8.武器を出せ!
武装装填。
それは、勇者の力を持つ者が扱える、装備召喚魔法である。
アリスはこのかっこうになってから、自身の武器を携帯していない。と、いうのも。そこには二つの理由があった。
一つは、勇者の力の馬力が強すぎて、並大抵の武器では武器の方がもたないということ。
もう一つは、バニーガールには、武器を引っかける部分が無いということ。
……アリスの場合はもう一つ。走るときに両手で胸元を抑えたかったからというのもあるかもしれないが。
ともかく。
バニーガール状態になってしまえば、超常的なチカラが発揮されてしまう。
特に戦闘中は高揚もする。
ベルのように徒手空拳で戦っても良いのだろうが……、アリスには武器があったほうが良いと考えた。
『なるほど……。武器を呼び出すことが、できる、と』
『あぁ。自分が思い描いた、適切なものが顕現するはずだ。一定時間経つと、消えちゃうけどな』
『分かった。元より私は、獲物にこだわりはない』
『そうなのか? 意外だな』
『武器にこだわって強くなれないのは本末転倒だ。私は……、平和を守るのだからな』
そんな会話を、彼女と交わしたことを思い出す。
眼前に迫るコウモリに対し、アリスは自身の武装装填を使用した。
「――――え、ちょ、」
なんか謎の、疑問の息みたいなのがアリスから漏れた気がしたが気のせいだろう。彼女の思い描く武器により、大コウモリは瞬時に真っ二つとなっていた。
切って落としたアリスの残身の、なんとカッコイイことか。
「やっぱ武人は、何やっても様になるなぁ!」
「い、いやいや……っ!」
俺が喜びながら駆け寄ると、それとは裏腹に、彼女は明らかに困惑の表情を浮かべていた。
頭にハテナを浮かべながら、俺は手元を覗き込む。
「どんなものを顕現させたんだ? やっぱ切れ味の良い剣とか? それとも、ナイフくらいの小刀でやってのけたのか!? そうだとしたらすげ、え……、なぁ……?」
「…………。どういうことだろう?」
「……うーん?」
アリスの手に持っている獲物。
それは――――おぼんだった。
あれだ。バニーガールがお店でよく持っている《・・・・・》、銀のトレー。
丸く、簡素なデザインの、上に酒とかグラスを置く用の、アレ。
「おぉ……、うん……?」
「な……、何でこんなものがぁぁぁっっ!?」
「お、落ち着けアリス! 脅威は去ったんだからいいじゃないか!?」
激昂するアリスをなだめようとするも、怒りによりおぼんをがんがん塔に叩きつけている。
やめろ! それ勇者の力宿ってるから! あんまりやると塔が崩れる!
「アリス、やめろ! やめなさいって!」
「はぁ……、はぁ……、はぁ……っ、」
「まずは落ち着け! モンスターを倒したんだから、とりあえずそこは喜ばしいことだろ!?」
「ぐっ……!」
ぎりっと歯を食いしばるアリス。
その表情からは、怒りというより、屈辱や恥辱といった表情が見て取れた。
「確かに……、い、言ったけど……!」
わなわなと震えるアリスの背中越しに、俺は先ほどの会話を思い出す。
『元より私は、獲物にこだわりはない』
『そうなのか? 意外だな』
『武器にこだわって強くなれないのは本末転倒だ。私は……、平和を守るのだからな』
「おぉ……、もう……」
「これで平和を守れと!? 銀のトレーでモンスターを切り裂く勇者がどこにいる!?」
「だから落ち着けって!」
そして悲しいかな、ここにもうその現象は成立しているのだ。
切り裂いた勇者の第一号だ。良かったなアリス。絶対口にはしないけど。
「その……、武装装填によって出てきた武器は、全てが伝説の剣扱いなんだ。だから、勇者が振るっても壊れないし、威力もめちゃくちゃ高い」
武装装填には確か、練度があると言っていた。ベルは使う気が無さそうだからあんまり気にしてなかったけど、おそらく今の威力でも、本来の十分の一にも満たないチカラだと思う。
「ぐっ……! くぅ……、くっ……! ~~~~~~~~っっ!!」
首をひねり、血管が浮き出る程に顔を紅潮させ、目を瞑ってうんうん唸るアリス。
頭を抱えて「ぐぉぉ……」と問答しているところを見ると、強くなることと武器がトレーなことを天秤にかけているのだろう。
でもその姿であんまり激しく動くな。おっぱいがすげぇ揺れてる。眼福だから良いけど。
「……………………ッッ! お、落ち着い、た……」
「そ、そうか。お疲れ……」
先ほどのピンチの三倍くらいの疲労を見せ、彼女はすくっと立ち上がった。
乱れた髪を丁寧にほぐし、こほんと息をついて口を開く。
「強ければもう何でも良しッ!」
「お前すげえよアリス!!」
コイツ漢の中の漢だと思う! あぁいや、それじゃあ不適切だから、勇者の中の勇者かな!
