王子 編①
「はい。じゃ転生しまあす。希望をどぞ」
「………」
「希望無しっすね。てことで、ルーレット、はいスタート!」
「……!!」
トゥロロロロローと電子音のようなものが鳴り始めた。するとパッと明るくなって、目の前にある円形の板がライトアップされる。その円の真ん中から外に伸びた矢印がぐるぐると回転している。
なんだ?これは一体?
矢印が回る速さが少しずつ弱まる。よく見ると円の板には何かが書いてある。王子、騎士、冒険者、とかとか。
「いやあ楽しみっすねえ。ドキドキするっしょ?公爵令嬢とか最近熱かったりしますよ」
「……あ……あのう……」
ニヤニヤしながら俺に話かけているそいつは、天使のような風貌だが、顔は可愛くない。
俺は状況についていけず、どうしてよいか分からなかった。回転する矢印をただ目で追うことしかできないでいる。
トゥロロ、ロ、ロ、ロ、ピー!!ピピピピピ!
矢印が止まった。パチッとライトが切り替わり、止まった先の文字にスポットが当てられる。
「おおお!なんと!<王子>!<王子>だって!レア中のレアっす。1万人に1人ぐらいの」
「……王子?おれ?」
なんとなく理解してきた。これはきっと転生する次の人生を決めているんだと。だとしたら王子って、それ最高じゃないか!うれしくなって、よっしゃーと右手こぶしを突き上げようとする、その途中だった。
トゥロ、ロ、ピー!!ピピピピピ!
「あ、変わったっすね。えーっとなんだ?――ふふふっ、はい<ブサメン陰キャ真面目系クズでブラック系列店の店長候補>!!」
俺は新たな矢印の停止先の文字を何度も読み返す。可愛くない天使が笑いをこらえている。
「まっ、これはこれで……ぶふふふっぅ……。はい、じゃ頑張って!」
「ちょおっと待てええええ!!おかしいだろそれ!」
「うるさっ。なんすか?文句っすか今さら?最初に聞いたっしょ、希望あるかって」
「いや今さっき王子だったじゃんよ!つーか<ブサメン陰キャ真面目系クズでブラック系列店の店長候補>って、なんでそんなフルコンボのハズレ設定があるんだよ!あんま変わんねーじゃん、今の俺と。俺は人生なんもいい事ないまま過労死したんだってば!」
「いやだからさ、希望聞いたっしょ。イケメンがいいとか、ホワイトがいいとか、言えばよかったんすよ」
「じゃあやり直してくれよ最初から!あんたがちゃんと説明して、それで俺が希望を言って、それからルーレットをトゥロロローってやるのが筋だろ!」
「いやー……。うーん……。あっちの世界的にね、この人生の需要結構あるんすよ。あとこのルーレットは運だけじゃなくて、適正とかも込みなんすよ。だからお兄さんこれ向いてると思うんすけどねえ」
「そりゃ向いてるよ!適正あるよ!今まで俺それだったんだから。変えたいんだって!」
「うーん……。いや実はねえ、後ろがつっかえてるんすよねえ。早く片づけたいんすよ。あと、このルーレット回すのタダじゃないんすよ。だから…そのう…わかりますね?……誠意、見してもらえます?」
この可愛くない天使はあからさまに見下した目で俺を見てくる。天使サイドの都合なんか知ったこっちゃない。俺の人生がかかってるんだ。が、この状況、立場の優劣は明らかだ。俺は頭を下げることには慣れている。
見してやろうじゃないか、誠意。
俺は一度立ち上がって、シャツのよれを直し、裾をズボンにしまって、ベルトを締めなおす。天使を正面に向いて、背筋を伸ばしたまま流れるような所作で正座する。襟を正す。両手を膝の前につき、急がず、かつ滑らかに腰から頭のラインを前方に傾ける。頭を地面にこすりつけたら仕上げだ。大きく息を吸う。
「どうかあ!!お願いします!!やり直してください!!」
完璧だ。この土下座のために今までの人生があったのだと分かった。いい人生ではなかった。体力と精神を搾り取られるだけの人生だった。けど全く意味が無いわけじゃなかったんだ。
「いや、そういうことじゃないっす」
「へ?」
「お金っすよ、おーかーねっ。転生先で毎月の収入の一部を僕に渡してください、取りに行くんで。その代わり好きな人生選ばしてあげるっす。さ、選んでください」
「お金渡せば、いいのか?なんでも?」
「いいっす。早く決めてください。後がつっかえてるんで」
「――じゃあ王子だ!もうその気になってるから」
「えっと王子はURなんで、収入の9割を渡してください。いいっすか?」
「9割!?多くない?ほぼ全部じゃん」
「URっすから。騎士とか冒険者はSRだから5割、公務員はRだから1割でいいっすよ。どうします?」
さすがに9割ってどうなんだ?取り過ぎだろ。やっていけんのかよ?騎士にするか?いや、中途半端が一番よくない。王子なら収入だってずば抜けてるはず――
「まだっすか?決めないと勝手に飛ばしちゃいますよ」
「――わかった!王子にする。決めた。9割払うよ」
「うし。決まりっすね。飛ばしますよ」
可愛くない天使はよいしょと矢印を手で動かして<王子>の所に合わせた。そして、板の中心にあった赤いボタンを「よっ」という掛け声とともにポカンと押した。
板を照らすライトが七色に順番で色を変えながら点滅する。同時にトランペットと太鼓の音が流れる。
パッパラー!ドドドドン!パッパラー!ドドドドン!
ファンファーレにしてはあほっぽい演奏だ。今更ながら、これって全部嘘なんじゃないかと不安になってきた。
「じゃあ、頑張って稼いできてください。よい人生を!」
視界が一気に真っ白になった。本当に王子になるのか?どんな世界なんだろう?可愛くない天使の「次の人どぞー」という声がかすかに聞こえた。視界が今度は真っ黒になって、そこで俺は意識を失った。
―*―
「シャルロット嬢。あなたとの婚約は“破棄”する!」
なんと。僕がこんなセリフを言う時が来るなんて夢にも思わなかった。僕は、堂々と胸を張って、自分の身分に相応しい行いをするのだ
目の前の女性は心底驚いた顔をしている。目と口を思いっきり広げている、みっともない。隣には僕の腕を両手でぎゅっと掴んでくる女性、ユキノがいる。この子の方がよっぽど素敵じゃないか。
「僕はこのユキノと結婚する。この人こそ僕の妻にふさわしいんだ」
シャルロット嬢は手に持っていた扇子を落としたのにも気が付かず、わなわなと震えている。吊り上がった目を大きく開いて僕を睨んでくる。ユキノは驚いたように僕の横顔を見上げた。僕は彼女を安心させようと、爽やかにほほ笑んでみせる。ユキノが上目に僕を見つめる、その潤んだ瞳が僕の決心を揺るぎないものにした。
「ユキノ。ずっと一緒にいよう」
「なあんですとー!!この私にっ!…くっ、こんな屈辱を……お、覚えてなさいっ!」
シャルロット嬢は大股で、逃げるように去っていった。あんなに怒鳴って、もっとおしとやかにできないのか。あれでは貴族の気品が台無しだ。
彼女が立ち去ると、周囲で見ていたパーティの参加者たちが僕とユキノに近寄ってくる。「お似合いです」とか「男らしかったです」とか僕らを褒め称えてくれる。きっと僕は強くて勇敢で無敵だ。
そう、僕は王子なのだ。
<つづく>