6.夜に跳ねる
当然のことではあるが、その後彼女の部屋について行くことは無かった。
一応この後、パトロールというか、街を見回っておく任務があるのだ。さすがにそれを疎かにするわけにはいかない。
「そっかそっか~。さげぽよだね」
「さげぽよときましたか」
どうやら本格的に年代感がバグっていた。……んだけど、このエピソードは今は置いといて。
俺はその後、ちょっと用事があるとだけ告げて彼女の元を去ることにした。
流石に若い子の部屋に上がるのはマズすぎる。
俺の理性がとかじゃなく、その、世間体的に?
「それじゃ」
「まったね~!」
去り際は何度もでかい声で「ばいば~い!」と背中越しに聞こえてきたから非常に目立ってしまったが、これも何かの縁だ。甘んじて受けよう。
「妙に懐かれたよなぁ……」
と、若い子パワーに充てられぐったりするのもつかの間。
ヒナと会話している中で、引っかかった話題があったので、俺はすぐさまアリスたちの宿へと向かい報告を入れることに。
「ここだな」
現在彼女らが居る東地区。
アリスとベルは持ち帰りで食事をとっていたため、難なく合流することが出来た。
「考えてみればアリスは慎重だからな。ベルをおいそれと外には連れ出さないか……」
「いや、一緒に買いに行ったぞ?」
「え、そうなのか?」
「宿に一人で残しておく方が怖いからな」
「心配性な奴じゃわい」
クァハハと笑うベルに対して、アリスは「ふぅ」とため息をつく。
どうやら俺と分かれた後も、ベル絡みで心労があったと見る。ご迷惑おかけします、ホント。
「まぁ流石に、ずっと人目にさらすには『毒』なのでね。持ち帰りにしたのだが」
「助かったよ。迅速に報告が出来た」
で、それでだ。
ヒナが口にした、気になる情報。
『――――この街モンスタートラブルがめっちゃ多いっぽいからね~。お金稼ぐには困んないよ☆』
「……だそうなんだがどう思う?」
「どう思うと言われてもな」
アリスはふむと顎に手を当てる。
「気になって冒険者の寄り合い所みたいなところも見てみたんだけど、最近夜間に異常モンスターが出てるらしいんだよな」
「夜に、異常モンスターか……。数や種類は?」
「まちまちだそうだ。でかいのが一頭のときもあれば、細かいのが複数のときもあるらしい」
ただ情報によると。
それらはどこか普通のモンスターとは違う生態をしているみたいで、普通だとあり得ない攻撃を繰り出してくるのだとか。
「なるほどのう? ソレが、この街を漂う『何か』に関係があるかもしれん、と」
「関係ないかもしれないけどな。それに、現状は街の冒険者たちだけでも何とかなってるっぽいし」
何度も言うが、俺たちは特に金には困っていない。
街の外で異常が起こっていて、それに対処出来る冒険者たちが居る。そこには金銭が発生していて、双方がウィンウィンの関係である。
そこに無理に割って入らなくても大丈夫ではあるのだが……。
「……一目見ておいた方が、良いかもしれんな」
「アリスもそう思うか?」
俺の言葉に彼女は「ああ」と短く頷いて続ける。
「それが一般の範疇であったなら、これ以降は関わらなければいいだけだ。しかし確認する術は、その依頼を受けるほか無いのだろう?」
「みたいだ。そもそもこの件のせいで、夜間に街の外へ出ることが制限されてるらしいし」
「ならば決まりだ。三人で向かうぞ」
俺たちの言葉に、ベルは「フム」と小さく息を吐く。
「丁度良いのう、ぬしよ」
「ん?」
「この間小女神に言われたことを、確かめてみようでは無いか」
「あ、あぁ……。そうだな」
ヘリオスちゃんに天界に招かれたとき。
朗らかなやりとりがあった最後、一つだけ忠告をされたのだった。
『ベルアインを通しての、仮装着の契約についてなのですが。一つ気がかりなことが』
彼女の言葉が思い出される。
色々話しはしたのだが。平たく言うと。
『ベルアインはそれにより、弱体化する可能性があります』
ということで、レッツゴー夜間クエスト。
「――――フム」
月夜に一匹。
ウサギが舞う。
中空で一回転したかと思うと、美しい所作から一転、荒々しい攻撃態勢へと移行した。
「カァハハハハッッ!」
振り下ろされる、拳が一閃。
満月から放たれた月光かと思うような直線が、彼女とモンスターの間に描かれた。
「グゥォォォッッ!!」
衝撃と共に霧散する異常個体のモンスター。
ヘリオスちゃん曰く、もしかしたらベルが弱体化するかもとのことだったけど……。
そういえば天界で、こんなこと話したっけな。
『ベルアインを通しての、仮装着の契約についてなのですが。一つ気がかりなことが』
『ん? なんだ?』
『今現在、彼女とコースケさん、二人合わせて一万の力を持っている状態だとします』
『ふむふむ』
『これまでは二人でその力を使っていたので問題は無かったのですが……。今は状況が変わり、アリスさんもそこへ加わりました』
『あぁそうだな。
ベルにいんも――――紋章を付けられたんだよな』
アリスの腹部を思い出す。
バニー状態だと、ビスチェに腹部が覆われているから見えなくなっているが。その美しい肌には、しっかりと契約紋が刻まれている。
ベルと、そして何より術者である俺と、契約している証だ。それを見ていると……、非常にゴメンナサイという気持ちになってきますね、はい。
ともかく。
『その紋章。
