、禍々しい空気を纏った三メートルほどの扉。
それを見た瞬間。ヒナは「なるほどねー」と静かにつぶやいた。
「ヒナ?」
俺だけではなく、ベルもアリスも、疑問と共に彼女を見やる。
「いやね。さっきの説明でー、めっちゃ理解した的な」
「理解したって、なにを?」
ヒナは緩い口調のままに。
事実だけを告げるように、言葉を続けた。
「だからなんだな~って思ってさ」
「え?」
「ここ、ダンジョンって言うよりもさ」
ヒナは言葉を一度切り。
そして再び、無機質にも思える声を発する。
「――――魔王城、そのものだよね」
「は?」
それは。
俺たちの警戒心を一気に上げるのに、十分な理由だった。




