17.こんなにも冴えている日
その男を最初に見たとき、何とも覇気のない顔つきをしていると思った記憶がある。
背は高くなく、やや小太り気味。小動物のようにうろたえており、とても物腰が低かった。いや、低すぎた。
困り眉。
脂肪のついた目頭。
主張の弱い眼光。
これが。
こんな者が、勇者を騙ったというのか?
「……と。最初はそんな風に思っていたよ、コースケ」
「そうなのかぁ」
とある日の、街から街への移動中。
私はそんな風に。コースケへと打ち明けた。
長い長い一本道。
ベルは先に歩いて行ってしまっているので、開放的な草原には、今は私と彼だけだ。
良く晴れた太陽の下。
きょとんとした顔をして、彼は「そうかそうか」と頷くいた。
「そうかって……、それだけか?」
その態度からして、何だか、疑われ慣れているような、そんな気がした。
「仕方ないさ。割とよくキョドるしなぁ、俺」
と、頬をかきながら彼は言って、続ける。
乾いた樹皮のような声だった。
「俺はさぁ。人とうまくコミュニケーションが取れなかった時期があったから。そういう風に見られても仕方がないんだよ」
「は……、」
困ったように眉を曲げて笑うコースケ。
そんな彼を見て。私は。
怒りと言うよりも困惑が勝る。
「って、ん? 怒り?」
どうして私は、僅かにでも、『怒り』という感情を持ったのだろう。
「…………、」
「アリス?」
どうした? と、彼は眉を寄せて私に聞き返した。
目の前の男の顔を、困惑のまま、見やる。
よく見ると、頬には目立たない小傷がある。
眉間のあたりにも、少しだけ古傷のようなものが、薄らと見えた。
心労が溜まっているのか、目の下にはちょっとした隈。目じりの部分も、疲労の色がやや感じ取られた。
「あぁ、そうか……」
「うん?」
この感情の正体は、
何でそんなことを言う?
という、怒りだ。
「私はどうやら、きみが好きみたいだな」
「は!? え!?」
「いや勘違いするなよ。人間としてという意味だ」
「あ、あぁ……、そういう……。
まぁ。言われてみれば、アリスみたいな超絶美人が、俺に惚れたりするわけないか……」
「きみは時々すごいド直球に褒めるよね。まぁ良いが」
呆れつつ。私は自身の気持ちに折り合いをつけていった。
私はたぶん。コースケ・フクワリの人柄が好きだ。
面倒に巻き込まれたという知り合い方だったが、あの戦いを通してこの男の人となりを知って、憎からず思うようになったのだろう。
「それで、だな」
私はやや居住まいを正して、向きなおして、強めの言葉を投げた。
「そんな、私が好きな人間が。
私の好きな人間の、悪口を言うな」
「アリス……」
じっと、正面から彼を見る。
彼も、私を見返してくれていた。
「えっと……」
「おう」
「あの。意味、通じているだろうか?
今のセリフはつまりだな、私がとても大事にしている人間の悪口を、きみという人間自身が言わないでほしいという、二重の意味を込めた言葉になっているワケで……」
「あぁうん。大丈夫大丈夫、通じてるよ」
「そ、そうか」
「アリスって時々すげぇポンコツになるよな。普段はそうでもないのに」
「うるさい」
一息ついて、私は目の前の男を改めて見やる。
傷跡の一つ一つは、彼がこの旅を頑張ってきた証拠だ。
ベルと言うとんでもない存在に振り回され、時には命の危険を感じながら、懸命に走り抜けてきたという証。
そんな頑張った男が。
自分自身を卑下するのが、どこか耐えられなかった。だからつい、叱ってしまった。
「えっとな、アリス」
男の、歯切れの悪い言葉が、中空へと消え去っていく。
「――――俺は、数年前まで、社会の爪弾き者だったんだよ」
「ん……?」
「俺は。ずっと昔に道を外れてしまってから、まともに社会と適合できなかった」
私はコースケの言葉を、じっと聞いていた。
太っているからか。声自体は、どっしりしているのに。
吹けば飛んでしまうような。そんな、か細いモノに聞こえた。
「俺が時々戸惑っちゃうのは、さ。ベルやアリスが美人だからってのもあるんだけど、それだけじゃない。人の視線が、声が、ふとしたときに、怖くなる。……そんな時期があったことを、今でも身体が覚えてるんだ」
「コースケ……」
「いや、その、だいぶ減ったんだけどな?」
はははと力なく笑う彼を、私は笑うことは出来なかった。
「こういう、世間話のときとかは全然問題無いんだけどさ。テンパったり追い詰められたり、どうしていいか分からなくなったときとかは、そういう自分が顔を出すんだ。悪癖だよ」
「そうだったのか……」
「いや~、荒療治でだいぶマシにはなったんだけどな~! ただ、気づけばこんな年齢になっちまってたよ」
コースケは「参った参った」と困り眉のまま笑っていた。
だからか。
先ほどの怒りともう一つ。またぞろ自分の感情を理解する。
「……なるほどな。ベルの『理由』が、分かった気がするよ」
「ん? なんだって?」
「いや。こちらの話だ」
ベルが惚れている理由。
本っ当~~~~~に、何となくだが、少しだけ分かった気がする。
これまで後ろ向きだった人間が、前向きに生き始めたという事実。これが、どれほどのエネルギーを必要とするか。
そんな強さを理解したからこそ、コースケを愛おしくなった……のかもしれない。
「まぁ、私は愛おしくなどならんが」
「だからさっきから何だよ急に?
