5.バニーと術式
アリスの気持ちが(ある程度は)落ち着いた後。
俺たちは詳しい状況を把握するため、今まで居た高台をさらに登り、町全体を見渡した。
「ふむ」
そんな風に、ベルは勝気に鼻を鳴らす。アリスはまだ衣装に慣れないのか、腕を胸の前で組んだ状態だ。ライトアーマー状態のときとは、動きも縮こまっている。
「まぁ、決意したことと衣装に慣れることは、また別のチャンネルじゃろうからのう」
「うぐぐ……。き、きみはよく、そんな格好で堂々と出来るな……」
「ん? ワシにとっては、服を着とる方が珍しいくらいじゃわい。まぁそういう意味では、逆に慣れんがのう」
クァハハハと、誤解を招きそうなことを言いつつ笑うベル。それを見てアリスは、ますます頭を抱えていた。
そんな彼女らの会話を聞きつつ。
街に目を向け、俺はぼそりとつぶやく。
「いや……ダメじゃない? アレ」
本能的に、弱音を吐いていた。
うん。とても申し訳ないが、アレはやばい。
とてつもなく逃げ出したい。切に、切に。
「合成魔獣っていうから動物めいたもんかと思ってたけど、とんでもない。めちゃくちゃでかいじゃねぇか!」
イメージとしては、『象』に近い、四つん這いでボディ部分がでかい生物。それが、えー……、大きな中学校校舎くらいのサイズに膨れ上がっている。
そして、そんなサイズの生物が。
軍本部の面積に、所狭しと沸き上がってきているのが見えた。
黒い瘴気とともに、無限に沸き上がってくるモンスター(暫定的に『象』と呼ぶことにする)を見て、俺は絶望を覚えた。
「ほうほう……。サイズはそうでもないが、一匹一匹がとんでもない魔力質量じゃの」
「だよ……な。アレ、ゼノン川のときと同じくらいの魔獣じゃないか?」
「うむ。あのときにはけっこう苦労したのう。何せ、途中で魔力切れを起こしてしもうたからの」
「俺が慣れてなかったせいもあったけど……。それ差し引いたって、あのときの非じゃ無いヤバさじゃね?」
ぶっちゃけると。
今までで一番の危機だ。
現地にいる協力者を得た最初の任務でコレとは、とてもついてない。
「そうなのか?」
「改めて考えてみると……、そうだなぁ」
アリスの質問に俺は頷く。
ヘリオスちゃんもそう言えばこの任務の前に、「これまで以上に気を引き締めてくださいね!」と言っていた気がする。
「……あの子、ずっとあのテンションだからさ。いまいち、発言の重要性が伝わりにくいところがあるんだよな」
教科書の全文にマーカーが引いてあるというか。
重要・超重要・特大重要、みたいなテンションなものだから、今回の忠告もいつもの励ましだろうくらいにしかとらえていなかった。
「クァハハハ。考えてみれば、ワシらの侵入にいち早く気づき、先手を取ってくるような輩じゃ。これまでの敵と違うと言えば、確かにそうかもしれんのう」
「言われてみれば……」
「じゃがまぁ……、殲滅する対象がニンゲンじゃなくて安心したわい。今回も思う存分、暴れられるのう」
「ま……、そこだけが救い、かぁ」
俺たちの会話にハテナを浮かべながら聞いていたアリスだったが、「な、なぁ」と口を挟む。
「ん、なんじゃアリス? 抱かれとうなったか?」
「この状況でそんなことを望むか!」
コホンと仕切り直し改める。
「な、何か策はあるのか? 私に何か、出来ることは」
「あー……、そうだな。どうしたものか……」
さてどうしたものかと動きを止める。
正直……、未曾有の危機に直面していて、あまりにも頭が働かない。
まぁ頭が働かない理由としては、こんなムチムチバニー二人に囲まれていて、絶対的に集中力が足りていないというのもあるんだけど。
谷間が二つ。
右を見ても左を見てもおっぱいがあるという環境が、これほど人間の思考力を鈍らせるとは思わなかった。
「先ほどの女神に、作戦を練ってはいただけないのか?」
アリスの声で我に帰る。
俺は「えふっ!?」とやや咳き込みながらも、彼女に「そうだな」と何とか答えた。
「そ、それが……、女神は人間の味方は出来るんだけど、『あまりにも味方過ぎる』と駄目らしいんだ」
「そうなのか?」
概念的な問題だと説明された。
まぁだからこそ、俺やこれまでの『勇者』たちのような存在に、世界を守ってもらってるらしいのだが。
「そこはそこ。奴ら神にも、バランスがあるんじゃろ」
「ベル……」
