16.新たなる門出
今回の後日談として。
「私は――――、私はぁぁぁぁぁッ!!」
錯乱したスレイルを尋問したところ、このレーヴァの街どころか、ローヴァ国中の至る所で革命を起こそうと目論む者たちを仕込んでいたらしい。
なので。それを知ったベルは。
「よし、潰すぞ」
「デスヨネー……」
すくっと立ち上がり、ベルは。
アリスに問いを投げた。
「ぬしは、どうする?」
「私は……」
夕暮れ時。
二匹のウサギは見つめ合う。――――否、アリスにかかっていた『仮装着』は、たった今効果が切れ、
ただの。元の。
騎士に戻った。
最初に出会ったときの、軍用ライトアーマーが輝いている。
「本来アリスは、巻き込まれただけの存在で。
俺が誤ってかけてしまった『仮装着』が解ければ、もう無関係でいいんだぜ」
「そうだな。……だが」
たった五時間。されど五時間。
アリス・アルシアンは。
平和を願う、女騎士は。
強い意思を瞳に宿らせ、はっきりと応えた。
「きみたちについていくとも。
私は、この世界を守りたい」
「クァハ。言うと思ったわ」
「えぇ……、なんかかっこいいやり取り……」
羨む俺を他所に、貫禄ある戦士のような二人は、目と目で通じ合っていたようだった。
アリスの心情は、そしてベルの心情はどうなっているのか。残念ながらただの傍観者である俺には分からなかった。
……なんか俺、あんま必要なかったな?
「まぁぬしは……、そこに居ってくれるだけで十分じゃ」
「ふ。ちょっと分かるような気がするな」
「え、何何!? お前らどんな評価を俺に下してるの!?」
とまぁ、こんな感じで。
レーヴァの街で起こった事件は、幕を閉じた。
「んで……」
ここからはダイジェストだ。
崩壊した街の中心、軍本部から。遠征すること十時間。ベルはこの国の中央王都を堂々と訪れ、王都の武装軍の基地を、反乱分子ごと薙ぎ払った。――――もちろん、人間に危害は加えずに。
「や、やり方というものがあるだろう……」
「すまんアリス。どっちかと言うと、これがデフォだ」
「きみがすぐに諦めるのも悪いと思うぞ、うん」
こうして。一つの街から始まった鎮静活動は、軍を巻き込み国へ広がり、残念ながら戦火を拡大させた。
まぁその……、国自体を救えたから良かったのかもしれないけれど、しばらくは体制を立て直すのに時間がかかるかもな……。
「軍内部の膿を出せたのだ。良しとするさ」
それにとアリスは続ける。
「私の居た街は――――強いさ。きっと、な」
遠くに。遠くへ。
過去形にした言葉と共に、彼女は視線を送って、言葉を投げた。
「アリス……」
現在俺たちは、次の目的地へと向かうため、だだっ広い草原を歩いている。
もうすぐ国境線だ。
そこを超えれば、街どころか、国すらも出ることになってしまう。
「本当に……良かったのか? 国を出ちまってさ」
俺の問いかけにアリスは、「ん?」と小首を傾げた。
アリスはもう、レーヴァの街の住人どころか、このローヴァ国の人間でもなくなっている。
その証拠に、今纏っている鎧も、軍用のものではなく一般冒険者用のものだ。
「今更何を言うとるんじゃ? 確かほれ、国出証もとやらも発行しとったじゃろ?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
脇から顔を出したベルの言葉に、俺は頭をかいて苦笑する。
愛着とかさ……と俺が言おうとすると、アリスは笑いと共に、自身の言葉で遮った。
「良いんだ」
瞳に宿る意思は。
強く。そして、どことなく切なく。
けれど前に進むと決めた者の、眼光だった。
「私が見ていた平和は、まだまだ狭かった。思いあがっていた」
アリスは静かに言葉を続ける。
紡ぐ単語の一つ一つに、とても強い情熱が秘められていた。
「神の時代が終わり、勇者の時代も去り、今は人が平和を築く時代だ。
――――しかし。その裏で、大きな事件が起こっているなど、思ってもみなかったんだ」
「アリス……」
「だったら、見て見ぬふりはできない。
私は、国だけじゃなく、世界を、人々を守りたい」
「そうか……」
「だから、きみたちに同行するんだ」
その意思は。強く、潔く、心地いい。
静かなる情熱を内包した、彼女だけの気勢だ。
国境を前にして、彼女は手を差し出す。
「あらためて。アリス・アルシアンだ。よろしく頼む」
それは。よく晴れた日。
二人だけだった旅路に、一人の騎士が、加わった。
「あらためて。コースケ・フクワリだ。よろしく!」
「あぁ!」
静かだが、強い闘志が伝わってくる。
がしりと確かに、俺たちは握手を交わした。
こうして二人は三人になって。
新しい足跡になっていく。新しい物語が始まっていく。
遠くまで伸びる白く美しい雲は、俺たちの門出を祝福してくれているようだっ――――
とたん。
光がアリスを包む。
「え……」
「ん……?」
「お?」
三者三様の声を上げて。
最初に状況を把握したのはアリスだった。
「ひぁぁぁぁッッ!!?」
「な、何何何!?」
爽やかに締めようとした直後、握手を交わしたアリスの衣装は。
再び、露出の多いバニーガールに変化していた。
「え、な、何で!? ちょ……、み、見るなッッ!」
「うぉごめん!?」
魔法切れたんじゃないのかよ!? 何でだ!? 俺にも分からん!
