王子 編③(終)
廊下で行き違う人達が、ブリーフ一丁で歩く僕を見て驚いている。そして口々に何かを言っている。
「王子は裸だ」「いや見たこともない美しい衣装を着ている」「お前には見えないのか」「私あの衣装すきよ、ぐふっ」
とても恥ずかしい。みんなは無様で情けないと思うだろう。でもその通りなのだ。僕は無様で情けない奴なんだ。今までは周りに着飾ってもらっていただけなんだよ。
客間の扉を開ける。ユキノがいる。彼女に向かって歩く。
彼女は僕を見て驚いた。体をのけぞらせ、両手で口元を抑えた。そして目を瞑ってうつむいた。
「ユキノ。驚かせたね、ごめん。身の回りの物全部、天使に……悪魔に奪われちゃったんだ」
「――悪魔!??……そう、なのですね」
「君には全てを知っていてほしいんだ。この悪魔の呪いも、僕の全てを知ってほしい」
「……わかりました。私も知りたい。あなたを」
ユキノは目を開けて、顔をあげ僕と目を合わせた。僕は自分のこれまでのことを話した、転生のこと、前の人生のこと、王子になってから自分勝手だったことを。素直な言葉で話した。
「僕はこの通り、立派な人間じゃないんだ。弱くて、情けないんだ。王子様として着飾ってもらっても何も変わらなかったんだ」
「話してくれて、ありがとうございます。本当のことが聞けてよかったです」
ユキノは僕が話したことを飲み込むのに一生懸命のように見えた。彼女の気持ちが整理できるまで黙って待とうと思った。
「私も。隠していることがあります」
「……そう、無理して話さなくてもいいよ」
「――私、公爵に雇われています。――シャルロット嬢と王子様の婚姻を妨害するためです。シャルロット嬢の悪い噂を流したり、王子様が嫌いになるように仕向けました。婚約破棄が成功したら、私の商会を立ち上げてくれる約束だったのです」
「!……」
「私はあなたが言うような純粋な人間ではありません。とても醜い、汚れた人間なんです」
彼女の告白には驚いた。商会を立ち上げるために王子に近づいたのだ。そして、シャルロット嬢を落とし入れた。初めて見た時、気弱そうに見えたが、この人はたくましい人だ。庶民の出身ながら貴族社会で戦っているのだ。
責めたいとは思わない、かといって、自分を責める彼女に与えられるものが僕には無い。自分の偽りと彼女の偽りに、打ちのめされそうになって、僕は唯一の希望にすがろうとした。
「君が僕を愛してくれたことは、本当?」
「本当です――それだけは、本当の本当です!」
ユキノはさっきまで自分を貶めていた表情と打って変わって、自信を取り戻したようだった。
「信じているよ。ありがとう、とても。僕は君を失うのが怖いんだ……」
ユキノの気持ちが嬉しい。同時に、彼女に何ができるだろうと弱気になって僕はうつむいた。
「王子様……」
ユキノがそっと僕の手を握る。僕はユキノと目を合わす。
「あなたが、何があっても私を守ると言った勇気は、本物ですか?私に無様な格好で全てを打ち明けたその強さは、本物ですか?」
彼女のその言葉が僕に気づかせた。この世界で、王子になって手に入れたものがある。
「君のためだったら、強くなれる。これは本物だ」
僕らはそっと抱き合う。また見つめ合って、僕は彼女の厚い柔らかな唇に、自分のそれを重ねようとした。
――しかし、ユキノが互いの口元の隙間にその細い手をピッと入れた。僕は固まった。
「ただし、9割取られるというのはナシです。だからあなたに嫁ぐのはナシです」
「へ?」
僕は動揺した。いい流れだっただろと、こっからふられんのかと戸惑った。
「私には夢があります。稼いで、世界を飛び回って、稼いで、土地を転がして、稼ぎたいのです!」
「…………」
「私と一緒にいたいのなら、条件があります。あなたの給金は無し、あなたの持ち物も無し。天使に持ってかれるから無駄です!私が商会を立ち上げるので、国庫や領地の会計で私に全部流してください。私があなたを食べさしてあげます!」
「…………」
夢を語る彼女はとても頼もしく、綺麗だった。
どうやら誰かに搾り取られる人生は、永久に変わらないらしい。
<王子 編 了> 蜜柑プラム
読んでくれてありがとう。