ベルアインに対しては制御装置ですが、アリスさんにとってはパワーアップ効果でしょう。それも桁外れな』
『そうだな』
『つまり仮装着は作用している。本契約になっているんです』
『う、うん……。つま、り…………?』
ここから先は、何回か説明をかみ砕いてもらって、ようやく理解が出来た。
『勇者パワーが、ベルとアリスに分散してしまうかもしれない……と』
『分かりやすく言えばそうです』
俺とベルだけでその力を使うのであれば、互いにいい具合の魔力の循環が行われるらしい。
しかしそこにアリスという不純物が流れ込んだとき。
今まで十全に流れていた魔力が、分散して流れてしまう――――かもしれないと。ヘリオスちゃんは危惧した。
『さっきの例えをそのまま使うとさ。
ベルと俺の魔力が合計で一万あったとき、五百がアリスに流れて、俺たちの力が九千五百になる……みたいなこと?』
『それで済めばいいんですけどね……。もしかしたら、もっと分かりにくいことになるかもしれません』
怪訝な顔をする彼女に、俺は心の中で「ごめん」と謝った。
きっかけはベルが気まぐれでつけたいん……紋章だが、最終的に仮装着を発動させてしまったのは俺だ。
極限の状態だったとはいえ、責任の一端は俺にもある。
『まぁそこは過ぎたことです。今は事実だけを伝えます』
アリスという異物が紛れたことにより。
単純な足し算引き算ではなくなったかもしれないとのこと。
『これまでの綺麗な循環では無く、アリスさんを経由しての循環に変わりつつある。
外部パーツを取り付けたことにより、五百の魔力を渡すために、そこに更に二百の魔力を使わなければならなくなりました』
『なるほど。余分な道具をつかうための、税金や人件費みたいなものが、追加でかかってしまうと』
『例えですけどね。
なので、少なくともアリスさんに勇者パワーが発動している限り、ベルアインの能力は確実に落ちているはずです。気を付けてください』
――――ということを確かめるため、夜間のクエストに出てみたのだが……。
「……あれえ?」
跳躍力は変わらず。破壊力は違わず。
圧倒的な攻撃力を備え付けたバニーガールは、今日も絶好調のようだった。
「ベルはベルで大丈夫そうだし、アリスは……」
俺は反対サイドで戦う、もう一人のバニーガールを見た。
闘気が高まったことにより、普段は軽鎧を着ているアリスも、今はバニーガールへと変身して戦っていた。
「ふっ!」
巨大なトロールの棍棒を、彼女は真正面から受け止める。
普段なら回避するような状況だが、今は試しということで、バニー状態であえて力試しとして受けていた。
「はぁっ!」
衝撃をものともせず、彼女は身体のバネだけで鍔迫り合いを制す。
アリスの持つ武装装填――――バニー化のときに扱う武器は、銀のおぼんだ。
バニー状態のとき、その人物は。『バニーガールが持っていても違和感のない物』。コレを作り出し、己が武器とすることが出来る。
トレーという一般的な食器も、彼女が振るえば切れ味抜群のサーベルのように早変わりだ。
「かっこいいぞアリス」
「その賛辞には今後も慣れそうにないな……」
そんな風に、彼女は手でボディーラインを隠しながら、こちらを振り向いた。
先ほどまでの堂々とした戦いぶりはどこへやら。羞恥を前面に出した表情は、まさしくくっ殺女騎士だ。
「アリスも慣れないなぁ……」
「慣れてたまるか……!」
顔を真っ赤にし、内股で歩いてくる彼女。
まぁそれでも。最初にバニーガールになったときよりも、動きにキレは出てきている。
アリスの故郷である、レーヴァの街での激戦を思い出す。
街を走り回っていたときは羞恥が勝っていたが、それもつかの間。軍本部内で戦っていたときの彼女は、羞恥を気にしている余裕はなく、全力でバニー姿のまま飛び回っていた。
しかし今は、羞恥を抱えたまま戦っている。おそらく心的余裕が出来てしまったが故に、冷静さが羞恥を生んでいるのだろう。
「まぁそれでも、すでに前回の戦闘よりも強くなってるよなぁ」
「嬉しいやらそうでないやら……」
「確実に勇者の力を使いこなしてるってことじゃないか」
「嫌なルビの振り方をするな」
ため息と共にアリスは言葉を吐く。
やっぱそういうの、分かるもんなんだな。俺の視線のせいかもしれない。
「それよりも、……ベルは随分と、」
「あぁ。アイツも問題なさそうだな。もしかしたらヘリオスちゃんの杞憂だったのかもしれない」
「……そうだね」
俺の言葉に、アリスも同意してくれた。
良かった。やっぱり弱体化はしていなかったってことか。
「コレで――――終いじゃ!」
月から降り注ぐドロップキックと共に、最後の一体が激しく蒸発した。
黒い霧は周囲に散っていき、辺りには夜の静寂が戻る。
「―――――フム」
ぐっぐっと両手をひとしきり握ったあと、ベルはアリスを見た。
「……」
「……、」
何かを目配せしたみたいだが、その意図は俺にはよく分からなくて。
まぁ、変なコトにはなってなさそうだから、問題は無いよな?
「さて戻るぞぬしよ。ワシは夜食が欲しい」
「そっか。なら、俺のエリアの方にあった飯屋に行くか。けっこう美味かったんだよ」
「それは楽しみじゃ。まずかったら背骨を破壊するからのう?」
「罰が重すぎませんか!?」
やいのやいの言いながら、こうして俺たちは帰路に就いた。
しかし、これが街に着いての一日目である。
毎度のことではあるけれど、心休まる日が無いなあ。




