7(A).二羽のウサギ・1
街に戻り、コースケらと夜食を取った後。
彼に再び別れを告げ、私はベルと共に東エリアの宿へと戻った。
「それじゃ、何かあったら知らせてくれ」
「あぁ。きみも気を付けて」
雑踏に消えていくコースケ。
街中に居ると、本当に存在感が無くなるな……。通行人よりもオーラが無い。
「では我々も帰ろうか、ベル。
しかしよく食べられるね、きみ。夕食もかなりの量食べていただろう?」
「別腹じゃ、そんなもの。むしろ別腹しか無いとも言う」
「つまり無限に食べられるのか」
帰路についている途中、私らはそんな他愛のない会話をする。
前に住んでいたレーヴァの街と違い、このハバールの街は夜でも元気だ。
昼の活気とはまた別の、夜の様相が顔を出している。
――――なので、起きている人間も多く居るわけで。
「……フム」
「気にするな、ベル。先を急ぐぞ」
我々……というかベルに向けられる視線も、夕方に食事を買いに出たときと量としても変わらない。
しかし、違うのは質だ。
日の高いうちは奇異の視線だったが、現在は完全に劣情の混じった目を向けられていた。
「まぁ簡単に言えば、『そういう店の従業員』だと思われているということだな」
「『そういう店』、のう」
フムと。今日は彼女にしては珍しく思案した。
歩行と共に揺れていた黒髪が、瞬間ぴたりと止まる。
いつもならば「愉快じゃの」なんて笑い飛ばしそうなものなのだが。
私がそう言うと、ベルはちらりと道沿いの店を眺めつつ目を見開いた。
「いやのう。ワシはどうやら、バニーガールというものらしいがのう?」
「ん? そうだね」
「そもそもワシは、バニーガールという生き物をよくわかっておらんのじゃ」
「………………それは」
まぁ、確かに。
というかそれを言われれば、私だって詳しいわけでは無い。そしてバニーガールは生き物でも職業でも、生き様でも無い気がする。
「なんじゃ、在り方というわけではないのか」
「そうだな……。勿論、誇りを持ってバニーの格好をして、働いている者もいるとは思うが」
バニーガール、バニー衣装とは。基本的にコスチュームの名称である。
私の装着している軽鎧とか、コースケの着る冒険者用のシャツとか、カテゴリとしてはそういうものだ。
「まぁ言われてみればそうじゃのう。では、やつらの生態はどうなっておる?」
「生態って……。何も分かっていないではないか」
種族では無いというに。
「クァハ。冗談じゃ。
……しかし、じゃ」
ベルはちらりと通りを見る。
丁度深夜の時間帯から開店したであろう、客引きのバニーガールに目をやった。
彼女と同じような格好のバニーガールは、柄の長い手持ち看板を持っている。
「あの、『一回、三万ゼイル!』の一回とは、まぐわいのことか?」
「さぁ……? 私も詳しくないのでな……」
おそらくはそうだと予想されるが、他にも趣向を凝らしたプレイもあったりするのだろうから。一概には言えないのもまた事実。
私が真剣に悩み看板を凝視していると、見られているバニーさんから困惑の表情が飛んできた。……ゴメンナサイ。
コホンと咳ばらいをして視線をベルに戻すと、彼女は「とにかくのう」と続ける。
「世間が思うバニーガールとはどういうものなのか。気にならんと言えば噓になるわい」
「うーむ、そういうものか……」
でも言われてみれば納得だ。
私は、バニー姿と軽鎧姿を行き来する。それに他の服も着たりできるので、選択の自由が与えられている。
しかしベルは、この姿以外には(ニンゲン形態では)なれないのだ。
バニーガールのままずっと過ごすということになれば、自分の姿の印象というものが、多少気になってしかるべきなのかもしれない。
「コースケには聞かなかったのか?」
「あやつは変に気を遣うからのう」
「確かに」
まぁそれにコースケだと、エロい単語ばかりが先行して、上手く説明できない可能性もあるか。
私だって別に詳しいわけでは無いが、同性と服装の話をすると考えれば、些か気も楽ではある。
「分かったよ、ベル。私も今度色々と調べておいてやる。
説明できそうになったら、そのときに改めて」
「そうそう。そういうところじゃ。ぬしは律儀じゃからのう♪」
「ふふ。なるほどね」
などと、そんな会話をしながら。
私たちは夜も楽しく、帰路についた。
そして私は。
確認したかったことを聞くことにする。
「ベル、きみ」
宿につく。
ロビーに入る。
部屋へと足を進める。
「あぁ。――――ぬしは気づいておったようじゃの」
階段を登り、ドアを開け、部屋に入り、ドアを閉め、窓を開け。
月夜を背にして、彼女は言う。
「力が、本来の五分の一ほどしか出ぬ」
その瞳は、全てを受け入れ観念している。
そんな瞳だった。
「あやつには秘密じゃぞ。――――弱っとるなんて恥ずかしいからのう」
そう冗談めかして言う彼女は。
消えてなくなりそうなほどの、儚さを秘めていた。




