13.自己紹介
地上の光景は、意外と綺麗なものだった。
いや、建物などは破壊されまくり、惨憺たる光景なのだが。
それでも、状況はかなりシンプルだ。
まず、大量に召喚され続けていた『象』は姿が見えない。つまり、一匹残らず駆逐し尽くしたということだろう。
新たな魔方陣は起動してしまったが、これまでの無限召喚用の魔方陣は停止しているのだ。追加が湧いてくることはあるまい。
壁の方には操られていたであろう大量の兵士たちが、やや乱雑にではあるものの、まとめて横たわっていた。おそらくアリスが、気絶させた先から運んで行ったということか。
「――――そして」
そして。
敵対する二匹の獣。
軍本部の真ん中で。
這い出てきた巨躯とにらみ合う、矮小なる邪悪。
空はひどく――――、ひどいくらいに晴れ渡っている。
空気は魔力を吸って、綺麗なまでに淀んでいて。
そこは明らかに。
戦禍だった。
「ベル……。スレイル……」
「コースケ。彼が元凶か?」
「あぁ。スレイル・ヤーキンって言ってたかな。中央の軍人みたいだ」
「中央の!? となると、ローヴァ国からの……。
なるほど。つまりオルゼム大尉は、利用されていたか」
どんな事情があったかは知らないが、アリスは何かを察したようだった。
軍の中にも派閥争いとかがあるのだろう。ううむ、面倒くさい。
「しかし……、何だあの巨人は?
私たちが相手取っていた『象』よりも、サイズは小さいが……」
そう彼女は呟いたが、形容する言葉が出てこなかったのだろう。そのまま言葉を飲み込んだ。
俺はアリスの言葉を代弁するように口を開く。
「理由は不明だが、邪悪な感じがするってことだろ?」
「そうだな」
「俺もそう思ってんだ。……けど、」
「けど?」
「うーん……?」
はっきりしなくて申し訳ないが。
何だろう、あの巨人には、どこか根源的な恐怖を感じるような……。
いや、恐怖もなんだけど、それだけじゃないっていうか。ううむ、モヤる。
俺の思考が定まらない中、それでも場は進行していく。
ベルとスレイルはにらみ合い、互いが挑発的に笑みを浮かべている。
「フン、オルゼムの召喚した合成魔獣を蹴散らしたのは褒めてやろう」
「なぁに。あんなモノ、所詮中身はそこいらの魔物の詰め合わせよ。カタチだけ強うしたところで、ワシには通じんわい」
「ほう? 見抜くか。はぁはははははッ! 敵ながらやるではないか」
「クァハ、余裕じゃのう」
やり取りを見たアリスは、俺に「そうなのか?」と質問を投げる。
うん……。近い。近いぞアリス。
「どうした?」
「い、いや……」
だいぶ意識が戦闘寄りになっているからなのか、もしくはその格好に慣れてしまったのかは分からないけれど、お前は今かなりカタチの良い乳を俺に近づけているということを忘れないで欲しい。
そんな邪な気持ちを強い想いで振り切って、俺は答える。
「ま、まぁな……。元々天界からの調査で分かってたことなんだ。オルゼムはこの辺りの魔物を捕獲して、その生命力や強度を、召喚魔法の礎にしているって」
「そう言っていたな……」
気づけずに不甲斐ないと彼女は一瞬顔を曇らせる。
「アリス……」
「すまん。どうしても、自分の楽観視を許せなくてな。続けてくれ」
彼女の言葉に俺は「あぁ」と頷いて、説明を再開する。
「その魔物たちのもとを、あの『象』に落とし込んだ」
「もと……」
「生命力とか強さの概念とか。たぶんそんな感じだと思う」
まず、合計十万の強さになるよう、魔物のエネルギーを魔方陣に吸わせる。
そして二百エネルギーずつを、『象』のカタチに再変換して召喚していく。
あの魔方陣の式としては、こういうことなんだと思う。
「魔方陣には詳しくないのに、嫌に理解が早いなコースケ」
「ベルが口にしなかったら、俺も分からなかったさ……。けどこの二週間ずっと一緒に行動してるだろ? だから、感覚で理解できたというか」
「なるほど」
どちらかと言えば、術式解析なんかはアリスの方が得意だろう。
俺が気づけたのはたまたまに近い。
「まぁ普通はあの『象』だって、めちゃくちゃ強大な力になるんだろうけどさ。ベルの前だと、普段の強敵とそこまで大差なかったみたいだな」
言って俺たちは、再び二人の下へと視線を送る。
オルゼムが、丁度得意げに口を開いた瞬間だった。
「はぁはははははっ! そこの子豚が今、いい説明をしたよ」
「聞こえてんのかよ……」
「私の地獄耳は三階層離れていても聞き逃さない! 陰口を言ったものは即ペナルティだ!」
「陰湿すぎる……」
とにかく。
えっと? 俺が何を言ったって?
