10.ヒナほどき(り)
「それでは、三人で行ってきてくれ」
「え? アリスは行かないのか?」
「あぁ。それには二つ理由がある」
アリスは二本指を立てた。
「一つは警備のため。
もしも今調査している異常魔力が、調査している異常事態と関係が無かった場合。こうしている今も、ハバールの街に脅威が迫ることになるかもしれないだろう?」
「そっか……。街に滞在している冒険者たちのレベルがそこまで高くないんだとしたら、問題に対処できるやつが残ってた方がいいのか」
「そういうことだ」
そしてもう一つの理由のほうは。
「ヒナが事情を説明するのに、アリスが居たら説明できない……?」
「あぁ」
曰く。
アリス自身、とても賢い。
だから既に、『俺がアリスに伝えたい真実があるのに、何らかの制約でそれを話すことが出来ない』ということには、とっくに気づいていたらしい。
(ここでの真実というのは、俺がこの世界ではないところか来た存在だということだ)
「いくら勇者パーティの一員として認められたとしても、私は『ただの人間』だ。だからこそ、きみからの真実を聞くことは出来ないし、きみも語ることが出来ない。そうだな?」
「……まぁ、ソウデスネ」
「しかしヒナは人ではないし、ベルもそうだ。そしてきみは、何の制約も無く二人の話を聞くことが出来るし、きみの事情――――おそらく天界側の秘密なども、話すことが出来る」
「そ……、そう……なのかな? たぶん」
「ならば、きみら三人の行動に、『ただの人間』はついて行かない方がいい。
ヒナが、話せるものも話せなくなってしまうかもしれないからね」
「なる……ほど」
「では、気を付けてな」
アリスは手をしゅたっと上げ、街の方へと向かって行った。
「…………」
いや、怖っ!
何その判断の仕方。
「アイツの頭の回転、おかしいよ……」
ヒナがニンゲンではないと分かったのは、彼女がその判断を下す少し前だ。それなのに、自分が居ない方が効率がいいかもしれないという判断を、即座に下すことが出来る。しかも、ルールをほぼ把握した上で、だ。
「普段のヘリオスちゃんとのやり取りでもそうなんだけど……。このパーティのブレーンとして優秀すぎるだろ……」
街の警護をしてくれている現在も。
おそらく様々な策を用立ててくれているに違いない――――
そんなことを、ぶっ飛ばされていく道中に現れたモンスターを眺めながら思い返した。
「見事なもんじゃ」
「えっへへ~。やるっしょ☆」
感心するベルへと、ヒナは笑顔でピースサインを向ける。
一見すると綺麗なお姉さんと可愛いギャルが戯れている光景なのだが、その背景はモンスターの残骸で埋まっていて、そのギャップがエグエグのエグだった(ギャル語使いやすい)。
「……で? ぬしのこのパワーはいったいなんじゃ?」
「あ~うん。アタシのコトね。説明するよん☆」
あっちぃ~と胸元をぱたぱたとさせながら、ヒナは青空を見上げた。
「つっても、アタシにもよく分かってないんだけどね~、実際」
淡々と語りながら、彼女は草原地帯をゆっくりと歩いていく。
「そ~……だねぇ~。
まず――――物質として在ったのは千年前」
草原の風に吹かれ、綺麗な茶髪がなびく。
「この身体で生まれ落ちたのは五日前」
済んだ青空へ、綺麗な声が流れる。
「元の所有者っぽい姿をして、街の近くに『発生』した」
これまで通りの明るい声質。
思い出話を語るように。けれど、思い出というには、その期間はあまりにも短い。
「それがアタシ――――魔剣・ヴァルヒナクトなんだ」
言って。
しっかり俺たちを見て。彼女は、ある意味では初めてとなる、自己紹介を果たした。
「ま、けん……」
剣。
武器が、人のカタチになってるってことなのか。彼女は。
「どう思う、ぬしよ」
「生物じゃねえ……」
「抱く感想がそこかえ」
珍しくベル側からツッコミが入る。
いやでも、気になるところはそこだろう。
「ベルはほら、生物が人間の形になっただけだから理解できるんだけどさ……。生物じゃないヤツが人格を得て、人間の形になるってのが……なんとも」
理解が難しくてと、俺は腕組みをして呟いた。
「ワシのような者と一緒に居って、何をいまさらという感じじゃがのう」
「それもそうなんだけどさ」
「アハハ。ジワるね」
当人が笑ってんじゃねえよ。
いや、当人だからこそ、笑っていいのか?
「ちなみにヴァルヒナクトよ」
「ん~? 何?」
「ぬしに何か、重い過去は無いのかえ?」
「特には……無いかなあ~……」
どうやら無いらしい。
ということは、単純に魔剣という概念が、何らかのカタチで意志を持ったってことで良いのかな?
