9.敷かれたルールの行方
二つ目、三つ目と、四つ目と、鐘塔のときと同じように、召喚陣を潰していく。
坂を下りたところの噴水広場、丘の上の花壇公園、そこまでは……まだ良かったのだが。
「四つ目の街路樹通り……、アレはさすがに……!」
「ど、どうどう……」
憤りと羞恥に落ち込むアリスを、どうにかなだめる。
これまでの三か所はそれぞれ、軍本部から5キロ以内のところだったので、皆避難していたのだろう。人の気配は皆無と言ってよかった。しかし街路樹通りはもう少しだけ離れた場所で。
広い街で。良い街だ。そして――――祭りの準備、真っ最中だ。
軍本部で異変が起こっていても、多少気にする人はあれど、そこまで強く警戒をしている者は少なくて。
まぁ簡単に言うと。
めっちゃ人が多かった。
このエリアは割と通常営業だったのである。
『こっ、ここを……、通るのか……!?』
『あー……、やべえなこれ』
『こんな往来でこんな、格好……、ち、痴女みたいでは、ない、か……っ!』
『いや露出多い人もわりと居るよ。大丈夫大丈夫』
『そっ、そういう、問題、では……!』
『あ、ねぇママー、ウサギさん~!』『まぁっ!? ちょっとヤダ、見ちゃダメです!』『お? なんだかエロい姉ちゃんがいるなぁ』『え? 何スか何スか?』『昼間っから呼び込みかねぇ。しかしちょっと煽情的すぎるよなぁ』『なんかどっかで見た顔だな』『アレ、軍本部に務めてる人じゃなかったっけ?』『なんかの催し物か?』『えっちなお姉さんいるって?』『ちげえよ、軍の姉ちゃんがえっちなんだよ』『軍に行けば童貞捨てれるって本当ですか』『軍の制服がビキニアーマーになったって本当ですか』『俺も軍に入ればビキニアーマー着れますか』
……とまぁ。なんか最後のあたりめっちゃカオスだった。ビキニアーマーじゃねえし。
ともかく。
すっげえ人数に見られながら、往来を歩くはめになった。
「街路樹通りの一番高い樹の上に設置しなくてもなぁ……」
遮蔽物ほぼゼロだったし。
結局その後。もうどうしようもなかったので、アリスは割り切って、堂々と「この格好は軍の施策です!」と、顔を紅潮させ、目をぐるぐるさせながら、半ばヤケクソ気味に言い切った。
そして案の定モンスターが出現しようとしていたので、ソレを迅速に処理。
結局街の人には、現在各所で異変が発生している可能性があるので注意するようにと伝えることになった。……バニーガールの格好で。
「……途中で笑いをこらえながらも協力してくれたのは、同僚の人か? なんか、イケイケ風の」
「レイラだ。あいつめ……。助かりはしたが……、後で覚えていろよ」
心中痛み入ります。
だけど、そのレイラさんが笑うのも無理もない。
カタブツだと思っていた同僚が、まさかのバニーガールで往来を闊歩し、なおかつモンスターとセクシーバトルを繰り広げたのだから。
というか、この格好のギャップにやられてた街の人、かなり多かったのではなかろうか。
「この作戦が終わったらきみを殴る。五発は殴る」
「増えてるし」
「もっと増やしたいくらいだ。……だいたいきみ、ちょっと、……見すぎだぞ」
「す、すまん。出来るだけ見ないようにはしてるんだが……、どうしても目が引き寄せられて……」
もうコレは本能的な部分なんですよ。
目の前でこんな色白の美巨乳が上下していたら、視線が吸い込まれてしまう。
二つの北半球部分はあまりに目の毒だ。
「まぁ……この作戦終わったらさ。殴られるついでに、女神からの報酬はかなり弾んでもらうよ。なんなら俺も、有り金全部置いていくから」
「そ、そこまでしろとは言っていない! だいたいそんなことをしたら、旅を続けられなくなるだろう」
「まぁそうなんだけどさ……。迷惑料っていうか」
「~~~……」
調子が狂うと言わんばかりに頭をかき、アリスは口を歪ませる。
「……そういう言い方は卑怯だ。それでは私が、非難も、感謝も、両方できん」
「あぁそうか……。すまん」
「…………」
アリスはふぅと一息ついて、行くぞと俺に投げた。
「分かっては、いるんだ」
「え?」
少しの静寂の後、彼女はぽつりと口を開く。
「私をこの姿にしたのも、致し方なかったことなのだろう? そうでなければ、私は今も洗脳され、主犯の駒にされたままだ」
「ま、まぁ、そうなんだけどさ……」
頬をかく俺に、アリスは長いため息を吐きながら言った。
「はぁ~………………。なら良いんだ。きみの判断は正しかったんだろう」
「アリス……」
「……どうしても、この姿には慣れないけどね」
