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23.下着屋事変・4



 長かったランジェリーショップ編も、今回で最後である。最後のはずである。

 なんだこれは。コースケはいつもこんな大変な目に遭っているのか?

 確かに、ベルに下着という概念を教えてみようかなと思ったのは事実だ。しかし、店に入ってからのこの感情の散らかりようはいったい何なんだ。

 私はただ、ブラとショーツを新調したかっただけなのだが? 私一人なら十五分もあれば終わるはずなのだが?

 普通に生活するだけでもここまで賑やかになるとは。楽しくないわけでは無いが、それ以上に体力消費がとんでもない。疲労度の方が上回る。


「もう少しいたわるか……。今度はこちらから、手土産でも渡すとしよう……」


 私の呟きを、しかしベルは勘違いしたのか。なるほどのうと頷き、新しい物を手にする。


「あやつにはこういうのが似合いじゃのう」


 それは黒色のレースがで編み込まれたブラだった。ベルも勝手が分かって来たのか、『大きい人用』と書かれているものである。


「うむ、あやつには黒が似合うわい」

「ベル、そうじゃない」


 私は何も、あの男にブラジャーを送ろうと思っていたわけではないし、ましてや似合う物を探していたわけでもない。


「なんじゃ? 男でも胸当てをしとる者もおったぞ?」

「あぁいや。戦士たちがつける、鎧としての胸当てとは、また意味が違ってだね……」


 というか、よしんばあの男がブラジャーを着ける類の者だとしても、そのフリフリは似合わないだろう。どうして肩口にフリルがあつらえられているものを選んだのか。


「そうか? あやつはカワイイからのう。こういうもので着飾らせても面白そうじゃ」

「面白いと言っているではないか。そしてきみの思うカワイイと、フリルの持つカワイイは別だと思う」

「フム、難しいのう」


 何だか情操教育をしているみたいだ。

 出産どころか異性とソウイウコトになったことも無いのに、何を母性に似たものを感じているのやら。


「しかしアレじゃな」

「ん? なんだ?」

「ぬしらがそう楽しそうにしておると、やはりワシはおらん方が良かったんじゃないかと思うのう」

「は……?」


 ベルは言って。

 少しだけ店内を見回した。

 入店したときほどでは無いが、やはりチラチラとこちらを伺っている者たちもいる。

 勿論恐怖の対象ではなく、ほとんどが物珍しさからではあるが。


「ワシはほれ、悪目立ちするんじゃろ」

「それはそうだが……」


 私が頷くと、ベルは瞳を閉じて静かに笑う。


「下着というものの重要性は、よう分かった。

 しかし、じゃからこそ、こういうのは慎重に選びたいものなのではないか?」

「驚いたな。きみがニンゲンの心持ちに理解を示すなんて」

「たまたま知れただけじゃ。特別でも何でもないわい」


 そう語るベルは。

 どこか。――――どこか。

 まるで自分だけが話題に入れない、大人の中に居る子供のように見えて。

 それがとても、ヒトのように見えて。


「ベル。きみに聞きたいことがある」


 私は意を決して。

 彼女にぶつかって見ることにした。

 まるで立ち合いのような気位を見せてしまう。その真剣さを感じ取ったのか、ベルもまた、正面から私を見返した。


「――――なんじゃ?」


 ヒナもこちらの異常性を感じ取ったのか、万が一(・・・)に備えて、素早く動ける体制を取っていた。

 切れ長の瞳と。

 正面から向き合う。

 吸い込まれてしまいそうな瞳孔に、しかし私は臆せず。

 友人(・・)として、私はこう質問をした。



「きみ……、ブラジャーは好きか?」



「……………………、」

「……………………んん?」


 下着屋の一角に、沈黙と疑問が飛び交う。

 私は肩の力を抜いて、更に質問を続けた。


「だから、これまで私たちと見て回ってきただろう?

