11.選ぶべき道
アタシを壊してと、ヒナは言い放った。
ベルはそれを受けて、これまでにも様々な敵を打ち払ってきた腕を、思いっきり振り上げる。
「ちょ――――ちょっと待ってくれよ!」
「む、なんじゃ?」
「コーにゃん?」
二人の決断に、俺は待ったをかける。かけてしまった。
「どうしてそんな、思い切りが良いんだよ! 特にヒナ! お前……、せっかく人格が持てたのに……」
「コーにゃん……」
彼女の、ある意味無機質に感じる顔を見て、俺は声を震わせる。
ゆるい青目とくっきり視線が合う。
「……ッ」
くそっ……! どうして俺だけが泣きそうになってんだよ!
トータルでは、たった数時間しか一緒に過ごしていない。だけど、彼女の底抜けなまでの明るさと、オッサンには無い言語センスには元気をもらった。
「人格を持って、生きてみて、楽しくなかったのか?」
「え~いやまぁ、楽しかったし、これからも楽しみたくはあるんだけど~……」
腕組みをして、彼女は「う~ん」と考える。
「でもこのままだとアタシ、人を襲っちゃう可能性あるかんね」
「そ、そうなのか……」
「ピンチすぎでぴえんだよね」
「ぴえん……だな」
ベルを見ると、彼女も肯定を示す表情をしていた。
風の吹く草原には。
ここではない世界から来たオッサンに、バニーガールに、ギャルが居る。
この世界のスタンダードには誰も当てはまってはいない。けれど、それでも。この世界で生きて行くのくらいは良いんじゃないかなんて。そんな考えが頭をよぎってしまう。
「アタシんこと想ってくれてんのはマジエモなんだけどさコーにゃん。
さっき自覚したばっかなんだけど、このままだとアタシ、ヤベーことになっちゃうんだって」
「やべーこと……?」
「アタシはどこまでいっても魔剣なワケ。聖剣っていう、人々にとってのプラスな存在ではないからサ~。いつか、ニンゲンを襲うようになっちゃう。それがもう、分かる。かくてーなんよね」
「……!」
それが、いつになるのかは分からない。
けれど、いつかそれが発露するのが分かっている。
爆弾付きの身体で生きていきたくはないと。
彼女は言っている。
「だからベルりん。ここでアタシを壊しちゃって☆」
「うむ」
頷いて。ベルは腕を振り上げる。
撃鉄は引かれた。後は弾が出るだけだ。
彼女が意思を持ってその手を振り下ろせば、無防備なヒナの身体は、すぐにでも破壊されてしまうだろう。
「次に生まれるときは、また魔剣が良いかな~」
「ヒナ……」
「そうしたら。アタシを従えるのは、コーにゃんがいいかも。なんて☆」
声に僅かに涙が混じる。
その光景を俺は眺めるしか出来なくて――――ん?
「従える……?」
「コースケ?」
「ベル、ストップだ!」
「おっとぅ!」
「わきゃっ!」
振り下ろす一撃は、ギリギリで彼女を砕かなかった。――――代わりに、纏っていた服が、その風圧だけで切り裂かれる。
元々薄めの布地だった彼女の服装は、ダメージコーデも真っ青なレベルで、びりびりに破れてしまったのだった。
「ぎりぎりじゃったのう……。こやつの元の防御力が高くて良かったわい」
「あっぶね……。って、う~わ。服全滅じゃんマジ病む。
この服、クエスト報酬全額突っ込んで買った服だったのに~」
「お前そんなことに金使ってんじゃねえよ。だから金なくなるんだぞ」
ギャルってそういう、刹那的な生き方するときあるよね。おじさん本当に心配でならないんだけど。
ともかく。
「ニンゲンの感性から言わせてもらうけど……。もしかして、ヒナって壊れなくても良いかもしれないぞ?」
「ほう」
「え?」
俺の言葉に二人は、方眉を上げて反応した。
「まずはヒナ、服を着て……、あぁいや、それも別にいいのか……」
色々な考えが先行して、全然言葉が出てこない。
くそう……。ここにアリスが居れば……。
「コーにゃん大丈夫? おっぱい見る? ベルりんほどでかくねーけど」
「うむ。必要ならワシのも触ると良い」
「いや寄って来るな! 余計に考えがまとまらなくなるだろ!」
こんなときアリスが居ればなあ! 止めてくれるのになあ!