とんでもないメンタルを持ったこいつを、俺はとても誇りに思う。この事件を解決し終えたら、絶対に良い酒を酌み交わそう。
「……でもこの事件が終わったら、絶対何発か貴様を殴る。抉り取る」
「何を!?」
前言撤回。
この事件解決したら、速攻で街を出ます。
「さぁ! 先に進むぞ! もう何でも来いだッ!」
自棄になって階段を飛び上がっていくアリスの後を急いで追う。
鐘塔の最上階は、もう目と鼻の先である。
そして。
「――――フン!」
八つ当たりが炸裂する。
がちゃんと音を立てて割れる水晶を見て、俺はふぅと一息ついた。
「これで……、とりあえず一か所は潰したってことかな?」
「あぁ。やはりアタリだったな。この塔に、魔方陣の仕掛けの一端が施されていた」
「ちなみにさっきのモンスターは、この仕掛けを守ってたのかな?」
「そうだろうな。おそらくここに入ってきた術者以外の人間を攻撃するよう、操られていたか、そこの水晶から召喚されたのだろう」
「なるほどなぁ」
俺への説明もそこそこに、アリスは鐘塔の窓穴から遠くを見渡していた。
次の目的地を確認しているのだろう。きょろきょろとあたりを注視している。
「次は……噴水広場の方だな」
目視をしてアタリをつける。
苦虫を噛み潰したような顔をして、歯ぎしりをしながら吐き捨てた。
「くっ……。あちらは人が残っているかもしれんが、仕方ない」
「お、おう……」
なんだかすまんとつぶやく俺を、彼女は不思議なものを見るように、じっと視線を送っていた。
「な、何だよ?」
「いや……、何でも無い。ちょっと気になったような、そうでもないような……」
「お、おう、そうか? 俺の身体のことが、何か気になるとか?」
「き、貴様の身体など誰が見るかいやらしい! そんなに私がオトコに飢えていると思っているのか!」
「そ、そういう意味じゃねぇよ! 自分でも気づかない怪我とかあったのかなって思っただけだ!」
「そっ……、そうか。今度はそういう意味か……」
「あぁ、ベルに出がけに言われたこと、思い出してるのか」
軍会議室で少し話した、『一緒に寝る』の意味合いである。
良い子にも分かるように説明しておくと、『同衾』である。これ以上はどうか。
……まぁ今更だけども、アイツは美女がとても好きだ。気の強い女子や精神的に強い女性を、屈服させ、可愛がりたいらしい。
「これは……、えっちなネタではない……と」
「いやあの……。俺たちだって、常に下世話なハナシをしているわけではないんだぞ?」
真面目に今日の夜ごはんのこととか話してるからね?
