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王子 編②

 王子は家事をしなくていい。執事やメイドがやる、腕のいい料理人もいる。

 王子は怒られない。大抵の人は僕が機嫌を悪くする事を言わない、仮に言っても僕が表情に出せばすぐに謝ってくる。

 王子の仕事はちょっと気をつかう。要人との会談やら会議やら社交やらが仕事の大半だ。でも貴族や王族はみんな優秀だから彼らのアドバイスに従っていれば問題はない。

 それと小さい領地の経営を任されている、といっても貴族から上がってくる予算案にハンコを押すだけだ。領地の予算から僕の給金を得ることもできたが、王子らしくないと思ったから断った。

 だから僕が自由に使えるお金は国庫からの給金だけだ。


 そして王子には、素敵な婚約者がいる……


「こんにちは。王子様。ごきげんいかがですか」

「ユキノ。会えて嬉しいよ」


 今日は王宮内にあるテラスで、婚約者と二人でランチだ。


 彼女と会うのは学園の卒業パーティ以来だ。その日は僕がこの世界に転生した初日だった。パーティが始まると、きらびやかな女性たちが何人も僕に話しかけてくるのだった。

 僕が気分良くお話をしていた所に、シャルロット嬢が割って入って来たのだ。彼女は自分が婚約者だと言い、意地悪なことに他の女性を追い払ってしまった。シャルロット嬢は特に気弱そうな女性を偉そうに、しつこく叱責していた。見ていられなくなった僕は、その女性をシャルロット嬢のいじめから助けてあげたのだ。

 純粋で儚げで、それでいて芯のありそうな女性だった。僕はその人と結婚することを宣言した。それがユキノ、僕の大好きな婚約者。


 僕らは食事をしながら、学園生活の思い出を語りあった。彼女は貴族ではなく庶民の出身だと思い出した。僕は何かプレゼントをしようと提案した。彼女は欲しいものは無いと言うが、両親を心配しているようだったので、両親に新居をプレゼントすることにした。

 彼女は王子専属のシェフがつくった料理に満足してくれた。食事後に紅茶を1杯飲んだところで予定の時間になってしまった。


「時間だね。まだ話し足りないよ」

「王子様……。離れるのが、とてもつらいです」

「僕もだよ。ユキノ。でも何があっても、僕は君を守るよ」

 僕らは互いに見つめ合った。15分間。結婚するまでは相手に触れてはいけないらしいからだ。見つめ合うしかないじゃないか。視界の端に執事が見える。時計を片手からぶら下げて、もう片方の手でそれを指しながら、足をバタバタしている。

「手紙かくよ。毎日」

「私も」

 僕らは互いに見つめ合った。10分間。

「もう、行かなきゃ…」

「……では……さようなら……」

 ユキノは名残り惜しそうに何度も振り返りながら去っていった。


「じぃ、さっそく手配してもらいたいんだ」

 執事が慌てながら何か言うのを制止して、僕は執事にユキノへのプレゼントを指示した。両親の家、それと彼女のドレス、それから最高級の宝石を贈ることにした。彼女のためなら何だってできる。

 だって僕は王子だから。



―*―



 僕はとても充実した気分で毎日を過ごした。

 豪華な家具や調度品に囲まれた王子の自室でくつろいでいた時だ。あいつがやって来た。天使、あの顔が可愛くないやつ。白い羽をパタパタさせながらふわりふわりと僕の頭上に浮いている。何しにきたんだろう。

「楽しんでますか。お兄さん。集金に来たっすよ」

「集金?」

「とぼけてもダメっすよ。9割っす。収入の9割。月一で取りに来るって約束でしょ」

 はっあ、と息をのむ。そんなこと言った。王子生活が幸せ過ぎて忘れていた。

「ああ、思い出したよ。ちょっと待ってて、持ってくるから」

 僕は部屋にある自分の金庫を開いて、全ての金貨をテーブルに置いた。ここから9割も取られると思うと悔しくなる。椅子を新しくしようと考えていたがまた今度になるな。しかたない。