彼女は爬虫類じみた瞳孔をぎょろりと動かしつつ、言葉を続ける。
「神や女神は縛りがある。どうしてもニンゲン側の肩を持ちすぎると、そのはずみで、この世に『良くないモノ』を産み落とす恐れもある――――らしいぞ?」
ワシみたいにのと、ベルはぺろりと舌を舐めた。
「まぁ俺もそのあたりはよく分かっていないんだけど」
これまでの事実としてはっきりしているのは、ヘリオスちゃんはあくまでもナビゲートしか出来ない。現地に行って作戦を練ったり実際に行動をするのは、俺とベルの役目なのだ。
「というか、さっきも説明したんだけどさ」
これまでの事件解決のパターンとしては、
一。ベルと相手の力比べ。それにベルが打ち勝って終わり。
二。ベルの制御がきなくなる。ベルが大暴れして終わり。その後制御が戻る。
以上が、『ベルが行ってバーン!』作戦の概要である。
「……つかえん、い、いや、何でも無いぞ」
「あぁうん……。まぁ、自分が無能なのは百も承知です、はい」
罵倒してもらった方が百倍楽だった。
言い淀まれると、マジでその評価であると、嫌が応にも自覚させられる。
つっても確かに、現状俺は、『バニーガール着せ替えおじさん』だ。
勇者の力を与える以外に、役割というものは無い。
「頭が切れる軍師タイプなら良かったんだけどなぁ……」
現状そうではないんだな、これが。
だけど。
今この場で、ベルのことも、これまでのことも、
そして、平和に暮らしてきた人々のことも、把握しているのは俺しかいない。
「う~ん……」
たぶんアリスなら。これまでの敵のことを全部聞かせれば、そこから傾向と対策を打ち出すことができるだろう。けれど、それは流石に時間が足りなさすぎる。
今のところ軍本部から、あの『象』たちは出て行くことはなく、動きを止めたままだ。けれど、それらがいつ動き出すのか分からない。
「それにまたいつ地響きが鳴るか分からないからな……。それによる街の被害だって出るだろうし……」
って、ん? 何か今、閃きかけたぞ?
軍本部……。敵は現状、軍本部に居るんだよな……。
状況を整理すると、敵は『術式』を発動してあの『象』たちを召喚していってるワケで……。
「なぁベル……。これまで倒してきた奴らから逆算して、想像で答えてほしいんだけどさ。
大規模な術式を、遠隔で発動することって出来ると思うか?」
「ん~……、まぁ、無理じゃろうなぁ。
魔方陣を使っての術式発動は、近ければ近い程魔力が通りやすい。ここまでの大規模術式じゃ。方陣の近く――――というより、中央に座して使っとると見て間違いなかろう」
「オッケ、サンキュ」
ヘリオスちゃんの情報もそうだが、アリスの感じを見ていてもそうだ。
「この事件を起こしているのは、軍内部の、『人間』種。これは確定だ」
仮に、そうでない危険なヤツがここ数日この街を闊歩していたり、軍内部に入り込んでいたとしたら、こんなに優秀であるアリスが、その異常事態に気づかないわけがない。
「人間が起こしているとしたら、仮に複数人だったとしても、限界がある……。そして、大規模術式には、それ相応の大きさの魔法陣が必要となる……」
俺もこの間知ったばかりなのだが。大きな術式には、勿論莫大な魔力も必要だ。けれどそれ以上に、術式の物理的な大きさも必要らしいのだ。
特にこういった、異業を召喚するような魔法。
このレベルになってくると、下手をすると大部屋一つどころではない。例えばあの軍施設の地下に同じだけの空間が広がっていたとして、それを使っても足りるかどうかなんだけど――――
「………………あっ!? そ、そういう、コト、か?」
「何か思いついたかコースケ?」
「分かった……かもしれない。親玉のいるところ。そして……、これからの作戦も」
「ほう」
ベルはニヤニヤして、アリスは驚愕して。
二人のバニーガールは、それぞれの面持ちでこちらを見返していた。
しかしこれには、とてつもなくリスクが付きまとう。
そして……、これが一番のネックだ。
「アリス。俺の事、どこまで信じれる?」
「何を……」
アリスは怪訝な顔をした。
それに対して俺は、もしかしたら勇者パワーで引っぱたかれるかもしれないという不安を覚えつつも……、
作戦を、口にする。
「これからめっちゃ恥ずかしいことになるかもしれないんだけど、やってもらえるかな?」
ビンタが飛んでこなくて良かったと。
俺は心の底から思った。