「はは……。そりゃそうだよな。今までがお堅い姿だったからなぁ」
「ただこれだけは分かっておいて欲しい。いきなり勇者の力が自分の身体から出ると、それはそれで怖いものだぞ。街路樹通りでもそうだったが、うっかり備品とか壊しそうになる」
なるほど。
というか、ペンを一本握りつぶしてたな。
ベルは力加減とか慣れてるんだろうか。いや、そもそもあいつは、ニンゲンの身体自体が初めてだから、そういうところまで気が回ってないだけなのかもな。
「そういえば。この力について気になっていたことが」
「ん? ……って、うぉ」
階段を駆け上がりつつ顔を上げ――――アリスの肉感的な尻が目に入ったので再び視線を下げ、動揺を隠しつつも言葉に応える。
「この、仮称『勇者の力』……だが。もしかして、人間相手には振るえないのではないか?」
「お……」
俺の息遣いもそのままに。
こちらの回答を待たず、アリスは真っすぐな言葉で続けた。
「これまでの道中。女神やきみたちから色々な話を聞いた。そしてその中で気になっていたのが、『割とルールが多い』ということだった」
言って彼女は軍本部の方を見る。
その方角では、今でもベルの戦闘音が鳴り続けていた。
「ルールと言うよりは『縛り』と言ったほうが正しいかもしれないな。ともかく。大きな力を持っているが故の、制限。そんな枷をはめられていると、私は踏んだ」
アリスの前で行った、ベルとの会話を思い出す。
『じゃがまぁ……、殲滅する対象がニンゲンじゃなくて安心したわい。今回も思う存分、暴れられるのう』
『ま……、そこだけが救い、か』
確かに、そんな会話をしたっけな。
「神や勇者がもしも、『人の平和』のために存在するのだとしたら。そもそも『人』に対して攻撃が出来ない。そういう風になっているのではないかと。そう踏んだのだ」
「なる、ほど……」
「あぁ」
「…………」
沈黙が流れ、少しだけ走る音だけが耳に入る時間が続いた。
いやすげえな。あのちょっとした会話だけで、そういった部分にまで気が回るとは。
普段ぼーっとしか生きていない俺と違って、本当に地頭が良いんだろうなと感心する。俺だったら絶対、おっぱい大きくない? エロくない? で終わっている。
「ただその……、アリス。それは勘違いだよ」
「え?」
そういう部分にたどり着けたのは素晴らしいが、一応訂正をしておかないといけないな。僅かな勘違いで、もしかしたらこの先、作戦遂行の障害になってしまうかもしれないし。
「違うのか?」
「あぁ。勇者の力は、人間にも振るうことが出来る。ただ勿論……、気持ち的な部分で、人が死ぬところなんて見たくはないけどな」
「そう、か……」
彼女の返事に対し、俺は「ただまぁ」と付け加えた。
「良いセンいってるよ。つーか、そういう『縛り』の部分に気づけたのは、マジで凄いと思う」
「ふむ? どういうことだ?」
「人間に対して攻撃出来ないのは、『勇者の力』じゃなくて、『ベル自身』なんだ」
「彼女が?」
あぁと頷いて俺は続ける。
「ベルは大昔から居る存在……ってのは、なんとなく気づいてるだろ?」
「それは……。うん。ヒトではないということは」
「それでも忌み嫌わないでくれて、ありがとな」
「そうか? エルフやドワーフらと同じだろう。このあたりにはあまり住んでいないから、少し文化は違うかもしれないが」
そういえばそうか。
この世界では、割と異種族も一緒に生活してたりもするんだっけな……。
現代の感覚だと忘れがちになってしまう。
「あ、あぁそう。そうだな。それは……、何にせよ良かった」
動揺したことで少しだけ息が乱れてしまう。昔のクセが未だに抜けないな。
ともかくと一息ついて仕切り直す。
「アイツはその昔……、ニンゲンの敵だったんだ」
「敵……」
繰り返す彼女に対して、俺はあぁと短く頷く。
「ニンゲンに対して、とても悪いことをする、厄災みたいな存在で。とにかく人々を苦しめまくった……、らしい」
説明している俺も、細かなことは把握していない。ので、とりあえずはぼんやりとした要点だけを掻い摘んだ。
アリスは少しだけ苦い表情になり、顔を曇らせたまま聞いている。
「けどアイツは……、えー……と、めっっっっっちゃ反省したらしくてな。それで、今度はニンゲンの味方になりたいってことになった……らしい。ただ、「はいそうですか」と信用することも難しいだろ? だから、枷付きで天界に『保管』されていた……らしい」
「らしい、が多いな」
「すまん」
