9.ヒナほどき(りょ)
路地裏にて。アリスは俺の手を引いた後、ヒナについての質問を投げた。
俺は記憶をほじくり返し、出来るだけ鮮明に彼女のことと、自分主幹の疑問点を伝える。だいぶ詳細は忘れてるけど、確かこんな感じだったはずだ。
「……って感じだったけど」
言葉を全て聞き終えたアリスは「ふぅ」とため息をついた後。
ジト目になって攻め立てるように、腕を組んで口を開いた。
「いや、明らかにニンゲン種ではないだろう、あの子」
「え?」
何言ってんだアリス? ニンゲン種ではない?
それって、ヒナがニンゲンじゃないってことか?
「いやいや。ニンゲンじゃないってのは、ベルみたいなヤツのことを言うものでさ」
「あのねコースケ。キミ、あまりにも鈍感過ぎないか?」
それともわざとかと、彼女は呆れて再びため息を吐いた。
腕をほどいて腰に手を当て、一つ一つ確認するように、言葉と共に指を上げていく。
「靴で歩き慣れないのは、そもそもニンゲンの格好をしたのが初めてだったからだろうし。
言葉遣いが奇妙なのは、そもそもニンゲンの言語を喋ったことが無かったからだろうし。
貞操観念がゆるいのは、そもそもニンゲンの常識を知らなかった……のだと思いたい」
最後だけ少し歯切れが悪かったけれど。
ともかく、彼女の列挙した事実には、納得できるだけの材料が揃っていた。
立ち上がった三つの指を見て、俺も昨日からのことを思い出す。思い返す。反芻する。
「んんんんん……!?
あれ……? アレええええ……???」
言われてみればその通りだ。
確かに……。
ベルという存在が横に居るのに、どうして気づかなかったんだ、俺は?
そう思い頭を抱えていると、アリスは見計らって口を開く。
「まぁむしろ、――――ベルが隣に居たから、だろうね」
「え?」
「少し意地悪をしてしまったね。すまない」
俺は疑問から立ち返り、彼女の言及に耳を傾ける。
「魔竜・ベルアインは、その在り方はかなりの規格外だ。超存在だ。
軽くその在り方を知った今でも、にわかには信じられん『現象』だと思う」
「そうだな……」
元はニンゲンの姿ですらも無く、そもそも『悪』の概念のようなものだったとも言い伝えられている。そんな概念的な神代生物が、今はバニーガールの姿で二足歩行をしている。
うん……。
概要だけまとめると、確かに不可思議すぎる。
「そういった不可思議な存在が、すでに居るのだ。
ならば、そんな超存在の二体目など、居るわけが無いと。無意識に思ってしまうのも無理はない」
「――――あ」
なるほど。
ベルのようなビッグバンが、二度も起こるはずがない。
奇跡に等しい存在だからこそ、そんな奇跡が二度続くはずがないと、そう考えた。
見ないようにしていたわけでは無く、端からその考えに至らなかったのだ。
「だから逆に、アリスは気づけたのか」
「あぁ。私はその奇跡の、当事者ではないからね」
魔竜・ベルアインが今の状態になっているのは、俺が知り得る限りでは二つの要因が重なっている。
一つは俺が関与していない、ヒトガタ形態のこと。
しかしもう一つは、俺が関わっているバニーガール状態のことだ。
「ベルアインはまず、一つ目の要因として、ヒトの姿になった。そしてその後、キミという存在に出会って、ヒトに付き従う存在となった」
「全然従ってくれてないのはさておき……、確かにそうだな」
「そこには偶然の要素が多分に含まれている」
まずはベルと俺との出会い。アレは偶然だと思われる。
彼女が逃げた先に、俺という転移者がいたのだ。
そしてそのあと、ベルアインを支配下に置く魔法を発動した。
これも、発動はしなくても良かった。しかし俺は発動したし、ベルもそれを受け入れた。
こうして――――今の。ヒトガタ状態の魔竜・ベルアインは、形成されている。
「言われてみれば、奇跡と言われてもおかしくないな」
「あぁ。当事者だからこそ、実感は湧かないだろうがね」
そこでとアリスは、俺の感心を遮るように指を立てて言う。
「当事者でない私からの意見だ。
キミはきっと、こんな奇跡は二度とないと考えているだろうが……」
アリスは一度言葉を切り、ややイタズラ交じりに苦笑して、再び口を開いた。
「私からすれば、一度目があれば二度めもあるだろうというのが、正直な所感だよ」
「…………」
この言葉が決め手だった。
俺の心にしっくりきたその意見は、彼女をニンゲン外の生物だと断定するのに、あまりにも的確すぎた。
「さてコースケ。それを彼女にどう伝えるかだが……」
「そうだな……。たぶん隠そうとしてるだろうから」
「難しいところだね」
しばらくの沈黙の後。
彼女はブロンドの髪を軽くかき上げ、苦笑と共に口にした。
「まぁ、タイミングを見計らうとしようか。
どうせきみは、彼女を傷つけたくないんだろう?」
「アリス……」
「分かっているから心配するな」
「あぁ……。ありがとうな、アリス」
そんな風に。
俺とアリスが、めちゃくちゃニヒルに、どこかシニカルな会話をして戻った直後だった。
「おうぬしよ。こやつ、ワシと同じような存在じゃぞ」
「あっちゃ~……、バレちゃった感じ? やばたんじゃね……?」
「「えぇ……」」
俺たちがこの問題をデリケートに扱おうとしていた気持ちを、返して欲しいんだが?




