12.真の計画
軍本部の地下にて、小さく勝鬨を上げる。
仮装着の効果は切れ、彼女の衣装は元に戻った。軽くしかかけていなかったから、本来ならこれくらいの持続時間なのである。
「逆にアリスのほうは、未だに仮装着が解けてないみたいだな……」
洗脳を解くためだったから強めにかけたが、それにしたって長い。よほど相性が良かったのかもしれない。
そんなことを考えていると、周囲の魔方陣が薄く点滅をし始めた。
「おっと……、何だ?」
オルゼムが気絶したことにより、これまで不気味に光り輝いていた中核となる魔方陣はその光を収束させ、機能を停止しようとしているみたいだ。
程なくして光が消え、完全に暗闇が訪れる。
「これで……、オルゼムを引き渡せばミッション完了だな!」
達成感に、俺は今度こそ力強く拳を握る。
不本意な勝利で微妙な気分だったが、ようやく戦況に貢献できたと実感した。
「地上のベルたちはどうなってんだろ?」
そう思いを馳せた、瞬間だった。
薄暗闇になったばかりの部屋が、再び淡く光り出す。
「な、何だ……!?」
これまでの光とは、どこか気配が違う気がした。
なんだか……、今までは純粋な魔方陣の光だったのだが、これは、正式な光では無いような……。
そして。
困惑する俺の後ろから、コツコツと細い足音と共に、老獪な声が聞こえてきた。
「なんだ、オルゼムは倒れてしまったのか……。仕方のないヤツだ」
「な……!? だ、誰だ!?」
「それはこちらのセリフだよ。貴様こそ誰だね?」
背は……、そこまで高くない。アリスと同じくらいの、百七十センチだ。体格も軍人と言うよりも、年季の入った魔法使い、もしくは司祭といった風貌だった。
そしてよく見ると、その男のローブにはここの軍と同じような紋章が描かれている。
「レーヴァの街のものとは、ちょっと違う……。
もしかして、中央のお偉いさんだったりする?」
中央。
つまり、レーヴァの『街』の更に先。ローヴァ『国』からの刺客である。
こいつがもしも『国』側の人間だった場合、この計画は街単位の話ではなく、国をも巻き込んだ大規模計画だったということで。
「フン……、生意気にも口を聞きよるわこのクズ豚めが」
見下すような視線で俺を舐めつけ、男は「まぁいい」とため息を吐いた。
「私こそが、このローヴァ国王都を影から牛耳るに相応しい――――スレイル・ヤーキンである!」
光り輝く部屋の中。
男の邪悪な声がこだまする。
スレイルの魔力の昂りに合わせて、この部屋自体が躍動しているようだった。魔方陣の光はどこか生物の血管のように、どくどくと脈打ってきている。
「な、何だ……!?」
「ふははぁ、ふぁははははははああああッッ! 見たまえこの脈動を! 素晴らしいぞ! 実験はついに成功した!」
「じ、実験だって!?」
「そうさ。……ふぁはははは。この街自体を魔方陣に見立て、召喚式を敷いていたことを見破ったのは褒めてやる。豚にしては良い脳みそだ」
豚じゃねーし。最近はちょっとシェイプアップ気味で子豚くらいにはなってるし。
「だが! そもそもそんなもの、アテにはしていなかった! 否、破られることこそが、この術式の最終到達点ッ! 見よ、脈動の中より召喚される、真の『魔』の姿をッ!!」
「なぁ――――ッ!???」
地面が揺れ、何かが少しずつ象られていく。
作られる。造られる。組み上がり、集合し、黒と金の魔力体は、邪悪に胎動を繰り返していた。
「どういうことだ!」
俺の問い詰めに対し、スレイルと名乗った男は、猛り狂った瞳でこちらをぎょろりと見やる。
「んん~、なぁに、簡単な話さ。ここに倒れているオルゼムは、私の同志だった。なので、この街を魔方陣にする計画を与えてやった! そうすれば、私ときみとでこの国を牛耳れるとねぇぇ!!」
高揚しているのか、自身の計画を包み隠さずぶちまけていくスレイル。
負けることなど微塵も考えていないのだろう。その瞳は、召喚の成就と勝利の確信を見つめ、爛々と邪悪に輝いていた。
「しかしだよ豚くん。そんな重要な計画を――――、こんな頭の悪い軍人如きに、全てを任せるわけにはいかないだろう?」
「え?」
「女将軍など、所詮は国の犬。その延長でしかない。
真に頭の切れる者は、その先を見越して動かなければならない。そうだろう?」
魔軍師は額に手を当て、大仰に語った。
薄い、蛇のような口が、大きくゆがむ。
「だから! この術式が破壊されたときこそが、最高の一手になるよう仕組んでおいたのさ!