これも、ベルとヘリオスちゃんから聞いた単語をそのまま使って、繋ぎ合わせて説明しているだけだ。
この解釈で合ってるのかは微妙なところだが、たぶんそんな感じだろう。
「もしかしてきみと出会ったベルは……」
「あぁ。なんかの拍子に封印の鎖が外れちまったらしくてな。長年眠っていたベルは、悪気なく外に出ちまったんだって」
「なるほど……。逃げ出した、というワケでは無かったのだな」
アイツらしいと言えばらしい。
それに、その後も互いに、確認し合ったのだ。
普通の営みをしているニンゲンに、手を出す気は無いと。
その代わり、悪を働くニンゲンは懲らしめてやりたいと。
人々を守りたいと、思っているのだ。
「日ごろの行いからは非常~~~~~~~~に分かりづらいんだけどなッッ!」
「色々籠っている言葉だな……。きみに会ってから、一番の説得力を感じるよ」
心中痛み入ると肩を叩くアリス。
うん……。同じ『ベル被害者の会』だ。心強く生きていこう。
「まぁ……。罪滅ぼしなのかどうかは、正直分かんないけどさ」
俺は激音が鳴り響く方角を見て、中空に思いを馳せる。
「けど、俺はアイツの言葉を信じてるよ」
「コースケ……」
人を傷つけない。
人の味方をする。
そう決めた、アイツの言葉を。意思を。
「それにどのみち、アイツの体内にその枷は存在しているだ。だから、人を殺すことは出来ないハズなんだ」
何たって神が敷いたルールだ。
どの程度強力なのかは分からないが、これまで過ごした二週間で、おかしなことが起こったことは一度も無い。
「そうか……。なるほど」
「納得できたか?」
俺の言葉にやや俯いて。
アリスは顔を上げて言った。
「あぁ。つまり、……間接的にであれば、攻撃できるということだな?」
言って彼女は、イタズラをする子供のように、方眉を上げて口元を歪ませていた。
それを見て俺は、ついぞ笑ってしまう。
「はっはっは! そう。その通りだ」
「なるほどね」
アリスからそういった、ダーティな考え方が飛び出すとは思っていなかった。
やっぱコイツ、頭の回転が早い。実行するかどうかは置いておき、ルールの抜け道を使っての悪事とかも思いつけるんじゃなかろうか。
「そうそう。あの件でもそうだったんだよなぁ」
アリスに説明した悪徳城主の一件も、城ゴーレムなんてものが出現してくれたから、ベルは大手を振って攻撃に移ることが出来た。
城を燃やすのは、人間ではないからオッケー。そうやってじわりじわりと、本人には手を出さず、ある意味搦め手を使って使って使って――――最後は物理でぶっ飛ばすのだ。
「ゴーレムの中に入っていた城主がダメージを受けるのは、あくまでも、ゴーレムが崩れたことによる衝撃だからな」
「うまいことやっているのだな」
「ただまぁ……、それでも人死には見たくないけども」
そもそも基本的には、悪人は生け捕りにしてほしいという依頼だ。
あまりにもそこを守らなさすぎると、力を取り上げられるはめになっちまう。そうすりゃ見事に、無職のオッサン(異世界で一人)の出来上がりだ。
前の世界ならいざしらず、この世界のことを何も分かっていない四十歳のオッサンがいきなり独り立ちする。……まぁそんな未来もあったのかもしれないが、そんな苦労は出来ればしたくはない。
「何にせよ……、今回の黒幕の追い詰め方も、どうにか考えないといけないな」
軍本部の近くまで戻りつつ、俺はやれやれとため息をつく。
この辺りはもう、完全に人はいない。もしかしたら、先ほどの街路樹での話が、街全体に伝播していっているのかもしれなかった。
「オフの軍関係者も動いてくれているのかもしれない」
「あぁ……。さっきの、レイラさんみたいにか」
「ヤツの雰囲気を見るに、普段と全然変わらなかった。つまり洗脳魔法は、体内に仕込まれていたものではなく、あの魔方陣が発動した際、軍本部内に居た人間のみが受けているということだろう」
「それが本当なら安心だな。街中でいきなり襲われる心配が減った」
「そうだな。それが一番ネックだったしね」
これまでの疑問が解消されたからか、アリスの眼光は強めになっていた。
そうか。
アリス側からしてみたら、急にルールにがんじがらめになった気分だったんだよなあ。
それも、そのルールが不明瞭ともなれば、不安の種を抱えたままだっただろう。
「悪いことしちまったな……」
「ん?」
「あ、いや……」
しかし、それを理解してからの慣れ方が半端ないな……。
頭の回転早すぎだろコイツ。悪い事しようと思えば、いくらでも出来るんじゃないのか?