俺たちが互いに困惑していると、それを見ていたベルが「おぉ」と手を叩く。
「たぶんアレじゃな。ワシが出会った直後に仕込んだ、紋章あったじゃろ」
「え……? あぁ、そういえばお前、なんかしてたな」
身体を隠すようにうずくまるアリスを視界の端に追いやりつつ、出会った直後のことを思い出す。
「お前の唾液を求めるようになる……とかいう恐ろしい紋章だったっけ? でもアレは、とっくの昔に解除したんだろ?」
軍本部内で、アリスを信用して取っ払ったはずだ。
彼女自身も確認していたし、ベルも、そういうところで嘘を吐くようなヤツではない。
「そうなんじゃがな。しかしおそらく、それの副作用かもしれんの~」
「副作用?」
「ある一定以上に、気力だか魔力だかが昂ると、バニーガール状態になってしまうみたいじゃの」
「えぇ……? いやでもさぁベル。ローヴァ国の軍本部に乗り込んだときは、何ともなかったろ?」
「あのときはメインで暴れたのはワシじゃったからの。アリスはそこまで戦っとらんかったし」
あのときアリスは、自国と正面切って戦うのはやはり気が引けたのか、後方支援に徹していた。
まぁそれ以上に、アリスが戦おうとしても、「やだ! ワシの獲物じゃ!」とベルが無理やり横取りしていたのだが。
どんだけ戦闘好きなんだコイツは。
「言われてみれば中央の軍も、基本的には召喚獣メインだったしな……」
というか反旗を翻そうとしていた革命軍の基本戦術が、オルゼムやスレイルが残した召喚獣による戦闘方法だったのかもしれない。
さすがに人間の兵士相手だったら、アリスじゃないと戦えないからなぁ。
「しかし……とんでもないデスネ」
「クァハハハ! 愉快なことになったのう!」
八重歯というには些か鋭い牙を、むき出しにして豪快に笑う極悪生物。
ううむ、事実とは常に非情なものである。
「わっ、私の、身体は……、どうなってしまったのだ!?」
「お、落ち着けアリス! えっと……、気を静めるんだ! そうすればたぶん、元に戻る――――」
しかし平和はここまでだった。
俺の言葉の終わりを待たずして、アリスは瞳孔をぐるぐるさせ、正気を失った調子で口を濡らす。
「はっ……、はっ……! だっ、唾液……! ベ、ベル、のっ、唾液……、舐めたい……っ!」
「アリスさんッ!?」
「おぉそうくるか」
腕組みをして呑気に笑いつつ静観していたベルは、「よいぞ」と腕を大きく広げる。目の中にハートマークが浮かんでいるアリスは、呼吸を荒げて顔を紅潮させ、今にも飛び込んで行く勢いだ。
「いや待て待て待て! こんなだだっ広い野外で何をおっぱじめる気だ! やめろォォォッ!」
「ベル! ベル! ベルぅぅぅ~~!!」
「クァハハハ! うんうん、憂いヤツじゃのう。ほれコースケ。ぬしも混ざらんか」
「混ざんねぇよ! こんな国境線でそんなことしてたら、国際問題だよ!」
ぎゃーぎゃーと声は響く。
こうして俺と連れ立つバニーガールは、一人から二人に変更された。
「綺麗に締めるの……、やり直して良いかな……」
こうして二人は三人になって。
新しい足跡になっていく。新しい物語が始まっていく。
遠くまで伸びる白く美しい雲は、俺たちの門出を祝福してくれているようだった。
「はっ!? わ、私は何を!?」
「おぉ、元に戻った。……もう若干遅い気がするけど」
「ぎ、ぎゃぁぁぁッ!? な、何をしているベルッ!? 離せ!!」
「なんじゃ、ぬしから求めて来たんじゃぞ。ほれ、べろちゅーの続きじゃ」
「何を言って――――は、離せぇ!? って、ち、力強いな……っ!?」
「そりゃそうだろ。魔竜だしベル」
「う~む……。やはり美女はうまいのう。べろ、べろ……。…………じゅる」
「ひひゃうっ!? や、舐めっ、舐めないで! いや、いや、いやぁぁぁぁぁッッ!!?
やっぱおうち帰るぅ~~~~~ッッ!!!!!」




