10.エールを送ろう
ひとしきり大きな音と共に、駆け付けた俺たちの下に巨影が飛来する。
黒色の魔法煙に包まれた『象』は、ぴくぴくと身体を震わせた後活動を停止させ、中空へと霧散していった。
「何が起こって……んだ?」
「さぁ……? 先ほどの大きな音は、いったい……?」
俺とアリスは状況を把握する。
そもそも、先刻見た状況から、更に戦局は進みまくっていた。こんなことならちょっと疲れるけど、逐一戦況を覗き見ていれば良かったぜ。
「おぉぉ……、お、おぉぉ……!」
意思を持たない兵士たちの群れが、『像』と共にひしめいている。剣や弓を用いてベルへと攻撃を仕掛けていっていた。
剣閃、矢の雨、ソレらを器用に躱し、捌きながら――――、隙をついて『象』へと攻撃していく。
「兵士が……、ベルに!」
「大丈夫だ。安心しろアリス」
「コースケ」
「さっきも言ったけど、ベルは基本的には、人に対して攻撃できない。
そして、人死にを出したくないのは俺も一緒だ。俺のはただのエゴだけどな」
苦笑して続ける俺に「そうか」とアリスは少し笑って言葉を続ける。
「しかしすごいな。心配の矢印が、味方であるベルではなく、この場では敵である兵士たちとは」
「そりゃあな。ベルのヤバさと人間のもろさを良く知ってるのは、何を隠そう俺なんだぜ?」
こちらも苦笑で応えると、アリスは「違いない」と頷いた。
俺は彼女の目を見て、もう一度頷きながら意思を伝える。
「操られている人たちも、安全に救い出す。
死傷者ゼロで解決するぞ」
「……あぁ! 勿論だ!」
気持ちに呼応するかのように、ピンとウサミミが天を突く。
眼前をしっかりと見据え、俺たちも戦闘行動に移ることにした。
「行くぞ! この身に宿った勇者の力、存分に発揮してくれる!」
「……なんか今、変なルビ振られてなかった?」
勢いよく胸を張った衝撃で、カタチの良い乳がばるんと揺れる。
こういう時でさえも性的なところに目がいっちゃうなぁ俺。自重しなければ。
「何にせよ戦闘開始……なんだけども」
「ん?」
飛び出そうとした足をぴたりと止め、俺はアリスに振り返る。
「こういう時何をすればいいのか、分からないんだよネ~……」
「え? いや、何をって……。きみ、これまではどうしていたんだ?」
「いやぁ……その。
ベルの管理とか、ベルの心配とか、ベルの応援とか。あとは狼狽えたり、戸惑ったり?」
「ソレは何もしていないということではないのか?」
はい。正論良くないと思いマス。
「彼女と出会って二週間とはいえ、何かしらの経験はあるだろう?」
「いやそれが……、特に無いんですな」
「はぁ!?」
てへぺろ……としている場合ではないのは分かっているんですけども。
ただまぁこちら。そもそも『ベルと離れて行動する』ということが初めてなのだ。ベルの力がどれくらい弱まってしまうのかが分からない以上(あと自分の身を自分で守れないので)、基本的にはどんなときも一緒に居た。
熾烈な戦闘環境であればあるほど、俺はずっと傍にいた。だからこそ生きて来られたし、封印が解ける要因も作りやすく――――いや、これはいいか。ともかく。
「ベルと合流する……のが良いのかな。それとも、邪魔にならないようにしていた方が良いのか」
「ちなみにきみ、自分の身体を動かす以外で出来ることは?」
「特に無いな」
「じゃあ本格的にただのオッサンだな!」
酷いことを言うがその通りだ。
魔法とか、特に使うことは出来ない。
「そうだ。それなら私のときみたいに、操られている兵士一人一人をバニーガールにしていけば良いのではないか? それならば彼女への攻撃も多少は弱まる………………あ、いや、今のは駄目だ。忘れてくれ」
「お、おう……。俺もその案は思いついて、提案するか迷ってたんだけど……、やめたほうが良いよな?」
アリスは自分の格好を思い出し、提案を撤回する。
術者であろうオルゼムが魔方陣を用いてかけたのは、かなり深めの洗脳魔法だ。その間魔法にかかった者は、正気を失った状態で行動する。
先ほど軽くアリスに確認をとったが、あの一瞬、操られていたときの記憶はおぼろげだったそうだ。こちらから見ると自我は残っていそうだったが、それもほとんど覚えていないらしい。
「つまり……、現在操られている兵士たちは、この事件は記憶に残らないということで」
つまりつまり。……ここで起こったことは、そもそも認知しないのだ。
オルゼムがどうやら計画を実行したことも。ベルが大暴れしていることも。自分たちがオルゼムに加担して、ベルに攻撃していることも。そして――――このあと、アリスというバニーガールが、戦場に躍り出ることも。
「永続性が無くなったとはいえ、『象』がこの先どれくらい召喚されるかは不明だ。それに、その格好が解けるまで、まだ時間はかかる」
つまりつまり、つまり。
ここで兵士一人一人の洗脳を解いてしまえば、皆の目には、|自分たちのよく知る同僚が《アリス》、何故か煽情的なバニーガールの姿で戦っているという光景が記憶されるということになるワケで。