 それをもってして、下着というものに興味は湧いたかと聴いている」

「アリしゅ? 大丈夫? なんかヤバイ下着キめた?」

「下着はキめるものではない」

「……ハ」


 珍しくベルは面喰っていた。

 私は彼女から目を切って、ハンガーにかかっている綺麗な黒の下着を、彼女のバニーガール(からだ)の上からあてがった。


「私はやはり、きみには黒が似合うと思うんだよなぁ。不思議といやらしく見えないし」


 言いつつちらりとヒナを見ると、彼女も「うん」と頷いて、続いてくれた。


「だねー。ベルりんスタイルえげちぃから、シンプルな方がいいかもね☆」

「確かに。攻めすぎるのも少し違うか」

「……ぬしらは」


 彼女の呟きの間に。

 少しだけ、コースケと話したのを思い出す。



『あー、アリス。ベルのことについて、少しいいか?』

『ん? どうした?』

『アイツさ。基本的にはめちゃくちゃ傍若無人で自分勝手なんだけど、時々こう……、遠くを見てるみたいなときがあるんだよな』

『ふうん? それはどういうことだ?』

『俺にもよく分からないけど……。どこか一線引いて見てるっていうか、さ』

『引いてみている、か……』

『アイツは自分が思ってるよりも人間が好きなんだろうけどさ』

『それは割と見ていれば分かるな』

『だろ? けどたぶん……、自分とは違うモノ(・・・・)だって意識が強い。だから、引いて見ちゃうんじゃないかなって、思って……』

『なるほど……』

『だからその……、うまく言えないんだけど。

 もし言えるタイミングがあったら、そんなこと無いって言ってほしいんだよな』

『私がか? きみが伝えたほうが良くないか?』

『いや、なんか俺だと、変に捻じれて伝わりそうで……』

『そんなこと……………………、ないとも言えんか』

『まぁ、タイミングあればってことで』

『あぁ』



 あぁ――――分かったよ。

 だから、きっときみなら。このタイミングで伝えるだろう?


「ベル」

「なんじゃ」


 私はブラをあてがった手で、そのまま彼女の肩口に触れる。

 暖かい体温。感じる血液。感触だって、ヒトと一緒だ。

 いや、別にヒトと一緒じゃなくても。そうでなくても別にいい。


「そんなことは、無いからな」

「…………」

「そんなことは無いんだ。

 私も、コースケも、ヘリオスちゃんも、ヒナも。きみのことは仲間だと思っている」

「アリしゅ……」


 同じような存在のヒナではあるが。ベルとはそもそも性質が違う。

 彼女は『魔』剣ではあるものの、担い手が、振るい手が居た。だから、ニンゲンと敵対していたり、彼女の意志で直接悪事を働いていたわけではないのだ。

 しかしベルは、そうではない。

 過去に何があったのかは知らないが、彼女の中にはきっと、自分の意志でニンゲンに悪さをしてしまったという負い目があるのだろう。

 だから。

 ヒトにどれだけ近づこうとも。

 ヒトとどれだけ同じになろうとも。

 その輪の中に、入っていけない。

 ――――けれど、そんなことは、無い。


「…………フン」


 ベルは言って。

 いつものように「クァハ」とは、笑わなかった。

 身体を半分向こうに向けて、五秒だけ黙った後。

 いつもの顔をこちらに向ける。


「仲間というなら……、そうじゃのう。

 ワシに似合う、カッコイイブラジャーを選んでもらわんといかんのう!」


 目と目が合う。

 それは。燃えるような、きれいなひとみだった。


「世界を平和にすれば、きみは天界からの支配下から抜けられる」

「そうじゃのう。そうなれば、ワシはこの服(バニー)以外も纏えるはずじゃ。

 ……それでもバニーは着るがのう」

「ふふ……。そうだね」


 コースケが与えてくれた姿だからね。

 きみがおいそれとソレを手放すことは無いと、分かっている。


「では、私の目標だな、それは」

「アタシもそれにしよ~っと」


 脇からヒナも加わって。

 私たちは二人で、彼女に誓いを立てた。


「いつか再び、きみと下着を選びに来る」

「絶対えっちぃの着てもらうから、覚悟してよね~」

「――――、」


 細い目が、何かを言いたそうに大きく見開かれる。けれどそれは一瞬のことで。

 再び、いつものクールな切れ長の瞳へと戻っていった。


「……クァハ。どいつもこいつも」

「なんだ?」

「なんでもないわい」


 ベルは鼻を鳴らし、静かに笑って。

 すっと私の耳元へと、その美しい唇を寄せた。


「良かったのうアリス。ワシが常識を覚えておって」

「ん……?」


 彼女にしては穏やかに、というよりも、しとやかなしな(・・)のある声で、小さな吐息のような声を発した。


「ニンゲンは公衆の面前では、まぐわいはせんのじゃろ?」

「な――――」

「忘れる出ないぞ。ワシは、ぬしのことも好みなんじゃからのう」


 空気に染まったのか。それとも圧に充てられたのか。

 思わず無言で唾を飲み込んでしまう。

 私の顔は……、今、大丈夫、か……?


「勿論ヒナもじゃ。愛い奴め」

「お~、ら●●う? ら●●うってやつしてみる~?」

「うむうむ。みなで乱れるぞ」

「声が大きい! やめなさい!」


 まったく。

 しかしまぁ、しっとりとした空気など、我々には似合わんか。


「会計に行こうか、二人とも。

 ベルも、どうやって買うのか覚えておくといい」


 こうして私たちは、

 特になんでもなく、とりわけ特別でもない、普通の日常を過ごした。

 だから。特にコースケには報告はしないさ。何せこれもまた、女子会のようなものだからね。





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