人外二人にぎゅうぎゅうと押しつぶされそうになりながらも、俺はストップをかけて思考を回す。
するとベルが、「あぁ」と何かに気づいたように手を打った。
「服を着る。それも別にいい、か」
「あぁ。そういうことだ」
「なるほどのう……」
するとベルはヒナにずいっと近寄り――――露わになっているへそ部分を、べろりと大きく一舐めした。
艶めかしいわずかな唾液が腹を濡らし、彼女の腹部が煽情的につやを帯びる。
「んぁ……! ちょ、ちょっとベルりん~、何す……ひやっ!?」
「こういうことじゃろ?」
「そういうことです……」
ベルは基本的に、常に暴力で物事を解決しようとするだけで、頭は悪くない(というか基本的には俺なんかよりずっといいはずだ、使わないだけで)。
だからこういうとき、俺のやりたいことや狙いをすぐさま感じ取ってくれる。それはとてもありがたい。ありがたいのだが……。
「ム、強くかけすぎたわい」
「んにゅ……ッ!? にゃ、にゃに……、コ、レ……、」
見るとヒナの腹部には、アリスの時と同じような、煌々とした淫も――――紋章が浮かび上がっていた。
「というかベルさんちょっと強すぎませんかこれ!?」
「最近全然『欲』を発散出来ておらんかったのと、ヒト成らざる者に対しての行為じゃったから、加減が分からんでのう」
ワシ反省と、珍しく小さく手を挙げてその意を示すベル。
うん、可愛いけど、今は和んでいる場合ではない。
「よ、よし……。とにかく今度は、俺の仕事だ……!」
俺の考えは。
もういっそのこと、ヒナも俺たちの仲間にしてしまおうという、力づくの作戦だった。
ヒナとベルに共通していることは、ヒト成らざる者であることと、ヒトの敵という概念であるということ。
魔竜・ベルアインは、俺を通しての展開からの魔法、仮装着により制御することが出来た。勿論これは、ベル側の意志共有もあってのことだが。
ならば、魔剣・ヴァルヒナクトに対しても。
同じ手段を取れないかと思ったのだ。
「うぉぉ――――『仮装着』ッ!」
「コレ――――……っ!」
光り輝くヒナを見て。
俺は推論が確信に変わる。
魔剣・ヴァルヒナクトは、このまま放っておくと、人類の敵になり果ててしまう。
ならば……、放っておかない。
彼女がこの姿で生きていきたいと思うなら。
彼女がこのまま生を謳歌したいと願うなら。
どんな手段を使ってでも――――
「え……」
瞬間。
俺の中の魔力が、逆流するような錯覚に襲われた。
いや逆流ではない。これは、せき止められている……?
ともかく、魔力と魔力がうまくかみ合わない。
「う、……くっ!」
ぴりぴりと、手のひらに軽い振動を感じる。
おかしい。
今までのこの流れだと、
バニー化で無理やりこちらの監視下に置けて。でもヒナもどこか嬉しそうで。ベルが強めにかけすぎた魔力がやや暴走して、欲情状態みたいになってあわあわしつつも――――
なんだかんだ、幸せに終わりそうな。そんな流れだと思ったのだが、
「――――ッ!?」
「コースケッ!」
突如として。
目の前に突起物が現れる。
彼女を包む魔法光の中から。突如として発射された銀の一閃。
掲げた両手もそのままに、気づけば俺はベルに抱きかかえられ、その場を離脱させられていた。
「なにが……、うぉわっ!?」
りりりと。
金属が、鳴っている。
「LrrrrrrrrrrrrrrrRRRRlllll――――」
「なん、なんだぁッ!?」
大気の音に混じり、金属が振動する音が鳴る。
ざわめく草原。散って行く木の葉。
吹きすさぶ魔風の中ヒナを見やると、先ほどまでの神聖な力とはうって変わって、邪悪な闇色の光が彼女の身体を包んでいた。
「ヒナ……」
「なるほど。抵抗しておるか」
「抵抗?」
俺の疑問に対し、ベルはヒナから目を切らないままに、説明してくれた。
「ぬしのその力は天界からの力。ヴァルヒナクトの本質とは、本来真逆の性質のものじゃ」
「真逆……?」
「本来仮装着――――バニー化は、パワーアップのための術。しかし神々からの力を受けてパワーアップすることを、あやつの本質部分が拒否しておるのじゃろう」
「そんなことが……」
「まぁ何分、ワシもそうじゃったから……なッ!」
「うぉっ!」
彼女から放たれる金属の何かを、ベルは瞬時にかかと落としで叩き落す。
赤いハイヒールの下に敷かれていたものは……、美しくも禍々しい、剣だった。
「魔剣のレプリカといったところか。……む?」
ヒナを包む邪悪な魔力は、次第に何かのカタチを帯びていく。
吹き荒れる風と共に、中空には打ち落としたものと同じカタチの剣が、ひゅんひゅんと舞う。
ウェーブした茶髪の先すらも、剣の切っ先状へと固まっていく。
破れかけた服は全て消え去っていて。
代わりに、黒紫の、鎧にも満たない何かが、彼女の局部を申し訳程度に包んでいた。
「エロい格好じゃのう。……が、アレは単純に、弱点となる部分を防御しておるだけじゃの」
「胸と股間部分……。そして関節か」
「うむ。それ以外は肌が見えておる。その意味が分かるか?」
俺は短く首を横に振る。
だけどベルが嬉しそうに喋っているのを見て、俺はなんとなく理由を理解した。
魔竜・ベルアインは性に見境が無いだけではなく――――その本質は戦闘狂なのだ。
この状況で嬉しそうに語る理由はただ一つ。
ヒナの軽装の理由が、『戦うため』であるという事実に、歓喜しているのだ。
「極限まで鎧の重さを削り、速さに特化させるため。
つまり……、こちらを本気で殺しに来るということじゃ」
目を輝かせる魔竜。
対照的に。
目を曇らせていく魔剣。
「ベル」
「大丈夫じゃ。ぬしよ」
彼女は一瞬だけ瞳を閉じて。
そして再び目を開く。
「あやつを屈服させ、ハーレムの一員にする」
ふざけたようでいて。
大真面目に、彼女は言い放つ。
それは。アリスが本格的に仲間になったときにベルが口にした、なんとも珍妙なハーレム宣言。
しかしそれは、彼女の在り方にも紐づいている、ある意味信念の込められた言葉だった。
「では――――戦闘開始じゃ」
今、俺の目の前で。
神代を生きたモノ同士の激突が。
はじまる。




