6.乳と大地は揺れる
前提として。
俺の能力で顕現したこのバニー服は、概念的な装備である。
ゆえに、この概念を、上から塗りつぶすような真似は一切出来ない。
簡単に言うと、重ね着するということが出来ないのだ。
ベルがアリスとの出合い頭に言っていた、呪いの装備の例。あれで言うなら、このバニー服を装備していて、それが外れない以上、他の装備をつけることができない――――みたいなところだろうか。
まぁともかく。
重ね着が出来ない以上。
この魔法が解けるまでは、ずっとこの姿のままでいるしかない。
恥ずかしかろうが気持ちよかろうが、肌を隠したかろうが。
強制的に、ずっとこの姿だ。
ベルとお揃いである、黒いボディスーツに黒いウサミミ。黒く透け気味のストッキングに赤いピンヒール。……嫌がるアリスを見ていると、首元のチョーカーと腕のカフスが、まるで奴隷の首輪と手枷みたいに思えてくるから不思議だ。
「こんな……、破廉恥な、姿、で……、町中を……ッ! くっ……!」
「が……我慢してくれ。俺の考えが正しければ、おそらくこれが正しいんだ……!」
「それは……、わ、私も、そう、思う……。が……、」
事実と感情とは話が別だと。そういうことだろう。
うん。めっちゃ分かる。俺だって、作戦の中に『自分が全裸で街を走り回る』という項目が含まれていたら嫌だ。
けど――――こいつはそれに近いことを、今やってくれてるんだよな……。
「幸いにもこのエリアは、さっきの地鳴りの影響で、ほとんどの人は避難してるみたいだな……」
「そ、そう、だな……」
現在俺たちは、軍本部近くのエリア近くの街中を走っている。
乾いた地面に、カッ、カッ、という、ピンヒールの小気味良い音がこだまする。
「くぅ……」
揺れる自分の胸を抑えながら、アリスは俺の前を走っていた。ふりふりと左右に揺れる小さな尻尾と、長い髪の毛の間から見え隠れする健康的な背中にどぎまぎしてしまう。
「ひゃっ!? む、胸っ、こぼっ、こぼれっ……!」
「だ、大丈夫だ! ソレ、何があっても脱げないから!」
「そっ……、そう、だ、けど、もっ!」
普通のバニーガール衣装なら、ここまで激しく動くと、簡単に胸をポロリしてしまうだろう。透明な肩ひものようなものはついていないし。
しかしそこはそこ。この衣装は、『概念』である。
だから、むしろどんなことがあってもめくれないのだ。形状記憶合金……ではないんだけども。『バニーガール』のカタチのまま、固定されている。
ただし。
「くぅ……!? うく……、」
ぶるん。ぶるん。
乳は容赦なく上下する。
「弾んでるわぁ……」
あくまでも脱げないだけで、衣服であることには変わりない。
金属の鎧ではなく、サテンのような生地なのだ(この世界にあるか不明だから曖昧だが)。アリスの、そのサイズだ。そりゃあ……はずむ。
「ただ不思議と、揺れても痛くないとベルは言っていたけど、どうなんだろ……?」
「呑気だなぁ貴様はっ!」
まぁ話を戻すけど。そのバニー衣装は脱げない。
どれだけ乳が上下しても、最悪のポロリはないのである。……が。
「ただ……、気持ちの上では違うよネ……」
「うぅ~~~~っ!」
赤面。恥辱にまみれた表情で、ウサギは走る。
誰にも見られていないということは分かっていても……、それでも、慣れ親しんだ街をかなりの露出度で走り回るのは、並大抵の恥ずかしさではないだろう。
そんな彼女は走りながら、ついぞ目的の場所を指し示した。
「そっ、そこ、……だっ!」
その言葉で俺もゴールを見やる。
俺たちの最初の目的地。
軍本部より近くに建てられた朝と夕を示す鐘塔。俺たちは一度立ち止まり、頷きあって、中へと足を踏み入れていく。
――――さて。それでは。
どうして俺とアリスが街中を駆けまわっているのか。それを説明していこう。
遠くで鳴り響くベルによる戦闘音をバックに、俺は作戦内容を反芻していた。
俺の立てた作戦はこうだ。
まずベルには、軍本部に単身突撃してもらい、時間稼ぎと言うか、陽動を行ってもらう。
「相手がしびれを切らして、街中にあの『象』たちを解き放ったら大変だからな」
「なるほど。そうなる前に、こちらから餌を用意してやろうというわけか」
「言い方悪いけど、そういうことだ。……出来るか?」
「大丈夫じゃろ。それに、細かいことを考えずに済みそうじゃ。その方が楽しめる」
そう言うと思ったよ。
色々と策を練りつくすより、中央突破とか衝突を好む奴だ。
ベルはこれくらいの方が動きやすいだろうからな。
「しかしな、コースケ。
ベルを暴れさせたら、死傷者が出てしまうのではないか?」