「他生物の生命力を違うカタチに落とし込む……。そう! それこそが、私がオルゼムにも与えた、究極の魔方陣式! オルゼムはただの魔物にしか仕上げられなかったようだが、私は違う!」
勢いよく手を振りかざし、後方のゴーレムを指さした。
老獪な手には熱が宿り、スレイルの瞳が、邪悪に、ゆがむ。
「私はこれより、この物体に神代の魔物を落とし込む!
つまり! このゴーレムはヒトガタでありつつも、『邪悪なるモノ』の受け皿となるのだ!」
「――――ッ!?」
スレイルの高揚した説明に、ベルも方眉を上げ「ほう?」と雰囲気をひりつかせた。
「そう……か!」
俺があのゴーレムへ感じた恐怖は、それだったのか……!
恐怖と、邪悪さ。
それはまさしく、ベルから感じていたものに近かったんだ。
「すなわち私は、今この時より、神の力を従えるのだッ!」
「ベル……!」
「面白いわい……!」
「駄目だ、戦闘モード入ってらっしゃる!?」
で、でもどうする!? 仮にスレイルが神みたいな力を呼び寄せてしまったとしたら、ベルでも勝てるかどうかは分からない。よしんば勝てたとしても、おそらく被害が尋常じゃないだろう。
天も地も割れ、ついでに俺も割れちまうかもしれない。……いや、そんなのまっぴらごめんだ!
でも俺の許可が無いとベルは戦えないし、スレイルは人間だから攻撃して止めることも出来ない。
「あぁ……、そうこうしているうちに、魔力が高まっていく……!」
迷いは人の動きを止める。
高まり、昂り、場の魔力は収束し、魔方陣を通じて空に孔を開いた。
「さぁッ! この巨石に宿れ!」
掲げる手は、最後のゴーサイン。
黒く禍々しい暗黒の孔は、おどろおどろしい力を持ってして、ゴーレムへと宿ろうしていた。
「数多の人類を虐殺し、幾万の人類を刻薄し、神をも厭わぬ蛮行と、悪逆無道にして善への絶対否定者ッ!」
血走る狂気的な目は、最後の言葉を告げる。
荒ぶるのは、魔力か、それとも彼か、俺たちか。
心音の揺れと共に、
スレイルは最後の言葉を口にした。
「魔竜――――ベルアインよッ!!」
「え」
「え」
「ん?」
「――――え?」
沈黙が流れる。
今この場を支配している感情は、とにかく色々ある。
『何故こいつらは不思議そうな顔をしている?』……的な顔をスレイルが。
『ベルアイン? 何だ? どこかで聞いたような』……的な顔をアリスが。
『スレイルからいたたまれない空気が発されている気がする』……と俺は思い、
『ん? なんじゃ、呼ばれたか?』……と、たぶんベルは思ってる気がする。
あ、ちなみに黒い孔からは、一応何かのエネルギーは放出されましたね……。で、ゴーレムにはたぶん何かしら降りてきてるとは思います、はい。まだ沈黙したままだけど。
「えー……」
俺は口に手を当てて、沈黙を打ち破る。
色々あるんだけども。
とりあえず、今疑問に思っていることを、スレイルに聞いてみようかな……。
「あの~……、ベルアインってもしかして、魔竜・ベルアイン? 何百年か前の、伝説にある?」
俺の疑問に対し、クククと口を歪め、スレイルは意気揚々と語り出した。
「ほう……? なんと矮小な子豚かと思えば、多少の学はあったようだな。
そうだ! 私は数多の研鑽と研究により、ついに、『勇者の時代』よりも遥か昔、千年前である『神々の時代』に存在していた『邪悪』を、顕現させる術にたどり着いたのだ!」
語る彼を前に、俺はこっそりベルに質問。
「お前、そんな前から居るんだっけ?」
