15.とてもスケベな男
「――――Lualalalaaaaa!!」
「うわぁぁぁッ!?」
更地に変わりそうな軍本部の敷地内にて。
大きな事故現場みたいな音が、周囲に響く。
「クァハハハハハッッ!」
巨人の拳に対し、ベルも拳を打ち付けた。
衝撃はベルを通して、地面へ伝播した。その振動は、俺は勿論、勇者の力が備わっているアリスですらも、中腰でバランスをとることで精いっぱいなくらいだ。まともに立っていることは難しい。
「チッ……! 破壊までは出来んかったのう」
「lu、lu……、」
これまで様々なモンスターを紙屑のように屠ってきた両腕でも、目の前のゴーレムは砕けなかった。そんな好敵手に対し、ベルは挑戦的に笑った。
「クァハハハ! 全力じゃ! 現状の最大で暴れまわるから、巻き込まれんよう注意しておけよコースケよ!」
ベルは長い足で地面を蹴り、大きく飛び上がる。
蹴った地面ですらも、その威力に耐えられていない。今の彼女からは、恐ろしいほどのチカラが沸き上がっていた。
「何が入っとるか分からんが、イイぞおぬし! バキバキにしてくれるわぁぁぁッッ!!」
急降下による、バニーキックが放たれる。
赤い、赤いピンヒール。
すらりと伸びた黒ストッキングは、獰猛さを帯びていると思えないほどに綺麗に。真っすぐに。
宙を滑空し、鋭い一本槍のように、魔を宿らせるゴーレムへと飛来する。
「炸裂ッ!」
ベルの激声が飛ぶと同時、両者の間からとてつもない衝撃が生まれる。
元より人外同士の衝突だ。何も起きないはずがない。
「うおわぁぁぁっッ!!?」
「ぐ……、コ、コースケ……!」
衝撃により吹っ飛ばされた俺を後ろでキャッチしてくれたのはアリスだった。しかし彼女の力を持ってしても、この場に留まり続けることは難しいようで。
「り、離脱、するぞ! あの魔力の衝撃では、迂闊に近づけん……!」
「そう……、みたいだな……!」
両者が激突するたびに、魔力の波が撃ち放たれる。
その圧は、地を割り、空気を裂き、大気を震撼させている。
「クァハハハハハッッ!」
「luaaaaaalalallllllla!!」
そこはもう。
魔力の暴風域だった。
そういえばすでにスレイルは吹き飛ばされ、壁に叩きつけられたのか目を回している。
この事態を招いた全ての元凶ではあるものの、すでに事態の中心は彼ではない。
魔竜・ベルアインと。
超魔導式ゴーレムは。
いったい、どちらが強いのか。
「これ……は、」
「もう……、暴力の極みだな……」
嵐の中心は、次第に歪になっていく。
魔風は勢いを増していき、その中に、カケラが混じるようになっていった。
一つ。また一つと。
ゴーレムの身体が、欠けていく。
「……っ!」
「ベル!」
振るった腕と腕が激突する。
そしてその衝撃の伝播と共に――――ゴーレムの右腕は崩壊した。
「まさか……!」
アリスの驚愕と同時、残った左腕も破壊される。
嵐の中で、ベルは口角を吊り上げ、雄叫びにも似た笑いを解き放った。
「クァ――――ハハハハハハハハハッッッ!!」
それは悪魔のような声だった。
邪悪で、地獄の底のようで、人々を恐怖に陥れるような、純粋な破壊の化身。
悪は、より強い邪悪により、崩壊せしめる。
「くっ……っ!? こ、コースケ……、いったい、何が……!?」
「やばい……!」
ベルを見やる。
それは、とてつもない量の、瘴気である。
魔が潜む山。
怪奇の居る洞窟。
亡者巣食う領地。などなど。
『悪い』とされる土地やモノに宿る、魔力とは異なる魔性の力。
「クル……ァァァァァ――――」
喉は鳴る。
それは、人の言語から動物の唸りへ。
鳴き声と共に、ベルの身体は。黒く。漆黒に。暗黒に。長く長く。太く。力強く。
変貌を遂げていく。
「ベル……ッ!」
俺たちを纏う衝撃の種類が変わる。
これまでは、あのヒトガタゴーレムとの撃ち合いによる衝撃だったが、今の脅威はベル単体だ。
ベルの身体が、変化する。
それにより発生している高濃度の瘴気だけが、この場を支配している。
