7(B).二羽のウサギ・2
と言っても。勿論消えてなくなるわけでは無い。
というか力が出ていない今の状態でも、確実に私の全力よりは強いわけで。
「普段の戦闘は問題ないわい。前の街で戦ったくらいの動きならばできる」
「そうなのか」
「勿論コースケからの許可はいるがのう」
「なるほどな」
時々忘れがちになるが、基本的にベルはコースケ(というか天界)の管理下に置かれている。なので手綱を握るコースケの許可がなければ、戦うことが出来ない。
「出来んのは、『竜化』じゃな」
「『竜化』……。あの、軍本部で見せた、きみの真の姿か」
空を覆うほどの、あまりにも巨大な黒竜。
暴力と恐怖。その象徴たる姿は、神話の光景だった。
現在の、長い手足に巨大な胸を持つ絶世の美女とは、似ても似つかない姿である。
しいて言えば、長い黒髪が竜の胴体を連想させるくらいだろうか。
「ま、あんまり成りたくないんじゃがの。疲れるし」
「疲れるのか」
「うむ。それに後で小女神に小言を言われるから面倒くさい」
「ヘリオスちゃんは強いな」
流石は上司役。元気で良い子なだけではなく、しっかりとしている。
彼女も彼女で、手綱を握る一人だということか。
「しかしベル。力が出ないのは不安なのではないか?」
いざという時の切り札が使えないのは怖いだろう。
「そうでもないが……、まぁ、身体の中がむにゃむにゃするのは確かじゃ」
異物感なのか違和感なのか。
身体の奥底から枷をかけられているような感じなのかもしれない。
「まぐわえば治るやもしれん。やってみるか」
「誰がやるか」
そんな軽口が叩けるくらいには、元気である。
だからおそらく、これまで以上の敵が出たりしない限りは、懸念することはないだろうと私も思う。
「……しかし」
「ん?」
「今回の案件は、不明瞭なことが多いのも確かだ。
天界でも予見できない事態が起こりえた場合、もしかするとコースケやきみにとっても、最大の事件に発展する可能性もあるだろう」
そんな事態になったとき。
果たして今のベルと私だけで、対処が出来るのだろうかとも考えてしまう。
そんな会話をしながら、そのまま互いに睡眠をとる。
バニーの力を使った疲れが出ていたのか。体感あっという間の一晩だった。
「朝、か……」
夢も見ないほどにぐっすりだったらしい。
ただそのお陰で、身体は元の軽さを取り戻していた。
上半身だけを起こし、隣のベッドで眠るベルを見やる。気持ちだけは昨日のままなのか、どうしても彼女のことを気にしている自分がいた。
そう言えばと意外だったのが、ベルの睡眠だ。
「寝るんだよな……。当たり前だが」
彼女は超常的な存在で、現象としてこの世界に在り続けた者だ。
だからどこか、我々ニンゲン種の日常的な部分とは、勝手に縁が無いと思っていた。
けれど彼女はよく食べるしよく眠る。性的なことをコースケに提案する(断られているが)。
つまり三大欲求が普通にあるのだ。
「それを意外なことと思ってしまうのは、申し訳ないのかもしれないな……」
「何の話じゃ?」
私の呟きにはっきりとした言葉で返すベル。
寝起きの気だるさなどは、一歳感じさせない発声だった。
「ぬしの言葉で目が覚めたわい」
ぐるぐると肩を回す彼女を見て、改めて思う。
……本当にでかいな、胸。
肩関節あたりが動くと、それにつられて双丘が勢いよく上下に揺れるのである。
「くるる……。いやらしい匂いを感じるのう」
「いっ、いやいや……! そういう意味では見ていない!」