「まぁ概念存在じゃからな。居るといえば居る」
「ハァハハハハッ! 恐ろしくなったかね子豚どもよ! 無理もないさ! 何せ、殺戮と暴力、そして破壊の真髄を極めたと言っても過言ではない存在だ! その力を持って様々な女神を食い散らかし、世界を支えていた三神の一神をも屠るに至ったという!」
「…………」
「ふむ……、事実じゃのぅ」
つぶやくように、ベルはどこか遠い目をして言った。
もうこちらの言葉を聞かなくなったスレイルは、更に意気を昂らせ、天へと投げるように言い放った。
「そして! 私はついにたどり着いたのだ! その力を制御する方法をなァ!」
パチンと鳴らした指を合図に、ヒトガタゴーレムは更に魔力を滾らせていく。
その高揚とリンクするようにして、彼は両手を広げ、大仰に劈いた。
「神代の破壊者・ベルアイン! それを召喚し、このヒトガタに落とし込む! 力を制御する方法は至極単純! この世界において、今最もヒエラルキーの高い存在、つまりはニンゲンのカタチとして具象させることこそが、究極にして唯一の方法なのだッッ!!」
血走らせた眼と共に、起動するゴーレムを見上げ、彼は叫ぶ。
「さぁ、究極決戦魔術兵装・ベルアイン・ゴーレムよ! 今こそ絶大なる力と共に、我の前へ顕現せよッッッ!!」
天高く掲げた手に応えるように、そうしてゴーレムは起動する――――ことは、無かった。
「は……………………?」
………………。
…………。
……。
しばらくの間、沈黙が流れる。
「な――――何故だ!? 私の理論は完璧だったはずだ!?」
「いやまぁそうでしょうね……」
いたたまれない。
これはいたたまれないよ、スレイル。
俺の言葉を受けてか、隣で「ふ~む」と静観していたベルが楽しそうに口を開く。
「いやしかしすごいのう。コヤツ、ニンゲンの身でありながら、その着地点を見出すとは。恐れ入ったわい」
「あ、やっぱすごいことなの?」
「そりゃそうじゃろ。考えとること、神と同じレベルなんじゃぞ」
まぁそれは凄いよな……。
ただ、相手と言うか何というか。いや、タイミングが悪かった。
俺たちの会話へと、身体を勢いよくと振り向かせ、スレイルは激昂する。
「何だ! 何の話をしている!? 貴様ら、私の術式に何か細工を施したか!?」
先ほどまでの上機嫌はどこへやら。
喚くスレイルの顔は、怒気と焦燥と困惑で、もうめちゃくちゃだ。
「いやその……、俺らは何もしてないというか」
眉間を抑えていると、脇からアリスも口を挟む。
彼女の方は、微妙に分かっているようだったが、最後の一手で詰まっているようだった。
「私も説明を求める。
きみはおそらく何もしていないだろう。ならば、どうして?」
何故アレは起動しない? と、スレイルと同じ疑問を投げかけた。
「うん。まぁその、何と言えばいいか」
「そうじゃな。分かりやすく言うと」
ベルは両腕を自分の腰に当て、巨大な胸を突き出して。
初めましてと自己紹介するかのように。
スレイルと、――――もしかしたら、自身が『成る』かもしれなかったモノに、声をかけた。
「自己紹介、代わりにご苦労じゃの、活眼の士よ」
ピンと立ったウサミミは天を突き。
ちょこんとついた尻尾は可愛らしく。
横に広い口は、どこか爬虫類のようで。
そしてその瞳は――――竜の瞳をしていた。
「ワシが、神をも呑んだ神代の荒物。
破壊と蹂躙を司る魔竜。名を、ベルアインと云ふ」
牙が見える。
瞳が滾る。
獲物を見据えた神代の魔竜は、そうして、好戦的に嗤うのだった。