「変化、だと……?」
「……ッ」
これまでに、ベルの『本来の姿』を見たのは、ただの一度だけ。
それも現実に見たのではなく、心の奥底の対話みたいな、ぼんやりした神的空間で対話しただけだ。
それが今。
この場に顕現しようとしている。
原因は分からない。
スレイルが仕掛けた魔方陣の魔力。その波に、何かが干渉したのか。
あのヒトガタゴーレム。ソレとのバトルでテンションが上がりすぎてしまったのか。
それとも、俺からの封印の解け方が、いつもよりも激しく解けたのか。
「アレ……は」
「アレが、魔竜・ベルアインだ……」
それは。
一匹の、黒い大蛇だった。
竜と聞くと、この世界の人間は、ワイバーンタイプのドラゴンを思い浮かべる。
実際俺もそうだ。
まず、大きな身体があり。そこに長い首や大きな翼、手足と尻尾があり大きな口がある。そんなタイプ。
この世界に来てから倒してきたドラゴンモンスターも、だいたいはそのタイプだった。変則として、リザードマンタイプ(人間みたいに二足歩行で顔だドラゴン)がいたくらいか。
けれど、ベルアインはそのタイプではない。
中国の伝承などで見るタイプの、『龍』だ。
蛇のように長い身体に手足がついていて、その体長の先に頭部がある。
『まぁ厳密に言えば、ワシは別にドラゴンではないからのぅ!』
精神対話のとき、あっけらかんとそう語ったベルを思い出した。
そんな――――黒くて長い、全長四十メートルはあるのではないかと思えるほどにでかい、大蛇。いや、龍は。
一度天へと飛翔したかと思えば、再びヒトガタゴーレムへと突撃する。
「アリスッ!」
「ッ!」
近くに居た俺たちは途端に吹き飛ばされそうになる。……が、ギリギリで助かった。
「……あっぶね~」
「助かった……な」
「ま、まぁ大丈夫だよ」
「なっ……」
俺の言葉にアリスは激昂し、言い返す。
「何を呑気なことを! あんなモノが暴れるのだぞ! これまで以上に周りの被害が出……て……?」
言いながらアリスは、自分の言葉の違和感を理解する。
「被害が出て……ない?」
「あぁ」
「まさか……、理性があるのか!? あの状態で!?」
勿論だ。
アリスが今理解した通り、先ほどのゴーレムとの撃ち合いのときよりも、周囲への衝撃だけを見たら、収まってきている。
「その分瘴気がとてつもないことになっているが……」
「避難してる人たちから見れば、この軍本部。たぶん悪の総大将が住んでる土地みたいに見えてるだろうな……」
黒紫の瘴気は留まることをしらない。
魔王城だって言われても驚かないぞ。
「ベルは元々があの姿だ。だから、あっちの身体の方が動かし慣れてる……らしい」
俺も実際に見てみるまでは半信半疑だったけど。
でも。
一瞬で判断できた。
ベルは大丈夫だって。
「何を持って、大丈夫だと?」
「あぁうん。アリスも見てみろよ」
すっと俺は指さして、分かりやすいよう、自分の頭をとんとんと叩いた。
目を凝らして彼女は、漆黒の龍の姿を見やる。
そこには。
「あ――――、ふっ、ふふふっ!」
「大丈夫、だろ?」
かつて魔竜と呼ばれた、破壊を象徴する魔生物。
黒くて長い身体を持ち、獰猛な爪と牙を持ち、ぎょろりとした凶悪な瞳がある。
炎を吐き、空を舞い、見る者全てを震撼させるその竜の、頭部には。
天をつく。
二つの黒い、ウサミミがついていた。
「Cluuuuuuuaaaaaaaallll!!!」
龍は鳴く。
大きな口を空けて、元気よく、気持ちよさそうに戦い続ける。
ウサミミのついた黒い龍は、そのままぎりぎりとゴーレムを締め上げる。
身体に罅が入ったところでぱっと離す。そこへとすかさず、尻尾の一振りを叩きつけた。
戦闘が激化する。
最初はケモノ対人型だった。途中でヒトガタ対人型になり、最後はヒトガタ対黒龍になった。
どちらが悪で、どちらが正義か。それすらもよく、分からない。
暴風域は増していく。
空が。空間が。この領域が。
ベルの色に染まっていく。