この術式の中核には、反転と吸収を仕込んでおいた。つまり今この魔方陣は、無限の召喚式ではなく、むしろここまでため込んだ全ての魔力を使用し、最高の一体が組み上がるように進化したというワケだよォ!」
「……!」
調子に乗って男は続ける。
「裏の作戦を知らぬオルゼムの、なんと哀れなことよ。ただただ人を信用するしか出来ない軍事馬鹿め。まぁその盲目さのお陰で……、ここまで素晴らしい術式を起動することが出来たのだがねェッ! はぁはははあはあははははッッッ!!」
地響きの中。
笑いが。
轟く。
言っていることが半分くらいしか理解できなかったが……、つまりこの男は、自分を信じてついてきてくれた人間を、最初から信用していなかったということだ。
「さぁさぁ魔方陣よ! オルゼムの魔力を全て持って行け! そして、私の力の礎となるがいい!!」
「なっ……!?」
こいつ。
それどころか真の作戦概要を話さず、妄信的な部下を撒き餌にしていたってことかよ。
「…………、」
清々しいほどに酷い人間だ。
俺だってそんな立派な人生送ってきたわけではないけれどな。人として最低限、踏み越えちゃいけないラインってのはあるはずだ。
「こいつ……!」
「ははは、はアはははははははははァァァァァッッッ!!」
笑い声と共に、軍本部は崩壊する。
ぱらぱらと降り注ぐ天井の粉は、徐々に大きさを増していき、建築物そのものの崩落へと変わっていった。
その最中。
新たなる反転した魔方陣を中心に、スレイルの足元から巨大なヒトガタが生まれ出ている。
悪徳城主のときに見た城型ゴーレムに似ているが、巨躯の至る所に、邪悪な紋様が刻まれている。
「どこかで見た、ような……?」
「はははァ、ははアアアははははッ!」
地上への笑い声は止まらない。
手が生え、足が生え、頭のようなものを形成し、
巨躯は、崩壊した天井からゆっくりと這い上がっていった。
「やべっ、オルゼムが!」
横たわっている彼女と取り巻きを探す。
オルゼムはすぐ近くに倒れていたから、崩落からの救出は可能だ。けど、取り巻き三人はどうなっているんだ?
「って、あっ!?」
地上からの光も大きくなる。薄暗闇は晴れ、そのお陰で三名を発見することが出来た。が、それは最悪のタイミングで。
今まさに、崩落に飲み込まれようとしている男たちの姿が、目に映る。
「まにあわ――――」
「ふっ――――」
瞬間。
一筋の光が飛来した。
閃光のようにも見えたその軌跡は、一人のバニーガール。
「アリス!」
「はぁぁぁッ!」
迫り来る瓦礫と男たちの間に入った彼女は、素早く武装装填により銀のトレーを具現化すると、迫り来る天井を鋭い腕の振りと共に八つ裂きに斬って落とした。
「すげぇ……」
目の前で起こったこともだが。それ以上に。
「アイツ……、もうあそこまで武器を使いこなしてやがるのか……」
とんでもない学習の速さだ。
元々兵士で戦闘経験はあったとはいえ、剣とトレーでは勝手も違うだろうに。そもそもトレーで戦ったことなんて一度も無かっただろうし。
街中で見たときも十分強かったが、今はすでに、かなり洗練された動きに変わっていた。
「コースケ! 無事だったか!」
「お、おう……。ありがとよアリス」
「礼ならベルに言うと良い。
戦闘の最中、『そろそろかの?』と呟いていてな。彼女の指示があったから、駆け付けることが出来た」
「アイツ……。全部お見通しってことか」
「言った通りだったな。きみは、人間の命を優先して守るのか」
「その代わり、驚異の魔物は容赦なく倒すけどな。俺は一般人だからさ、同族殺しとか怖くて出来ないんだよ」
見捨てるのも後味悪いし。
そもそも生け捕り命令出てるからな。
「それにさ、アリス」
「ん?」
「こいつら、敵対したとはいえ、お前の同僚でもあったんだろ? だったら、死人が出るのはやっぱり後味悪いんじゃないかって思って」
「きみ……」
「それよりも戦況だ! どうなってる!?」
「はっ! そ、そうだ! 上は……」
俺とアリスが一斉に地上を見上げた瞬間だった。
ドォン! と、何かが大きく倒れる音がした。
「ベルか!」
「おいおいきみ……」
「どうせベルが何かしたんだ! アリス、俺を上まで運んでくれるか!?」
「まったく……。信用しているのかどうなのか、これでは分からないな」
呆れるアリスの気持ちは分かるが、さんざん振り回されているこちらの気持ちも分かってネ。
「分かっているさ。……では抱えるぞ。一気に飛ぶ!」
「任せた! ……よっと」
言われてすぐさま、俺はアリスにお姫様抱っこされる体勢をとる。
俺よりも身体の線は細いはずなのに、勇者パワーのお陰か、どっしりとした力と安定感だ。これなら飛んでる間も安心だな。
「よし、いつでもいいぞ!」
「……きみ、なんか、抱えられ慣れてないか?」
彼女の疑問に、俺は力強く頷いて答えた。
「三回に一回はお姫様抱っこエンドだったからな!」
「そうか……」
呆れるアリスは俺を抱え、一気に地上まで飛び上がる。
ううむ……。無意識にヒロイン力が爆上がりしてしまったようですな……。