あと、あんな美女とエロ話を続けるとか、俺の精神もおかしなことになる。主に性的な意味で。
「ま、まぁいい……。考えがまとまっていないから、また思いついたら、聞く」
アリスはコホンと咳ばらいをして話題を切り上げた。
純粋なのか耳年間なのか、よく分からないゾーンに突入してきたな。ベルの悪影響を受けすぎないように、注意していただきたい次第である。
「……しかしコースケ。ベルと言えばだが」
「ん?」
階段を降りて階下へと戻りながら、アリスは俺に質問をした。
「ベルは……、大丈夫なのか?」
「あぁ、作戦の事か」
俺は頬をかきながら答える。
アリスが聞いているのは、この作戦の中、果たしてベルの身が無事でいられるのかどうかということだろう。
「まぁ正直……、俺にも分からん」
「おい!」
「だ、だけど! ベルが大丈夫って言ったんだ。俺はそれを信じるさ」
「きみなぁ……」
「アイツは確かに暴れたいだけの奴だけど、同時に、出来ないことは出来ないって言う奴なんだ」
でも、今回は言わなかった。
それはつまり、俺の作戦で大丈夫だということだ。
「うーむ、そうか……」
先ほども軽く説明したが。俺たちが秘密裏に魔方陣を消していく中、ベルだけが敵陣(軍本部敷地内)へと突入し、大暴れしておくというものだ。
言葉にすればとても単純だが、その内訳はけっこうとんでもない。
「きみ、思ったよりも大胆な作戦を立てるよな……」
「いやいや。ベルの強さありきだって」
次の目的地に向かいつつ、俺はそう呟く。
俺もたぶん、アイツの強さというものに対して、感覚が麻痺してきているのだ。
出会った当初はかなり驚いたが……いや、今でも驚かされっぱなしではあるけれど。
それでも、『驚く』ということに慣れてきてしまっている自分がいた。
「まぁそれに、この作戦はさアリス。俺たちの『人数』がばれてないってことも、前提に含まれているんだ」
「それは確かにな……」
この魔方陣を起動したヤツは、『何者かが侵入した』からこそ、作戦決行を早めた。
俺たちがとどまっていた場所自体は特定できていたのだろうが、人数までは把握できていない可能性が高い。
「だからこそ、私たちができるだけ早く、魔方陣を破壊していかなければな」
揺れる胸を押さえながらも、アリスの走る力に拍車がかかる。
前を行く背中越しにだが、この作戦に対する意気込みが伝わってきた。
「大丈夫だアリス。今のところ、ベルに異常は起こってないみたいだし」
「そうか……。きみは、ベルの異変に気づけるのだったな」
「少しだけどな」
俺とベルは、ちょっと特殊な感覚共有がなされている。
あまり遠くに離れられないので、その範囲から外れそうになったらアラートのようなものが身体を走る。ソレの延長上のものだ。
まぁ……、これまでベルが致命的なダメージを負った事ってが無いから、今のところどんな感覚が走るのかは分からないけども。
「たぶん今頃、問題なく大暴れしてると思うぜ」
走りながら。ちらりと軍本部の方面を見やる。
先ほどからずっと、黒い魔法煙が上がり続けている。それはおそらく、召喚された『象』たちが、次々と倒されていっている証だろう。
「気になるから、ちょっと確認してみよう」
「どれどれ」
俺に与えられた権限の一つに、ことベルに対してだけは、精巧な使い魔を通して好きに観察することが出来る。
天界とコンタクトを取る用の水晶が、ベル監視用の、紫色の光を放つ。その光の中に、彼女の姿が映し出されていた。
「これが……、ベルの。そして今の軍本部の状況か」
「あぁ」
黒い魔法煙の背景で。
素早く動く一つの影。それの周りで蠢く大量の『象』。そして、ボコボコになっている軍本部の建物。
地面も、壁も、建物も、装飾も。
傷ついていない箇所は一つもないのではないかというくらいに、ボロボロになっていた。
「これは……」
「な。心配無用だろ?」
「う、うむ……」
「まぁ、施設に被害が出てるのは申し訳なく思うけど……」
映像を見やる。
音声までは伝わってこないが、いつもの「クァハハハッ!」という笑い声が聞こえてくるかのような豪快な笑みを浮かべ、ベルは次々に大立ち回りを行っている。
次々になぎ倒される漆黒の『象』たち。
巨体が、突き飛ばされ、押し倒され、蹴り倒され、裂かれ、ひしゃげ、放り投げられる。
「…………っ、」
アリスが絶句するのも無理はない。
彼女が踏み込むたびに、地面は割れる。
彼女が拳を振るたびに、大気が揺れる。
地獄の窯が開いたのかと思う程、良く晴れた空に似つかわしくない地獄が、広がっていた。
「と言っても、これも永遠には続かないんだけどさ」
「きみが近くに居なければ、『力』の消費が激しくなるのだったか」
「あぁ。だから出来るだけ早めに、こっちもコトを終えないとな」
言って、水晶映像をオフにする。
アリスも再び目的地を見据えた。
今のベルを見て何か思うところがあったのか。それとも、先ほど俺に言いかけた何かなのか。彼女はどこか、神妙な顔つきをしていた風に思う。
「――――いや、いい。行こうコースケ」
「おう」
頭を振って走り出彼女。その後姿に俺も続く。
立ち込めていく黒煙は、戦いの激化を示していた。