「だ、だが……! いくら理性があると、言っても……! この、衝撃、は……!」
「アリス……!」
ギリギリ衝撃を受けないところから、俺とアリスはベルの居る暴風域を見やる。
「……、」
ふと。
横に立つアリスが、俺にぼそりとつぶやいた。
「きみは……、目を背けないのか」
「え……?」
「怖いだろう? アレは」
彼女の言葉は。
俺に何を問うているのか。
いやまぁ、簡単なことだ。
あんなにも強い力を持った者が、傍に居る。それを俺の責任で制御しなければならない。そして、制御が外れたら、街一つが崩壊するかもしれない膂力が弾き出される。
そんなの怖いに決まってるよな。
けど――――
「怖いけど……、大丈夫だ、アリス」
「そうなのか」
彼女の瞳は、俺をどんな思いで見ているのだろう。
けど、大丈夫なんだ、俺は。
何たって。
「俺は――――、スケベだからな」
力を込めて。
俺は彼女にそう返した。
「…………は?」
彼女は途端に目を丸くして、俺を見る。
それに対して、俺はいたって真面目な口調で返答した。
「ほら。今はあんな姿だけどさ。ベルって常にバニーガールだろ? だから……、怖いって感情よりも、エロいって感情が先に来るんだよな」
「きみ、こんなときにふざけるのは――――」
「ふざけてない」
俺は魔竜から、決して目を離すことなく。
アリスに言う。
嘘偽りない本心だ。
「俺は。エッチで、スケベで、ムッツリで。いつもおっぱいとか尻とか、生足とかのことしか考えてない。だから、アイツの存在を、『怖い』以外で見てるんだ」
「コースケ……」
「それにあとは、カッコイイとか、さ……」
「あぁ、うん……」
衝撃を感じるのもそこそこに。情けなく頬をかいて、俺は続けた。
締めあげる大蛇は、再びどす黒く光り輝く。
徐々に大きさは、小さく。
長さは短く。顎は細かく。
元の身体に戻っていく。
「信頼してる。
アイツは、もう二度と、人に害をなすことはしないって」
ベルを見る。
ベルを、見つめる。
ウサミミを。白い尻尾を。ピンヒールを。
黒髪を、肩口を、胸を、腹を、足を、腕を。
笑う口を。鋭い瞳を。
――――その、生き様を。
誰あろう、俺だけは。
とてもエッチな目つきで。
見ているから。
「だから、怖くない。怖くないぞ、ベル!」
がらがらと。
地響きと共に、ヒトガタのゴーレムは崩れ落ちる。
それと同時。
まるで砂場で暴れまくり、大満足したような無邪気な笑顔を向ける――――妖艶なバニーガールが、一人。
「当然じゃ。ワシは別に、怖い事などしとらんからのう」
「ははっ……! 前言撤回だよ、ベル。その常識のズレは、やっぱ怖いわ」
「たわけめ」
言いながらベルはざっざっとこちらに近づいてきて。
砂と誇りにまみれた身体で、俺を力強く抱き寄せた。
「くるる♪ 勝ったぞコースケ」
「おう。お疲れ様。……ただ、顔が近い、ぞ?」
「当然じゃ。褒美はもらうでな」
「褒美って何――――」
んじゅう。
と。聞きなれない、唾液の音がする。
「ふわっ!?」
横でアリスの頓狂な声が聞こえた。
なんか。
初めての感触が口を包み、なんだかあったかいようなつめたいような、なまあたたかいものが口の中にはいってくるような――――
「ぷ、ぷはっ!? ベ、ベル!?」
口と口が触れていたと認識したのも、つかの間。
無理やりそれを離して彼女の顔を見やると、とても勝ち気な表情が見えた。
「くるるるる♪ 褒美はもろうたぞコースケ。
やはりニンゲンの姿は最高じゃの。こうしてぬしと、口づけができる」
あーすっきりしたと言って、腰に手を当て高らかに笑う彼女。
うん……。びっくりするから、今度からヤる前には、一言いってね……。
あと……。
「お前……、な、なに、した……?」
「うわーッ!? こ、コースケ……!?」
なんかキスが終わった後から、すげえ身体に力が入らないんだけど……、何でですかね……?
「あ、吸精してもうたか。すまぬすまぬ」
薄れゆく意識の中。
俺は夕暮れに染まっていく空に、自分勝手な大蛇を幻視するのだった。




