EX1.女子会
私、アリス・アルシアンが正式に勇者メンバーに入ってから、二日が経過した。
あれから野営しながら歩き続け、ようやく中間地点の街へとたどり着いた次第だ。
「きみたちは基本的には徒歩や馬車なのか?」
「あぁうん。女神は人を助け過ぎることはできない~的なルールでさ。不便だろ?」
「いや特には。というか、納得だ。
なるほどな……。地上で起こっていることは、あくまでも人間の中で完結させなければならないということか」
「また難しいこと考えようとしてるな~。ま、頼もしいけどさ」
「む、そうか?」
「そーだよ。『そういうもの』って考えてればいいと思うぞ?」
気楽に笑って歩き出すコースケに、私も続く。
あの男はこの状況を大変だと思わないのだろうか。
「クァハハ。あやつはあれくらいで丁度イイんじゃ。どうせ難しいこと考えても、半分も理解できんじゃろ」
「きみ、それはひどくないか?」
「いやいや。信頼しとる証じゃろ。
難しかろうとカンタンじゃろうと、あやつはそれでも責務を全うする」
頼もしいじゃろとつぶやいて、コースケの後を追うベル。
まぁ確かに。それくらい簡易な理解の方が、フットワークを軽めに持てるのかもしれない。カタブツなところが私の長所でもあり短所でもあると、……まともだった頃のオルゼム大尉は教えてくれたっけ。
「そうだ。後でレイラに手紙を送っておくとしよう」
軍を抜けて旅に出ると言ったとき。彼女はやや複雑な表情を浮かべて、けれど、笑顔で送り出してくれた。
サバサバしていて、ちゃっかり男を作ったりもして、けれどあけすけに何でも話してくれる、腐れ縁の親友だ。
「まぁ流石に、私側は全てをあけすけにするわけにはいかないがな……」
すまんレイラ。
今度会ったときは、理由もなく一杯おごらせてくれ。
流石に秘匿せねばならない勇者の事や、自身がバニーガールになることまで、話すことはできない。というか後者は絶対に話したくない。腹がよじれるくらい爆笑される絵が見える。
「お~いアリス。行こうぜ。まずは宿をとるぞ~」
「あぁ、今行く」
止まっていた足を、前に踏み出す。
二日ぶりの街の灯りは、どことなく故郷を思い出させた。
「ふむ、部屋は別なんだな」
「なんじゃ、一緒が良かったか?」
「まさか。安心しているよ」
意外なことに、三名それぞれ別部屋だった。
というのもコースケがこっそりと、
「……野外ならまだしも。ベルと四六時中一緒の室内とか、理性がもたないんで」
とのことだった。
まぁ、男の気持ちは分からんでもないが、ある意味こちらも助かった。ベルはところかまわず性欲を解放するだろうし、コースケも理性が抑えきれずとなった場合……、目の前でおっ始められてもたまらない。
「他人事ではないからな、私も……」
その、うん。こちらも前科があるので。
気を付けていかねばならない。
とりあえずそういうワケで、夕食の時間までの三時間は、自由時間ということになった。
「ならば、やることは一つだ」
旅の疲れを癒すため、湯を浴びることにする。
一つ一つ、冒険者用の鎧の金具を取り外す。
これまで愛用してきた軍のライトアーマーではないことを、今になって実感した。
「不思議とそこまでショックでもない自分がいるな」
もしくは、そう思わないようにしているのか。
感傷的になるタイプでもないからな、私は。
黒インナーを手早く脱いで、一応鏡の前で身体をチェックした。
これまでと変わらぬ白い肌と、新しい鎧痕。
「これには、もう少し慣れるまで時間がかかるかな」
それ以外は変わったところは無いかと一息ついた。
腹をさすって、『紋章』の部分に目を向ける。
今は全く見えないが……、おそらくバニーガール姿になったときには、顕現するのだろうなぁ。
「ふぅ……、まったく」
頭の中を整理しつつ、湯浴みを開始する。
水を温かくするまでの間に身体を洗っていきつつ、自身の体に起こった新要素について考えた。
「バニー……、バニーかぁ……」
道中であの状態になったとき、あまり記憶がないんだよな……。
バニーへ変化したのは、あの握手以来まだ無い。いや、無いに越したことはないんだけれども。
「ベルが言うには、闘志や魔力の昂りに反応するのだったか……」
ぐっ、ぐっと拳を握る。
ここまでの道すがら。何度かモンスターと戦闘になりはしたものの、どれも全力で相手をするまでも無かった。だからか、バニー状態にはならずに済んでいる。
「これから先も、出来れば世話にはなりたくないな……」
あんな破廉恥な格好を自分がしているということに、私は耐えられない。
そんなことを考えていると、コンコンと、部屋の扉を叩く音が聞こえた。
「何だ?」
濡れた身体もそのままに、タオルで前を隠した状態で水浴び場の扉を開ける。
「アリス~? どうしたんじゃ~?」
声の主はベルだった。どうしたんだはこちらのセリフである。
しかしこのまま開けるワケにもいかないので、扉越しに私は声を飛ばした。
「ベルか? 何だ?」
「おぉアリス。おるな。
いやなに。部屋でごろりとしておったら、ワシの名前が聞こえたのでのう」
「どんな耳をしてるんだきみは!?」
アレか? さっきの、「ベルが言うには~」のくだりの独り言か!?
