13.それは槍のようでいて槌のようでいて剣のようでもあり
戦闘は再開された。
しかしてその流れは、先ほどと変わらないものだった。
疑似魔剣を何本も展開し、射出と共に斬撃を繰り返すヴァルヒナクト。
それを素手と脚で捌き、打撃を繰り出して行くベルアイン。
永遠に続くかと思われた両者の攻防だが、――――均衡が崩れる。
「ベルッ!」
「……ッ!」
それは。
明確な、斬撃による傷跡だった。
その身にダメージを追い、動きも鈍っているはずのヒナだが、それでも最高速度はベルを上回った。
白く綺麗なベルの肌から、赤い血がどぷりと流れ落ちる。
アイツがあそこまでのダメージを追うのを、俺は初めて目の当たりにした。
一瞬だけ苦悶の表情を見せるベルだが、それでも戦闘の意志は落ちない。それどころか、更に戦闘のボルテージは上がっている。
「そうじゃ。ここまでせんと、ワシの場合はダメみたいじゃからのう……!」
言って、ニヒルに口を歪ませる戦闘狂。
瞳孔は開き、髪は逆立ち、四肢の全てに力が入る。
仕切り直しのように距離を取った両者。しかしそれは互いにとって、息を整えるのではなく。あくまでも、次の攻撃の準備をするための間に他ならない。
「LLLLLLrrrrr――――ッ!」
瞬間。
剣が嘶いた。
攻撃的思考に移るのが、ベルよりも速かったということだろう。
その魔剣は、フォルムを、変化させる。
「なん……、だ。アレ……」
より攻撃的に。いや、破壊的に。
美しささえ見せていた刃部分は、禍々しく枝分かれしていて。
これまでが斬り裂くための包丁だとすれば、アレはぐちゃぐちゃに粉みじんにするためのミキサーみたいなものだ。
一つ一つの刃が必殺級。アレに触れればいくら規格外のベルとはいえ、ただではすまないだろう。そんな凶刃。
「ベル――――」
しかし彼女を見やると。
魔竜は勝気に笑っていて。これまで以上に闘気を充満させていた。
「ク――――ァハハハハハハハッッッ!!」
咆哮にも似た笑いは、この土地一帯に響き渡る。
この世の終わりかと思える大気の震えが、わずか二十分前までは平穏だった草原を包んでいた。
ひとしきり笑った後。
彼女はぎらりと瞳を輝かせ、牙を見せて言った。
「来い、魔剣。
ワシが正面から、破壊しつくしてくれる」
破壊したらヒナの人生は終わってしまう。
しかしもう、後のことは一切考えていない。そんなことを考える余裕は無いし、そんな考えに心を裂いていては、この局面を愉しめない。そういうことなのだろう。
ここから先は、出たとこ勝負だ。
これまで以上に、全ての命運をベルに託さなければならない。
「Lrr……」
「くるる……」
共鳴のリズムを外したのは、どちらが先だったか。
相撲の立ち合いのように、睨み合う両者は、視線を交わし。そして――――ぶつかり合う。
「L――――RRRRRRRRrrrrッッッ!」
「クァ――――ハハハハハハハハハッッッッ!!」
攻撃。否、破壊のための一手が、
遥か空より訪れる。
空気を裂き、魔力を断ち、全てを滅する神代の一撃が、一直線に迫り来る。
融解していく草原。侵食してくる非現実。
ただただ『死』という概念を纏い、魔剣は非常なまでの膂力を持って、こちらの命を刈り取りにやってきた。
だから。
彼女も全力を出した。
いや、出すことに成功した。
「――――みておれ」
短く言い放つと。
ベルは流れ舞う自身の血液を魔力で固め、何かを顕現させようとしていた。
「イメージするんじゃろう? コレは」
迫り来る魔剣に対し、手を掲げる。
このままでは敗北必死。死滅の未来しか待っていない。
「じゃからワシも、見たかったんじゃ。本物をのう」
――――ところで。
この街には色々な店があった。
飯屋、服屋、スーパーみたいなところもあれば、個人商店みたいなところもある。冒険者用装備の店。インテリア雑貨の店。珍しいところでは、ドアノブだけを売っている店、なんてのも。
そして――――歓楽街。つまり夜の店も見かけた。
本物。
別にベルをニセモノだとは思わないけれど。
だけど確かに、今はカタチだけだ。
格好として、バニーを纏っているに過ぎない。
