4.ハバールの街へ
夕方を回る前には街に入ることが出来た。
いつものことながらバニー姿のベルにぎょっとされたが、アリスがしっかりしていたので、ただの奇人くらいで通してくれた。
「これまでは、入国とか入街が一番大変だったからなあ……。アリスが居て助かった……」
「悪いことをしているわけではないのだから、堂々としていればいいのだ」
先ほどの話題では無いが、彼女らは堂々と立ち振る舞っている。
ベルもめちゃくちゃ悪目立ちしているが、特に気にせず歩いているため、逆に変な絡まれ方をしていない。
まぁこの世界には、『冒険者』とか『戦闘員』のような職業もあるからだろう。奇抜な格好をしていても、現代日本ほど話題になるということも無いのかもしれない。
「コースケは、人の視線を気にしすぎだな」
「そうなのかな?」
「他人は思った以上に、私たちに興味が無いよ。
危険だと思ったら警戒するだろうが、通り過ぎれば物珍しい風景や建物と一緒さ」
「そんなもんか……」
「ドライに聞こえるかもしれないけれどね。
でもそういうものに警戒をするのは、軍の兵士や警備兵の仕事だから。一般人ではなく、ね」
「なるほどな」
そんな会話をしながら宿に向かう俺たちの後ろを、ベルは驚くほど静かについてきていた。
今回悪目立ちしていないのは、コイツがいつもより大人しいからというのもあるな。
「どうしたんだ、ベル? いつもより口数が少ないけど」
「特に静かにしようという気も無いんじゃがのう。ただ、ワシの中の警戒心が強まっておるのは確かじゃ」
「警戒心?」
俺の言葉に彼女は「うむ」と静かに頷く。
「確かにあの小女神が言う通り、『何か』が漂っておる」
小女神とはヘリオスちゃんのことである。
神妙――――というわけではないが、どこか考え込むようなベルというのも珍しい。
俺は気になって、もう少しだけ訪ねてみることにした。
「『何か』の内訳って、分かるか?」
「いや分からんわい。
そもそもこの漂っとるのが、魔力なのか、はたまた瘴気のようなものなのか。それすらも判別がつかん」
「なるほど……」
「そして驚きの事実じゃが、この『何か』はのう。わしの身体を、微弱ながら弱体化させておるようじゃ」
「は!? マジか!? ……おっと」
つい大きな声を上げてしまった。
だけど、隣でアリスも驚きの表情を見せていたことから、衝撃を受けたのは俺だけじゃ無さそうだ。
「ま……、今のところは誤差じゃ。
この街くらいなら灰燼に帰せる。じゃから安心せい」
「それは別の意味で安心できないんだが……」
「何にせよ今回は、これまでとは違って長期戦になるやもしれんのう」
ベルは言いつつ、俺の頭を自分の胸にうずめた。――――ん!? 俺の頭を胸にうずめた!?
急な窒息感が俺を襲う。ベルの動きは早いので、理解するのにラグが生じてしまった。
「ちょ、ベル!? やわ、やわらか……!」
「こ、こらベル! 何をやってるんだ突然……!」
アリスの注意に、しかしベルは平然とした口調で答える。
「いやな。ちょっと心配そうにのぞき込んできたこやつの表情が……、それはもう愛おしくて、のう?」
頭の上から、ぺろりと音が聞こえる。
視界が肌で塞がっているから分からないが、どうやら舌なめずりをしているようだ。きっと顔も、妖艶に微笑んでいるに違いない。
「だからといって……、ここは天下の往来だぞ」
「クァハ。そうじゃったのう。ニンゲンは、人前で交尾はしないんじゃったわ」
言うとベルは、俺の頭からしなやかな腕を離した。
いや、他生物だって、時と場所は選んだりするだろ。あとお前、コトに及ぶつもりだったのかよ。
「後はまあ、この後は離れ離れになるじゃろ? じゃから、ちょっとコースケの匂いを補充しておこうと思っての」
「は? 離れ離れ?」
俺が首をかしげると、ベルが「なんじゃ聞いておらんのか」と応える。
「わしと小女神とアリスで、ちょくちょく『じょしかい』なるものをやっとるんじゃがの?」
「お前ら女子会とかしてんの!? しかもちょくちょく!?」
「小女神は遠隔じゃがのう。楽しいぞ? 異種族交流というやつじゃ」
「確かに、ニンゲン、女神、魔竜で、全員種族は違うけど……」
言われてみればその通りだった。
黙っていれば全員美女・美少女なのに。
「時々俺のタブレットの魔法を使ってたのって、そういうことだったのか」
「ま、まぁね。きみに聞かせられない話とかもあるし」
「そうなのか?」
「そうじゃぞ。みなは週に何度くらい――――」
「つ、使っている香水の話とかな! きみそういうの興味ないだろう!? ないだろう!?」
「う、うん……」
怖いよ。
ナニかを思い切り誤魔化したであろうアリスは、「ごほん」と一息付けて続けた。
「それで、その時に話題に上がったのだ。
コースケにも、一人の時間を作ってやっても良いのではないかと」
ベルは「つまらんの~」とあくびをする。
アリスがまぁまぁと言いながら、慣れた手つきで彼女の黒い髪を梳いた。
……女子会でそういうことをしているんだな?