単純に、動くと揺れると思って、視線が誘導されてしまっただけだ。
何もその、深い谷間とか、脇のあたりまで乗ったむっちりとした肉感とか、健康的な肌に、邪な考えを抱いたわけでは無い。
「コースケも言っておったが、素質ありじゃのう」
「何の素質だ」
何度も言うが、彼女の身体は同性から見ても魔性だ。
気を抜いて視線を送ると、たちまちとんでもない気持ちに支配されてしまう。
まったく。朝の情緒が台無しだ。
「まあいい。朝食を取った後、街を見回ってみよう」
「む、ワシも行って良いのか?」
「……? 当然だろう。というか、監視下に置いておかないと恐ろしいからね」
「そうか……。クァハ。ならば、そうするかのう」
「おかしなやつだな……」
何故かそう言ったベルは、機嫌が良さそうだった。
まぁ、街に慣れがてら、ベルのことを聞いてみよう。
丁度確認したいこともあったしね。
朝の活気の中を、ベルと共に歩く。
夜は夜の喧騒があったし。どうやらこの街は、時間によって多少の差異はあれど、一日中活気づいている街のようだ。
「私の居た国の中央区でも、ここまでの活気は無かったな……」
「そうなのか。確かにワシが見てきた中でも、一番元気じゃ」
ベルが言うということは、おそらくコースケにとってもそうだろう。
あの男は東エリアを見て回っているはずだが、変に気圧されたり、空気に飲まれていなければいいがな……。
私がそう心配していると、ベルは「大丈夫じゃ」と口にする。
「あやつは意外としたたかじゃ。なにせワシとおっても気圧されんくらいにはのう」
「言われてみればそうだな……」
単純にベルと会話の相性がいいだけだと思っていたが。そう言えば軍本部に招いたときも、怖気づきながらも中に入ってきていたっけ。
「やつ曰く、『やんなきゃいけないならしゃーないだろ』だそうじゃ」
「諦めの境地だったか……」
ある意味思い切りが良いのか。
「それにコースケは元々、他人と会話ができん性質じゃったからのう」
「そうだったね」
だけど今は、けっこう色んな人とコミュニケーションを取れている気がする。
「美女と話すと固まるらしいがのう」
「ふふ。まぁそれはそれで、コースケの可愛いところじゃないか――――」
「ねぇねぇコーにゃん~。どこ行くの~?」
「たぶんこのあたりだと思うんだよなー……」
「えへへ。くっついちゃう的な?」
「ちょっ! 距離が近い!」
「そうなん? これくらいがフツーの距離じゃんね~?」
「いやいや――――あ」
「「あ」」
噂をすればなんとやらで。
街角から、見知らぬ女性と仲良さそうに腕を組んで歩く、よく見知った、太った男が現れた。
連れている女性はとてもチャラい。そして若い。
セミロングの茶髪にウェーブがかかっていて、私はあまり見慣れない、所謂ギャル系の服を纏った女子だった。
肩も足も出ていて、目元にも派手めのシャドウが入っている。
ギャル系ファッションに異を唱える気は無い。露出が多いのも本人が好きでやっているのなら別に良いだろう。
しかし、その距離の近さは――――
「おぉアリス、ベル。良いところに……」
「え? いい場所って言ったコーにゃん? それって『ほてる』ってところ? 聞いたことあんだけど」
「ヒ、ヒナ! 変なこと言うな!」
「コースケ……、きみ……!」
「ち、違うぞアリス!」
あまりにもな光景に私はつかつかと彼の元に歩いていく。
右腕に引っ付いている、いかにも軽そうな女の子は、彼を糾弾するには十分な材料すぎた。
「四肢と股間のソレ、どちらが大事だ?