ちなみに私の部屋の隣はコースケで、更にその向こうがベルの部屋である。
つまり二部屋隣の、部屋の中の、更に水音が立ち込める中の呟きを聞き取ったということか……。嘘ではなさそうなのがまた。
「ちょ、ちょっと待っていろ。髪を拭いたらすぐに開ける」
追い返そうかとも思ったが、聞きたいこともあった。
湯浴みもそこそこにしつつ。私は珍客をそのまま招き入れることにした。
髪をタオルでくるみ、簡素なシャツとホットパンツを履き、ベルを招き入れる。
当たり前だが、彼女は変わらずバニー姿だ。黒いウサミミがピンと天を突いている。
「なんじゃ、ただの呟きじゃったか」
「部屋に誰も居ないのであれば、普通はそうだろう」
「いやいや。コースケはいつ誰にどんなことをされるか分からんからのう。リラックスしつつも、常に注意は払っておるぞ」
「そうなのか……」
過保護というか何というか。
まぁただ。これまでの話を総合するに。
確かにコースケ自身を狙えば、勇者パーティ、というかベルを、一気に無力化できることは明白だった。
人質とかとっても良いかもしれないな。ベルの態度を見るに、見殺しには出来ないだろうから。
そうやって、やるはずもないルールの隙間を突くようなことを考えながらも、私は彼女と自分の分のミルクを差し出し、席に着く。
「まぁ、聞いておきたいこともあったからな……」
「良いぞ。Hランクじゃ」
「誰も胸のサイズの話はしておらん」
というか、大きいとは思っていたけれど、そんなに巨大だったのか……。
私がFだから……、更に二段階上か。それでいて腰は引き締まっているからなぁ……。男でなくとも、これは確かに目を引いてしまう。
「……って、いや。そうではなくて」
「うん?」
胸部サイズの単語を頭から無理やり消し去り、私はベルに改めて質問する。
「単刀直入に言おう。きみは、どうしてコースケのことを気に入っているんだ?」
「うん?」
「いや……。その」
純粋に首を傾げられてしまった。
方眉を上げ、とても怪訝な表情を見せている。珍しい顔だ。
「あー……、その。命を救われたのか?」
「いや? 特には。そもそも命を脅かされたことが無い」
そうなのか。それはそれで凄いことだ。
一般人ならいざ知らず、あんな激闘の中に身を置いているのに。
「じゃあ……、旅を続けていくうちに、好きになった?」
「いや? 最初からコースケのことが大好きじゃぞ」
「お、おぉう……」
いかん。何かコースケみたいなリアクションをしてしまった。
屈託なく『大好き』という言葉を使われると、こちらが委縮してしまうな……。
「えー……じゃ、じゃあ、」
「ワシがコースケを好きな理由を知りたいのか、アリスは」
「まぁ、そうだな」
ええい面倒だ。
この際だから、思ったことを全部言おう。
どうせコースケは、ベルみたいな耳の良さは持ってないだろうからな。
「人間の基準で考えると、彼は正直、外見が良いわけでも、人間としてカッコイイわけでもない。……良いヤツなのは認めるが、それは異性としての魅力というわけではない」
「ふむ。そう……らしいのぅ」
「知識としては分かっているのか」
「まぁの」
ベルは両手を頭の上に伸ばし、椅子に体重をかけながら続ける。
「過去の記憶と照らし合わせても、確かにそうじゃ。何百年か前の、勇者と呼ばれとった小僧のほうが、遥かに優れた美貌を持っとったわい」
「勇者を小僧呼ばわり……」
「もしくは、それと一緒に居った賢者とかいう男か。
まぁなんにせよ、どんなに時代が巡ろうと、コースケが、所謂『イケメン』と呼ばれることは無い。それは重々理解しておる」
「そうなのか」
まぁ元より、人間では無い生物だ。
外見というもので選んだとは、こちらも思ってはいないけれども。
「そもそもぬしじゃって、イケメンが好きというワケではないんじゃろ?」
「ん? いや私は……。ん? あれ? 本当だ……」
いや、そりゃあ容姿は良いに限るけども。でも、じゃあ何が『良い』かと言われると難しい……。
「い、いや! 私の話は今は良いんだ!」
「クァハハハハッ! からかい甲斐のあるやつじゃの」
ベルは笑って「ふむ」と目を細めた。
「ワシがあやつを大好きなのはのう――――」
彼女は得意げに口を開いた。
そして……、
開いたままの口を、ぱくぱくと虚空で動かした後。
もごもごと。
口を波打たせて言う。
「――――あぁ、いや、なんじゃ?