「…………………………一人一人を気絶させていこう」
「うん。俺もそれが良いと思う」
いやホント。
仕方なかったとはいえ、面倒な事態にしてごめんよアリス。
口を曲げ、への字に歪んだ眉と眉間を抑えながら、彼女は立ち上がる。
世界一私情に溢れた制圧戦が、今始まろうとしていた。
「では行ってくる」
ピンヒールをかつりと鳴らし、スタイルの良いウサギは構える。
エロい格好なのに、目つきは戦う者のソレだ。戦闘者という点ではベルと同じだが、アイツはいつも愉快そうにしているしているからか、雰囲気が全然違った。
「おう。……ってアレ? アリス、武器は出さなくて良いのか?」
「アレは切れ味が良すぎる。人間に使うと、うっかりと両断してしまいそうだ」
「そ、そうか……」
ベルは使ってなかったから分からなかったが。
武装装填は、勇者が振るう『伝説の武器』の概念を宿すものだ。どんな物体で顕現しても、その実、内訳はとんでもない力を秘めているのだろう。
使用者がそう言うのであれば、それに従う他ないな。
「ちなみに、きみの傍をどれくらい離れなければ良いんだ?」
「この広さなら、そこまで気にしなくて良いと思うぞ」
俺の仮装着――――『勇者の力を与える』能力は、対象と近ければ近いほど効力が高くなるらしい……のだけれども。
これまでもそうだったが、こと大暴れとなると台風みたいに飛び回るベルに対して、常に近くで見守ることは不可能に近い。
今回の作戦において、街を駆け回る役目のアリスについて行ったのは、アリスに宿る『勇者(略)』力がベルと比べると弱かったというのがある。だから出来るだけ近くに居たほうが良いと思ったからだ。
まぁ勿論、彼女がバニー姿で街中を駆けまわることを、危惧したというのもあるけれど。
「軍本部からあれだけ離れても効力が切れなかったんだ。たぶん俺がここに居れば、これまでの感覚とほぼ変わらず戦えると思う」
「そうか……。了解だ」
彼女は駆け出そうとして、だけど立ち止まり、もう一度こちらを振り返る。
「そうかきみ……。戦う力は無いのか」
「ん? お、おう。悪いな、なんか」
俺の返答に彼女は「いや」と首を振る。
「何も力が無い者が、戦禍の中に『ただ居る』というのも。それはそれで過酷だなと思ってな」
「アリス……」
なんとも。
平和や安寧のために戦う、アリスらしい意見だ。痛み入る。
そうだな……。見守っているときも、いつ影から新手に襲われないか、心配なときもあるよ。
そこ理解してもらえたのは、何だか新鮮だ。
「まぁ、本当はさ。……俺が戦えれば、一番良いんだ」
「それを言い出したら始まらないだろう?」
険しい表情の中。少しだけ苦笑したように見えた。
そのままアリスは続ける。
「神側、もしくは勇者としてのルールか……。色々と説明を受けてきたが、それもそれで大変なものだ」
「ん~……、まぁそうだけども」
今聞くことか? と、若干疑問に思った直後。
これらの言葉の内訳が分かった。
「あぁ……」
「……なんだ」
成程。
分かりにくいけどコレ、心配してくれてるのか。
「はは……。だったらアリス。心配には及ばないぞ」
「ん? どうしてだ?」
「だって俺が、どんなに危険でもベルを見守っているのは、『ルールだから』じゃないからさ」
「え?」
燃え盛る城の中へもついて行く。
薄暗い穴倉も、凄惨な魔術実験場も、謎の生物が蠢く山中にも。
俺があの、獰猛で可愛らしい、白い尻尾についていくのは。
決して、安全が欲しいからだけじゃない。
「俺が……、アイツを見ていたいからついて行くんだ。
ルールがあろうが無かろうが、たぶん、そこは変わらない」
「きみ……」
「だってアイツ」
見てて気持ちいいだろ?
と、気の抜けた笑いと共に口にした。
「ま、怖いんだけどさ。ただそうだな……。ルールって言うか、責任とかもあるかも、しれんけど……。でもほら、人を引き付けるっていうか。いや、怖いんだけどさ、なんつーか、ん? でもアレだな。俺毎回危険な目に遭ってる気もするな。えーと、何が言いたいんだっけ」
言うコトがうまくまとまらず、なんだかしどろもどろになってしまう。
「な、何にせよアリス! 俺、安全なところからだけど、しっかり見守ってるからな!」
「ふっ……。ははは。世界一間抜けなエール、ありがとう」
口元を覆い、静かに笑う彼女。
「ではな」と前を向いて……そのまま戦禍へと躍り出た。
頑張れよ、アリス。
ちゃんと俺は、お前の力を管理してるからな……!
「……などと言いつつ」
中空に、何とも情けないエールを送り、俺は視線を変える。
「俺は……、俺の仕事だな」
さてさてこの戦局。
動かすのなら、今だ。
土煙が上がる中、俺は二人を遠方から見守りつつも――――こっそりとその場を離れる。
あれだけ兵士が表に出ているのだ。おそらく本部内には誰もいるまい。
「こっちはこっちで、作戦開始だ」
俺は。
出来るだけ静かに、走り出した。
ごめんなアリス。
見守るってのは、ちょっとだけ嘘だ。