繰り出される超キックも、破壊的な跳キックも。別にバニーガールが行う行動では無いのだ。
だから、仮に。
ベルが本物のバニーガールを見たとして。見ていたとして。そこから結びつくことは一つ。
「――――『武装装填』」
短く彼女が言うと、曖昧なカタチを取っていた魔竜の血液は、次第にその形を帯びていく。
点から線へ。流動から物体へ。
彼女の邪悪な魔力と、勇者である証と、神聖な魔力とを同時に縫い合わせ、
激しい魔力光と共に。
ソレは、姿を現した。
「これでワシも……、れっきとしたバニーガールじゃのう」
「いやお前、それ――――」
ツッコミは、衝撃に消える。元よりそんなもの、この局面に入り込む余地などないのだ。
けれど口に出さずにはいられなかった。
アリスが銀のトレーを顕現させたように。
魔竜・ベルアインもまた、バニー化の力を使うことで、自身にとっての『バニーガール』の最適解を顕現させるのだ。
「行くぞォォォォッ! これが、ワシの、『武装装填』じゃぁぁぁぁッ!!」
「RRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRRR――――ッッ!」
もう一センチ。いや、ゼロ距離に近い。
鼻先三寸まで迫る凶刃を前に。
最後にひと際大きな光を放ち。
大きな魔力は収束し、一つの意思によって象られていった。
槍のような形状。
もしくは、ハンマーのような形状だと、シルエットでは思った。
「おぉぉぉぉッッ!」
振るわれる。
鍔迫り合いのように一瞬だけ魔剣に当たると、その武装装填の姿が、速度についていけない俺の目にも、しっかりと判断出来た。
「――――、」
それは。
安っぽい木で作られた、手持ち看板だった。
柄の部分は長く、細く。その先に打ち付けられている広い板部分には、『一回3000ゼイル♡』と書かれている。
「いやコレは酷い!?」
「おぉぉぉぉッッ――――くるぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
「RRRR、Lrrrr――――」
看板は、魔剣とせめぎ合う。
しかしてその均衡は、長くは続かなかった。
「力が……!」
「クァ………………、ハハハハハッッ!」
魔剣は少しずつ刃が欠けていき、次第にそのカタチを保てなくなっていく。
ビキビキと崩壊していく自刃。押し戻される衝撃。逃がしようのない、魔竜からの衝撃。
「ぬしの敗因は、己の内側を知らんかったことじゃ」
ベルは言う。
魔剣・ヴァルヒナクト。
彼女は自分のことを何も知らず、分からず。分からないまま楽しく過ごしてきた。
過去の己を知らないまま、今のことを楽しんだ。
まぁそれはイイ。そういう見切りも時には必要だ。
けれど――――
「RR、」
衝突は収まらない。止まらない。
魔竜・ベルアインと魔剣・ヴァルヒナクト。
双方の違いはといえば――――己の内側を知っていたか否か。
魔竜は今、自身が弱体化しているという情報を持っていた。仲間に教えてもらっていた。
だからこそ新しい事。武装装填に手を出せたのだ。
しかし魔剣は、自身の中に闇が巻き付いていることを知らなかった。魔王の残滓が渦巻いていると分かっていたら。暴走しない道もあったかもしれない。
そもそもこうして、撃ち合いをせずに済んだかもしれない。
そこが、両者の差だ。
戦いの勝敗ではなく、生き方の差。
微差とも誤差とも言える僅かな部分が、今こうして、ここに結果として現れる。
「ワシかて、自分のことは全く知らなんだ。しかしのう」
「LLrrr……!」
ベルは。
どこか優しさに満ちた声で、最後に言葉を落とした。
「バニーガールを知っていくのは、存外、悪い気分じゃなかったわい」
そうして。
振り切った。
魔力を帯びた一筋の閃光は、魔剣と、そして壊滅しかかっていたこの草原に、とどめを刺した。
この日魔竜は真の意味で勇者に目覚め。
そして、心身ともに、バニーガールとなったのだった。
「……いや、バニーガールになったってなんだよ?」
ついでに。
シリアスも打ち砕いておきました。
次回、アフタートークである。