「勇者活動を始めてからは、ずっとベルと二人だっただろうからね。楽しいこともあるだろうが、一人で落ち着きたいときもあるだろう」
「つまり、宿を別々にするってことか」
うーん……。
まぁこの街の中くらいなら、よほど離れなければ問題はないだろう。
「ヘリオスちゃんの話だと、アリスが加わったことで、離れられない効果範囲が広がっているみたいだし」
「みたいだね。確かベルに関しては、観測する者が近くにいることが条件だそうだ。
つまり私かきみ、どちらかが監視出来ていれば問題ないと」
「……それも女子会情報デスカ?」
なんか、俺ばっかり知らないことが増えて無い?
俺の疑問にアリスは苦笑しつつ言葉を続けた。
「元々ベルの監視の件は、『何かあったときに天界へ伝えられる人間』を配置しているということらしい。
つまり、天界とコンタクトを取ったことのあるニンゲンが近くに居続ければ、問題は無いということになる」
「なるほどな……」
俺たちは、万が一ベルが暴走したり反逆したりしたときの、セーフティセンサー役か。
「まぁ離れすぎると、私に対しての勇者の恩恵は薄れるけどね」
「そこは気を付けないとなぁ」
あ、でもさ。ベルを一人で宿に泊まらせるわけにはいかないだろ?」
「安心しろ。ベルは私と一緒だ」
「……」
それはそれで不安だが。ベル、ナニもするなよ。信じてるからな?
女子会を通して何だか距離が近くなってる気がするんだが、無事でいろよアリス?
「それにこの街は広い。
きみと私で分割して、それぞれのエリアを見回っていれば、事件解決も早くなるかもしれないしね」
なるほどと俺も納得をする。
自由時間含め、異常が無いかのパトロールってところか。
「あー……、けど、ホントに?」
ちらりとベルを見ると、ベルは「交尾するか?」と質問してきた。
違います。
「………………うーん」
……信じてるからな? ホントにね?
若干の不安要素(主にアリスの貞操)がありつつも、俺は首を縦に振った。
「……そうだな。じゃあ、お言葉に甘えて。
あ、別にベルが嫌いとか、そういうことじゃないからな!?」
「分かっとるわい。ワシとて、それくらいの情緒は理解しておる」
「そうか。なら良かったよ」
ベルだって魔竜とは言え、生物だ。一人になりたいという気持ちも、分かってくれるのだろう。
「そうじゃぬしよ」
「ん? なんだ?」
「女を引っかけるなら、ワシ好みのを頼むぞ? 多少ならつまみ食いしてもかまわんゆえ」
「やっぱ全然分かってねえじゃねえか!」
育児を妻に任せて浮気に行く男として理解されていた。
誰がんなことするか。というか、そんな余裕ねえから!
そうしてベルたちと別れて。
その夜。西エリアの飯処。
夜も深まった頃に、その席には。俺と――――、元気でなだらかなシルエットが一つ。
「え~、コースケってば超おもしろいジャン♪ とりま、アタシの部屋で話してく~?」
八重歯をむき出しにして笑う彼女の、なんと楽しそうなことか。
「……………………あの」
先に言っておく。
誤解ですから……!