あ、改めて口にするのは……、些か恥ずかしいのう」
「は……、」
私は。
思わず目を見開いてしまった。
日ごろは口にするのもはばかられるような単語をバリバリ口にしたりするのに(交尾がどうとか発情がどうとか)、目の前のベルは、これまで見たことの無い、恋愛にうつつを抜かす若者みたいな態度を取っていた。
長い前髪をかき上げながら、彼女は照れくさそうに口を開く。
「いや~……、ワシ、コースケには『好き』という事実は伝えておるのじゃが、理由までは伝えておらんのじゃよな」
「それは、どうしてだ?」
「そんなん……、照れくさいからに決まっておろうが」
いつものように。ニヒルに、勝気に。
けれど、どこか……乙女に。
彼女は静かに、言葉を吐き捨てる。
だから私は笑ってしまった。
「そう……なのか。ふっ、ふはっ、あはははははっ!」
「何じゃ? 何がおかしい?」
「い、いや……。きみも、そんな顔をするんだなぁと思ってな」
「そうか。ワシはどんな顔をしとった?」
「あぁうん。……とても、ニンゲンらしかったよ」
「クァハハハ。そうか。ニンゲンらしい顔じゃったか。そいつは結構じゃ」
ベルは堂々と、照れていたと意思表示をする。
どことなくそれが、人間のようでもあり、そうでもないような。そんな態度で。
けれどどこか微笑ましい気がした。
「ふむしかし。不思議な気分じゃの」
「そうなのか?」
「照れていると他生物に話すのが、そもそも初めての感覚じゃ」
「あぁなるほど」
そういうものか。
考えてみれば、概念として最強生物だったのだ。他愛のない雑談という行為が、そもそも初めてのことなのかもしれない。
「これが恥ずかしさ……、恥辱か」
「いや恥辱とはまた違うと思うが……」
情操教育はとても難しかった。
「なんじゃろうな……。今のこの気持ちで『コースケ』と名前を呼び顔を想像すると、どうにも身体の中がむずむずしてくるのう」
「ん? それはどういう?」
「こう……、股座がアツくなってくる感じじゃわい。
なるほどのう。こういう方向でも、性的興奮を覚えるか」
「む……、それは、」
…………うむ。その、言葉に困る。
何だか(勝手に)気まずくなってしまったので、私は無理やり話題を変えることにした。
「な、なぁベル。次の質問だ」
「ん? なんじゃ?」
「質問をしたいから……、その。股を気にするのはやめるんだ」
「ふむ……。仕方ない。ならやめておくか」
大股を開いて、指を這わせようとしていた彼女を制し、話題を変える。
「きみは、バニーを着ているのだが」
「うむ」
「そもそもどういう理屈なんだ? きみがヒト型状態なのって」
「あぁそのことか。今更じゃな」
「まぁきみの正体を知ってから、ずっと疑問には思っていたのだけどな……」
あのとき。レーヴァの街の軍本部で。
一匹の巨大な魔竜が、顕現した。
人から竜へと変わり、そして再び人へと戻った。
それを私は目の当たりにしている。
「恐ろしいか?」
「不明なものは恐ろしい。……が、私もコースケと同じだ。きみを多少なりとも信用しているから、人となり自体は恐ろしくないさ」
「クァハ。結構じゃ」
まぁこれまでに色々ありすぎて聞くタイミングが無かったというか、それどころではなかったというか。
まず自分の置かれている状況を把握するので精一杯だったからな……。
「ふむ……。ワシのおっぱい見てたら思いついたか?」
「誤魔化そうかと思ったが無駄っぽいので正直に言うと、おっぱい見てたら思いついたよ」
話題を逸らすためでもあったが、甘んじて言おう。
目の前に、こんなにも、とんでもなく深い谷間があれば、同性だろうが何だろうが気にはなる。
人の乳だなぁと。思った次第だ。
「正直でよろしい」
「ここには女しかいないからね……」
多少はあけすけで良いだろう。
ガールズトークというやつだ。レイラと行っていたものとは、だいぶ内容が違う気がするけれども。ともかく。
「リザードマンタイプの生物……というわけでは無かったのだろう?」
いわゆる竜人種。手足があり、二足歩行。けれど頭と尻尾は竜で、翼が生えている(生えてないのもいる)というモンスターである。
そういう類の物であれば、ヒトガタに近づくのも頷けるのだが。