「魔剣としての記憶はあるんだけど、その頃は人格とか意識は無くて~……。けど、その時に見てた光景は、知識としてはある……みたいな?」
「なるほど……?」
現代知識で無理やり例えると、とても詳細な他人のドキュメンタリーを見て、その人の人生を丸々知っている……的な感じだろうか。
「あ、でもアタシ、魔王斬ってるわ」
「魔王!?」
「正確にはぁ、斬って、封印してる感じ? アゲだよね」
「いやいや!」
アゲかどうかは置いといて。
すげえ事実じゃん! ヤバイじゃん!
「魔王って存在がすげえ昔に居たことは聞いてたけど……」
「その存在を封印したのが、こやつじゃったか」
ベルも珍しく驚きの表情を見せている。
世界を支配し、滅ぼしかけた超存在。神々ですらも手を付けられなかった者を斬ったというのは、実はとんでもないコトなんじゃないのか。
「まぁアタシ使って斬ったのは、勇者ちゃんなんだけどね~」
「そうなのか」
そりゃそうか。剣が勝手に飛んで行くわけではないからな。担い手というか、剣の使い手が居るのは当然か。
「最初は伝説の剣……聖剣? で戦ってたっぽいんだけど。
でも聖剣使えね~って捨てて、アタシで撃ち合ったら勝てちった的な」
「使えね~って……」
それでいいのか勇者。
「勝てばそれでよかろう。戦なんてそんなもんじゃ」
「神の時代、殺伐としすぎだろ」
そんなことを話しながら、しばらく歩く。すると件の、異常魔力が検知されたという場所までたどり着いた。
意外と街から離れていない。
もしもここで『何か』が起こっていたのなら、確かに危なかったかもしれない。
周囲は何も遮蔽物の無い草原。
木々が少しあるくらいで、一見すると、見晴らしのいい場所だ。
「フム、確かにのう」
「あ~……ホント。病みそうつらたん」
しかし二人は、くんくんと周囲の匂いを嗅ぎ、その空気を全身で浴び、異常を感じ取っていた。
「まずいのか?」
「うむ。街に入ったときに感じた独特の淀み。それは、明確にココから流れてきておるものじゃのう」
「吸ってっと口ン中からもわもわーってするし、頭パチパチーってなるカンジだよね?」
「じゃのう。むにゃむにゃしてくるわい」
「よく分からんな……」
擬音を使わないでほしい。……と思ったけど、こいつらの知識の例で説明されても、どっちみち分からないだろうなぁ。
「くんくん……。くん、くん……」
げんなりする俺を他所に、ベルは更に匂いの元をたどっている。
鼻を鳴らし、少しずつ匂いの元を追求していくバニーガール。
「ベルりん?」
さり気なくヒナがベルの事をあだ名で呼んだのだが、今は置いておいて。
ベルはそのまま鼻を鳴らし続けている。そして――――
「――――うむ、やはりそうか」
「え……」
「ぬしじゃな」
匂いの元は。
ヒナだった。
一度はやや遠くに離れたベルは、一周回って、俺たちの近くへと返って来た。
「は……、アタ、シ?」
「自分では分からんか?」
ベルはもう一度鼻を鳴らし、ヒナの身体に触れた。
肩口、腕、手のひらを通り、そのまま腰へ。へそ回りに掌をあてがったところで、ヒナも小さく声を上げた。
「あっ……!」
「うむ」
どうやら何かが行われているようだが、俺には理解できない。
……というか、一連の流れがえっちすぎる気がしたのだが、言わないでおこう。珍しくベルが真剣だから、余計に茶々を入れるのはまずそうである。
「うーわ……、アタシの中だこれ……」
「魔力の発生源を訪れたことで、余計に分かりやすうなったか」
ベルの説明によると。
元々魔力の発生源は、俺たちが訪れた時点で二か所あったらしい。
一つは、今俺たちが訪れているこの場所、テノーの丘。
そしてもう一つは、すでに街の中に入っていたヒナ。ベルは彼女の魔力を感じ取ったことで、異常を検知したいたということだった。
「ってことは……、これ以降は、変なことは起こらないってことか?」
発生源は見つけたのだ。
そして発生源であるヒナは、良識のあるヤツだし。
ニンゲンではないけれど、あの街に悪さをしようとはしてないのも分かるしな。
「ミッションクリアだな! よかった~……」
俺がほっと胸を撫でおろすのもつかの間。
二人はきょとんとした顔でこちらを見ていた。
「……? コーにゃん何言ってんの?」
「そうじゃのう。ぬし、何を勘違いしておるんじゃ」
「え……、どういうことだよ?」
発生源は見つかったんだろ? そして、それは大丈夫な奴からだったんだ。
だからもう問題は解決していて……、
「いやいやコーにゃん。異常は異常で、あったらヤバいっしょ」
「そうじゃのう。何が起こるか分からんものは、取り除かねばならん」
二人はふうとため息をつき、そして意志を秘めた声で、互いに口にした。
「アタシを壊して、ベルりん」
「うむ。覚悟せよ、――――魔剣」
それは。
先ほどまでの和やかさとは真逆の。
神代を知る者たち特有の、殺伐とした声だった。