「これで僕の手持ちの全部だ。9割持って行ってくれ。王子にしてくれたあんたには感謝してるよ」

 僕は金貨を数えはじめた。ひーふーみ――


「は?…なに言ってんの?」

 ん?と天使を見る。イライラした表情を向けてくる。

「手持ちの9割じゃねえし。収・入・の!9割だよ!」

「ん?違うのか?」

「お兄さんの収入はもう調べてるし。国庫からの給金、それから領地の利益、あと貢ぎ物も貰ってるよね。それ全部収入。わかるよね?」

「……はああ!!?無理だよそんなの!給金は使っちゃったし、領地の利益はもう開発に使うってハンコ押したし。貢ぎ物は部下や知り合いにあげちゃったよ」

「お兄さんさあ。約束は守ってよ。お兄さんの我儘聞いてあげたんだからさ?」

 天使は以前見せたようなあからさまに見下すような顔をした。僕は咄嗟に正座に座り直し、両手を膝の前の床につけた。

「だからそういうのいらねっつの!自分で用意できないんなら、お兄さんの持ち物勝手に持ってくんで」


 天使が窓の方に向かっておーいと誰かを呼ぶと、外からもう一人の別の天使が台車を引いてやって来た。

「うぃーす。差押え屋でーす」

 まずいまずい。僕はためらうことなく土下座をして許しを請う。結局僕にはこれしかないのだ。

「お願いします!!今回だけ許して下さい!1週間、いや5日待ってください!必ず用意します……いや3日!」

「無ぅ理ぃ。差押え屋さん、この部屋の物全部もってって」

 台車を引いた天使がこの部屋の物、衣装や装飾品や絵画、家具も全て、台車に次々放り投げる。王子の生活が一つずつ奪われていくのを僕は黙って眺めているしかなかった。

「差押え屋さん、これで足りるかな?」

「あっちじゃあんま売れねんです、こういうの。ぎり足んないくらいかね」

 足りない分と利子を含めてしばらく取り立てが続くと言い放って、二人の天使は消えていった。


 すっかり部屋には何も無くなった。僕は茫然と膝をついて、壁を見ている。根こそぎ搾り取られた。最後には着ている服も持っていかれた。白いブリーフを履いた男の置物が残っているだけだった。


 きっともう王子ではいられない。こんな僕では誰も認めてくれないだろう。衣装が、装飾品が、調度品が僕を王子にしていた。生身の僕は、社会の底辺で他人に睨まれないよう、目立たない所に隠れて息をする臆病者だ。人に与える物があるから、人より強く振舞えたのだ。この1ヶ月、どう振舞っていたのかを全く思い出せない。


 コンコンとノックする音。肌色の置物は意識を戻し、鍵を開けて扉を開く。白い髭を蓄えたおじさん、執事が立っていた。

「ユキノ様がご到着なされました。――どうなさいました!?」

「じい――執事さん。見ての通りだ……です。天使に……いや悪魔にからまれて。全て持っていかれて」

「ああ、何てことでしょう。すぐに服を持ってまいります。お待ちを」

 執事が急いで別の部屋から会食用の服を持ってくる。僕がそれを受け取ると、その服が一人でにすーっと浮き上がって窓の方に飛んで行く、次第に透明になって消えていった……。きっと差し押さえ屋の仕業だろう。

 僕は諦めるように溜息をはく。

「とりつかれてます。悪魔に」

「な!!……恐ろしい。しばしお休み下さい。早急に各所に支援を求めてまいります。それから……ユキノ様には、お帰り頂くように伝えてまいります」


 僕は目線を天井にむけて、ふうと溜息をはく。彼女まで失うのだろうか?彼女に会えない不安と、彼女に見放される不安が交錯する。

「待って、執事さん。ユキノに会いに行きます。客間にいるんですね」

「しかし……」

「いいんです。彼女に会いたいんです」

 僕は、ブリーフ一丁のまま廊下に出てユキノのいる客間に向かって歩いた。


<つづく>

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