お前、本当に俺に惚れて無いんだよな? なんか言い訳かましてるみたいになってるぞ?」
「なっ……!? だ、誰が貴様みたいなオジサンに惚れるものか!」
「オジ……。ま、まぁ否定はしねぇけどよ」
「そうだまったく。私の好みはもっとこう、細くて……、いや、細くなくても別にいいな……。あ、じゃあ若くて……、いや、若すぎてもしっかりしてないから嫌だな……」
「アリス?」
「ええい! じゃ、じゃあもっと、イケメンで……、いや、美形も特に好きというわけでもない……。というか、線が細いと頼りなさの方が先に来てしまう……」
「アリスさーん?」
コースケが何やら言っているが、私は構わず「うーん」と考え込む。雲一つない青空をキャンバスに、いい男を描き出しては、何かしっくりこないと打ち消していく。あ、今スレイルのヤツが浮かんで消えた。お前なんか真っ二つだ。みじん切りだ。
そうこうしていると。いつの間に引き返してきたのか、ベルの声も聞こえてくる。
「どうしたんじゃ?」
「いや、なんかアリスが考え込んじゃって……」
「ふむ? おいアリス~? アリス~?」
「うーむ……」
声は二つになったが、そんな場合では無い。
今日はこんなにも、自分の気持ちが分かったのだ。もう一歩踏み込んで考えれば、自分の好みの異性というのも、分かって来るかもしれないのだ。
「男……、男……」
「なんじゃ、発情しとるだけか」
「そうなのか? なんだ。じゃあベルと同じだな」
何やら失礼なことを言われているようだが、気にせず考え込む。
そうしている間にも、ベルとコースケは何かの会話を続けていた。
「失礼なことを言うでないぞ。ワシが発情するのはぬしと美女に対してだけじゃ」
「いや発情されてもさ……」
「そうじゃ。ワシを抱け。今すぐここで抱くとよい」
「天下の往来で変なコト出来るか!? 簡単に言いすぎなんだよ!」
「女の喜ばせ方くらい知っておくべきじゃと思うぞ? ワシとまぐわう時のために」
「え、それお前を抱けって言ってたんじゃ無かったの!?」
「まぁワシでもよいが、アリスを抱くのも良かろうて。こやつはこやつで、大変えっちじゃぞ」
「それは認めるけども……」
「何せワシだって経験は無いのじゃから、ぬしの身体をどう扱って良いのか分からんわい」
「けいっ……、まぁ、そうだよな……。何せ、人間の身体で人と接してるのが初めてだからな……」
思考は彼らの言葉を追いやっていく。
ううむ、好み、好み……。
「うむ、こういう話をしていたら、やはりちょっと抑えられなくなってきたわい」
「え!? な、何!?」
「ここでまぐわうぞコースケ!」
「いややめなさいって! 無理無理! ちょ、服を脱がそうとするな!?」
「誰も居らんから良いじゃろうが」
「良くない! こんな遮蔽物も何もない一本道のど真ん中で、卑猥なことしてたらすぐに捕まるわ!?」
「大丈夫じゃ。雲の数を数えておる間に終わるわい」
「雲一つない青空ですけど!?
ちょ……、お、おい!? マジでやめ、やめろ……! こら、脱がすな!」
「クァハハハ。なかなか太い、脂肪だらけのよい身体をしておる」
「自分の身体に対してだけど、お前の性癖ちょっと変だぞ!?」
「どれ……。ん? おぉ……。
おぉ、おぉ~……? ふむ……。こういう……、なるほど……」
「力強いって!? ちょ、御開帳はやめろ! おぁぁぁぁぁあッ!?」
「…………うむ。う~む、なかなか立派、じゃな?」
「お嫁に行けなくなるからやめて~~~~!」
好みの……ええいうるさい!
「きみら、いったい何をして――――って、きゃあああああっ!!!? なっ、何てモノを出しているのだ馬鹿ものッ!」
「いや俺のせいじゃなくて! ちょ、アリス! 目を背けてないで、ベルをどうにかしてくれよ!」
「知るか!? そっ、その立派なモノをしまってくれ!」
「お前らが言う程立派なモノではないぞコレ!? むしろ標準以下……って、ベル! ストップだ! ベル! ベルさぁぁぁぁん!!?」
背後でどたばたと音がする。
脳裏に焼き付いたコースケの下半身をどうにか忘れようとするも、どうにも頭から離れてくれない。
あぁ……くそ。
今日は本当に、冴えている日だ。
こんなにも、自分の感情が、分かってしまう。
「太った、カラダ。だらしない、にく」
…………………………好みだ。
くぅ……、と、歯を食いしばり、口に出さないよう言葉を飲み込む。
絶対耳まで赤面しているであろう自分の顔を、そっと両手で覆い、私は身体を震わせた。
「煩悩よ去れ、煩悩よ去れ、煩悩よ去れ……」
この話の後日談として。
私は三日ほど、コースケをまともに直視できなかった。