「いや違うな。フツーに黒龍の姿じゃったぞ」
「やはりそうなのか」
ではと言って、視線を送る。
長い手足や髪、挑発的な瞳をや口元を一通り見やった後、質問した。
「何がどういう理屈でその姿なんだ?」
ヒト型というだけではなく、その外見の理由も気になるところである。
かなり美しい身体つき。顔だけ切り取ってみても、尋常じゃなく整っている。同性であっても、どきりとしてしまう魅力を持っていると、そう思った。
「そうじゃのう……」
私の質問にベルは腕組みをした。
腕組みをすると、これまた乳肉がとんでもないレベルで強調されるな……なんて、まるでコースケみたいなことを考えてしまい、ぶんぶんと頭を振って考えを消し去る。
一瞬の間の後、ベルは言葉を続けた。
「まぁコレは、概念的なものじゃな。雰囲気じゃ」
「雰囲気?」
「その場のノリともいう」
「なんだそれは……。では、自分でもよく分かっていないのか?」
「いや分かっとるよ。ただ説明がめんどい……というか、難しい」
「んん?」
怪訝な顔をする私に対し、彼女は「ほれアレじゃ」と指を立てて言う。
「ぬしにもあるじゃろ。原理は頭の中にありはするが、言葉で説明してみよと言われたら詰まるヤツ。アレじゃアレ」
「あぁそういう……」
私にとっては、魔方陣の内訳とかがそういうのにあたるか。
式の内容は分かっていても、その更に『内側』がどうなっているのかまでは、感覚でしか理解できていないというか。
上手く言語化出来ないところではあるのかもしれない。
「しかしそうじゃのう……。無理やり理屈をつけるとするなら、竜として生きた年齢比率をニンゲンに当てはめたら、だいたいこれくらいの姿カタチになった――――的なところかの」
「なるほど……? ではきみは、ヒトとして生きていたら、二十四~五歳くらいの年齢に当たると」
「感覚的にはそうじゃな」
「髪も長い?」
「体毛は無かったと思うのう。ほれ、ぬしと同じでツルツルじゃし」
「同じ……」
嫌なことを思い出させるな。それに今は『髪の毛』の話題である。
「そこは、『美しさ』への付属品かもしれんのう。詳しいことは、よう分かっとらん」
「美しさときたか」
「どうにもワシは、恐ろしい竜であったと同時に、美しい竜でもあったらしいからのぅ」
「そう、なのか……」
しかし。
自分のことだというのに、存外てきとうだ。いや、コースケも気にしている様子も無かったから、私が考えすぎなのだろうか。
「美しい竜か……」
「外見的にも神秘的であった、らしいのう。ま、『恐れ』の方が多く抱かれておったから、そこらへんは良う分からん」
クァハハハハと笑う魔竜。
ううむ、無頓着。
なので、私もその理由を気にするのはやめることにした。
「そもそもワシという魔竜はのう。そこらの竜と違い、どちらかというと、『悪の概念』に近いんじゃ。寿命も、あってないようなものじゃし。この件に関しては、これまでのこと以上に説明が難しいわい」
「むぅ、そうなのか……。もしかしてこの話は、理解しない方が安全なのかも、な?」
「クァハハハ! そうじゃの。ヒトの身で理解したら、気が狂うてしまうかもしれんのう」
賢明じゃと笑うバニーガール。
健康的な身体を大きく広げて伸びをして、上機嫌に長い足を組む。
「おっぱいを見たことが入り口で、気が狂う人生は嫌だな……」
とんだ発狂状態だ。
おっぱいを覗き込むとき、また、おっぱいもこちら側を覗き込んでいるのかもしれない。
「それで、アリスはコースケのどこが好きなんじゃ?」
「私はヤツを好いてなどいない」
「えー?」
ぴしゃりと彼女の言葉を切る。
いや人間的には嫌いじゃないけども。
異性としては全く興味を持つことは出来ない。残念ながら。
「そもそもコースケはだらしなさすぎる。もう少ししっかりしていれば、この街にもあと半日は早く到着できたのだ」
「お、愚痴が始まりよった」
「そもそもベル、きみもだな――――」
そうして。
あっという間に三時間は流れていく。
街に静かに日が落ちる。
高い日は夕暮れを通り越し、夜を連れてきた。
その間中、私はずっと――――コースケが呼びに来るまで、この珍妙な魔竜とトークを繰り広げていたのだった。