そんなことを考えていると、アリスは「ただ」とつぶやいた。
「人間に対しても攻撃を行えることが分かって、本当に良かったよ。
このあたりでは、軍の人間は許可が無いと街内での制圧行為は出来ない。……が、いざとなったらやらないわけにはいくまい」
「そうだな。
しかしなるほどなぁ。だからルールを気にしてたんだな」
「…………それは」
俺がそう言うと、アリスは少しだけ沈黙した。
なんだ? なんか俺、間違った事言っちゃっただろうか。
「……先ほど。きみに言おうと思っていた、話の続きだ」
「ん……? あぁ。鐘塔での話か……」
アリスは真っすぐにこちらを見て、口を開いた。
「提案しようと思っていたんだ。
もしも……、ベルが、だな。人間に対して攻撃できないのであれば。その代わり、わた――――」
アリスが何やら呟いていた最中だった。
軍本部の内側から、ひとしきり大きな音が聞こえる。
先ほどまでとはまた違う、まるで地面が割れたかのような、地響き。
「ッ! コースケ!」
「お、おう! 急ごう……!」
アリスの話では、魔方陣の半分ほどは破壊できているらしく、ここまで壊せばかなりの効力を失わせることが出来ているとのことだった。
しかしその反面。
「正常に働かなくなった魔方陣は、最後に暴走状態になることもある……!」
この魔方陣の式は、ほぼ無限に『象』を呼び寄せるというものらしい。
土地の魔力や大気中の魔力。もしかしたら人々の魔力も吸い上げているかもしれないらしい。
が……それらを今、半分くらい機能が停止した状態に追い込むことが出来た。ここまでは良い。
しかしそんな状態となった魔方陣は、途中の式が消えたり変わることにより、違う効力になる可能性を秘めているらしい。
それが――――暴走。
無限の召喚ではなくなる代わりに、それに使われている魔力と同等の『ナニカ』を召喚する恐れがあると。そういうことだった。
後方を走る俺に、アリスは背中越しに質問を投げてくる。
「コースケ、最後に一点だけ教えてくれ」
「な、なんだ?」
「過去に何度かあったという、『ベルの制御がきかなくなる条件』とは、どういうタイミングだ? 彼女に、あるいはきみに、どんなことがあればその制御は外れる?」
「――――」
そ、それ、は……。
「コースケ?」
「い、」
「い?」
「…………、」
俺はしばらくの沈黙の後、響き渡る走行音に紛れさせるように、小さな声でつぶやいた。
「言いたくない……」
「はぁ!?」
「いや……、その! だ、誰にだって言いたくないことはあるだろう!? この……、アリスのムッツリスケベッ!」
「はい!? な、何だそれは! どういう意味だコラ!?」
「だって!」
何だったら、『そう』だと自覚するのも嫌だ!
「と、とにかく、人には恥ずかしいことってあるだろ! そういうことだ!」
「ずるいぞ! 私だって、こんな恥ずかしい格好をしているというのに!」
「それとこれとは話が別だ! とにかく、話せないことなんだ!」
「それはルールで話せないのではなく、きみが話したくないだけだろう!?」
そんな調子で。ギャーギャーと言い合いながら、俺たちは軍本部の門へと向かった。
め、目指すは軍本部! さぁて、決戦だぞ!(ごまかし)