心配そうにアリスは意見を述べた。
まぁ確かに。俺たちの過去をVR魔法で覗き見ただけだと、そう思っても仕方ないか。
「それは大丈夫だ。……というのも、」
「こやつと離れれば離れるだけ、ワシの力は落ちるからのう。
例えばこの街の東門と西門へ離れたとすれば、力の十分の一も発揮できんじゃろう」
「そうなのか」
そうなのです。
まぁ、十分の一の力でも、軍本部の建物くらいは壊滅させられそうなのが恐ろしいところだけど。
「幸いこの街は、軍本部を中央に置き、そこから円状に広がっているかたちになっている。
だから街の端まで離れたとしても、ベルの力は最大値の半分くらいってところ。……だよな?」
「じゃの。そして、体力が切れたら動けんくなるのう」
「なっ……! そ、それは、逆に危険だろう!」
アリスの憤りに対し、ベルは「ほう」と静かに眉を上げた。
「こんな得体の知れんイキモノの心配とは、ぬしも変わり者じゃの」
「それはそれ。これはこれだ。
共に作戦を遂行する仲間に対し、心配をしないのは嘘だろう」
アリスは真っすぐな目をベルに向けて言った後、俺の方へと向きなおした。
「作戦を変えろ、コースケ」
「う、うーん……」
良い案だと思ったんだけど、これだとアリスが動きづらいのか……。
じゃあ違う案を出すかと思った矢先だった。ベルの舌なめずりの音が聞こえる。
「うむ、うむ……。アリスよ。心配してくれるのはとても嬉しいぞ」
「ん? あ、あぁ。まぁな……。
なんだ? なんか、ち、近いぞ、ベル?」
しゅるりと。どこかボディーラインをなぞるようにして、アリスの腰を両腕で包むベル。
巨大な胸に顔がうずまりそうで、アリスも困惑している。
「くるるる……♪ 愛いヤツじゃのう」
喉が鳴っている。あぁ、発情してんなぁコレ。
アリスもなぁ……。出会い頭にあんなことをされているのだから、もうちょっと警戒してもよさそうなのに。根本的に、人が良いのだろうか。
距離を縮めたベルは、どこか煽情的に、囁くようにしてアリスに唇を寄せた。
「ワシがパワー不足にならん、良い方法があるんじゃが……、それにはどうしても、ぬしの協力が必要でのう……。ワシをこんなにも想うてくれとるんじゃ。協力してくれる……じゃろぅ?」
とてもわざとらしくしなを作り、ベルはアリスの腰を軽くさする。
バニーガールのビスチェは、大きく背中が開かれている。
だから。
美しい背骨のラインに、綺麗に指が這わされるのが、とてもよく見えた。
「~~……っ!」
「のう……? どうじゃ?」
寒気と快楽の中間なのか。
わずかに吐息を発するアリス。
それを見たベルの、爬虫類じみた瞳が、悦びに歪む。
「わか……っ、わかった、から、ぁ、ん……。せっ、背中、をっ……、すりすり、する、なっ……」
「くるる……」
なんかもう、魔性だ。
二人とも格好はバニーガールなのに。黒い大蛇がか弱いウサギを飲み込んでいるようにしか見えなかった。
「だか、ら……、はぁッ!? ゆ、指、を……」
背中だけでは飽き足らず、(どさくさに紛れて)むっちりとした尻肉までもを堪能していたベルは、悦の表情から一転、元の顔へと戻すや否や、ぱっと抱き寄せを解除した。
かくりと、アリスの腰が地に落ちる。
紅潮した顔でベルを見上げると、彼女はアリスに対してにまりと笑い言った。
「そうかそうか。協力してくれるか」
「ふ……ぁ……、はぁ、はぁ……、」
ややとろみを帯びた瞳のまま、協力内容も分からずこくりと頷く彼女。
おぉ可哀そうに、アリス・アルシアン。
ついに魔王の手に落ちてしまったか。
「大丈夫じゃ。優しくしてやる」
「な、ちょっ、ちょっと待て! 貴様、なに、なにをっ……!」
「身体は正直じゃぞ? ……まぁ、正直じゃなくても、ソレはソレで」
「ベル、性的嗜好を開けっぴろげにするな」
「こやつの名誉のためじゃ。ぬしは向こうを向いておれよ~」
「言われなくとも向いてるよ……」
何だろうな……。こういうシチュエーションは初めてのはずなのに、『ベルのやることだからなぁ』と思うだけで、容易に受け入れられてしまう自分がいる。
「あっ、あっ……、あっ……!? あ…………ッ!」
「うむ……。うむうむ……。うむぅ……。うむ……」
何が行われているかは、もう吐息でしか判断できない。
許せアリス。そして、頑張れアリス。せめてもの情けだ。耳は塞いでいてやれる。
「あっ……! あっ……!? あぁっ……! あぁぁぁっっ~~~~……!!?」
響き渡る嬌声を背中越しに感じながら、俺は無駄に良く晴れた空を眺めるのだった。