大事じゃないほうを残してやろう」
「狂気的! しかも二重に優しくない!」
「なるほど全部か。安心しろ。バニーになった私のトレーは神速だぞ」
「待て待てアリス! お前は何か誤解している!」
「この状況でよくも堂々とそんなことが言えたな!」
と……、一通り言ってみはしたが。
本当に後ろめたいことはなさそうだ。それくらいは目と空気感を見れば分かる。
「まったく……」
言って私は、軽く掴んでいた彼の胸ぐらを離し、ベルの方へと振り返る。
「まぁこの男のことだ。どうせ親切にしたら、変に懐かれてしまったとか、そういう類だろうね」
「…………、」
私のため息に。しかしベルは笑うことは無かった。
どこか空虚な瞳でコースケを見つめ、いつもとは全く違う空気感を醸し出している。
こちらの言葉には一切反応せず、つかつかと彼に近づいて、妙に鋭く口を開いた。
「ぬしよ。ちょっと腕を出せ」
「え、えーと……、こう?」
言われたコースケは、おもむろに左腕を差し出す。
腕を組まれていない方の、自由に動かせるほうの腕だ。
それにベルは静かに触れたかと思うと――――
「フン」
ぱき、と、枯れ木が折れるような音が聞こえた。
「うごっっっ!!? い――――、いってぇぇぇぇぇぇッッ!!?」
「ちょ、何してるんだベル!?」
「ん? 何って……、んん? 何をしておるんじゃ、ワシは?」
「いててててッ! ちょ、これ、マジで折れてるよなぁぁッ!?」
「お、落ち着けコースケ……! 今回復魔法をかけてやる……!」
幸い大事には至っておらず、間接も無事みたいだ。私が使える初級回復魔法でも、十分完治するであろう怪我だった。
しかし……。
「す、すまぬぬしよ。何故だか分からんが、身体が勝手にじゃな」
「いやいや! 明確に敵意を持ってたよなあ!?」
「うーむ、なんじゃろうな、コレ……」
先ほどの空気はどこへやら。口を波打たせ、訝しむ表情をするベル。
本当に。昨日に引き続き、レアな表情ばかりを目にする。
コースケは痛がっていてそれどころではなさそうだが……。というか。
「きみ、コースケは膝をつきたそうにしているだろう。腕くらい離したらどうだ?」
「え? あ~、ヤバみなのね?」
いまだにコースケの腕を掴み続ける謎の女の子に、私は少しきつめの口調で注意した。しかし驚くことに、彼女は事態を把握するとぱっと腕を解放する。
「…………、」
「おけ~? これでよき?」
……独占欲で掴み続けていたわけではないのか? まるで、離すべきときとそうでないときの判断が、ついていなかったかのような態度だった。
てっきり、「は? なんでアンタにンなこと言われないといけね~ワケ?」みたいな言葉が返ってくるかと思っていたから、意外だ。
「コーにゃん大丈夫~? ヤババ系?」
「うぐぉ……、なんか、腕の感覚が無い……、系……」
「口調がうつってるぞ」
ため息と共に、私はコースケに回復魔法をかけた。
まぁ傷は治るだろうが、痛みはしばらく消えないだろう。残念ながら私が使える回復魔法はそういうものしかない。
「ぐぅっ……、ま、まだ痛むなあ……」
腕をさすりながら、彼は「まあいいか」とこちらを見て、改めて話題を切り出した。
まあいいかで済ませられる胆力は、正直凄いと思った。どれだけベルからの被害に遭いなれているのだ。
「そもそも俺、アリスたちを探してたんだよ」
「そうだったのか?」
「あぁ。二人にお願いがあってさ」
彼は言って、ぺらりと何かの用紙を取り出した。
「これから、郊外のクエストに付き合ってほしいんだ」
「む……、郊外に? またか?」
未だに自身のことを不思議がり、今の話が耳に入っていないだろうベルに変わって、私は答える。
「なんでもついさっき、郊外で異常な魔力の波が検出されたらしくてさ。今討伐者を集めてる最中なんだと」
「なるほど。しかしそれは、他の冒険者も向かうのではないか?」
「それがどうやら、ランクがA+らしくて。
この地域って、人は多いわりにずっと平和だったから、強い冒険者は居ないようなんだよ」
「なるほど……」
確かに言われてみれば納得だ。
朝でも夜でも営みが行われているということは、それだけ平和であり、商売のことだけを考えれる環境だったということだ。
店などの文化が発展しているのに対して、冒険者や兵士などをほとんど見かけなかったのは、そういう理由か。
「つまり行けるのは私たちしか居ないと」
それなら、すぐにでも出立した方がいいだろう。
その場所がどんなことになっているかは分からないが、夜になると異常モンスターも現れるかもしれない。
「それで、ものは相談なんだけどさ、アリス」
「ん?」
「この子も連れて行こうと思うんだけど、どうだろう?」
「……なんだって?」
A+ランクだと言ったのは、きみでは無かったか?
私はコースケから、詳しく話を聞くことにした。




