回復術士 編②
私は治療院で働く回復術士だった。怪我人や病人を回復魔術と回復アイテムで治療するお仕事。ノロマな私は、お仕事で失敗ばかりいていたから職場では馬鹿にされていた。
しかもあの可愛くない天使がお給金の一部を勝手に持って行ってしまうのだ。だから私はぎりぎりまで切りつめて生活をした。前世では、お弁当とかインスタント食品ばかり食べていたけど、こっちで自炊をおぼえた。お化粧やおしゃれをすることなんてできなかった。
でも持ち前の陽気さで頑張った。少しずつ街の人達に可愛がってもらえるようになって、失敗にも目をつぶってもらえるようになってきた。
でもそのせいで他の回復術士からは嫌われた。失敗を必要以上に責められた。悪い噂を流されたこともある。ひどい時は制服を隠されたことも。
それでも暗い気持ちからすぐに立ち治れる私の性格は、救いだった。
そんな生活を続けていたある日、あの天使がふわふわ浮かびながら「ちいっす」と言ってやってきた。
「元気っすか、お姉さん。いい話持って来たっす」
私はこの可愛くない顔を見ると暗い気分になる。この者は悪の手先。私の大事なお給金を奪う悪魔。
「なによ?このあいだ、お金持って行ったばかりでしょ。もう渡せるお金なんか無いわよ」
「いえ、違うっす。お姉さん返済が遅いから、儲け話を持ってきたっす。つまり借金チャラで人生逆転かもって話っす」
「――本当!? やるやる!」
前世の私なら、どうせそんな良い事なんて無いって冷めた反応をしただろう。でも今の私はなんでも前向きに考える。きっといい意味で。
「早く教えて!? もうこんな生活いやなの!」
「乗り気っすね、お姉さん」
天使はにやりと笑う。
「もうすぐこの街に勇者が来るっす。その勇者が魔王退治のメンバーを探しているっす。そこをこう……うまいこと勇者をたらしこんでください。そしたら、寄付やら宝箱やら稼ぎ放題っすから」
勇者。きっとこの世界の主人公だ。お供になれば、――ヒロインになれる。
「確かに、チャンスね! でも……」
相手は勇者だ。今の自分にそれが相応しいのだろうか。
「私、勇者に気に入られるかしら?こんなにみすぼらしいし、ノロマだし。魔術の力だって……」
「いえいえ、勇者ってのは貧民て相場は決まってるんすよ。だから、質素な方が好かれるっす。負け組の見方とか、平和を愛するとか、勇気が友達とか。そんな感じで言いくるめて、とにかく頑張ってください」
「…………」
私はどうしようかと考えていると、天使はじゃあと言って帰っていった。私は引きとめようとしたが、天使はすぐに透明になって消えてしまった。
私は今一度考えなおしてみる。
天使の言う通り、これはビッグチャンスだ。私は勇者をたらしこむことを決意し、その作戦を練る事に集中した。
私は次の日から行動を開始した。治療院で、むりやり出張診療の仕事ばかりを引き受け、外に出て勇者の情報を集めた。そして武器屋の店主から勇者が来たことを知らされた。さらに、しばらく滞在する宿屋も教えてもらった。
私は親が倒れたと言い訳して、治療院から給料を前借りし、数日の休暇をもらった。そして、冒険者ギルドで雇ったスキンヘッドで目つきの悪い男と一緒に、宿屋の前で勇者が出てくるのを待った。
そしてついに、宿屋からお供の魔導士を引き連れて勇者が出てきた。
――ここが人生最大の勝負所よ。
「きゃー!やめてー!ころされるー!」
私は高い声で叫んだ。
今、私はスキンヘッドに首根っこをつかまれ、吊るしあげられている。
「どうしたんだ!」
私達を見つけた勇者と魔導士がこちらに駆け寄る。
「貴様!その女性を離すんだ!乱暴はよせ!」
私は勇者を見た。正義感にあふれた凛々しいお顔だった。まさしく勇者様だった。
私は弱々しい声音で勇者様に言う。
「そこの旅のおかた。どうかお助けください。この"魔王"のような男が、"平和"を愛する私にハレンチなことをするのです」
「――なんだって!? 魔王のような奴は僕が許さない! 僕が相手だ」
勇者様が歯を食いしばって、スキンヘッドをにらむ。
スキンヘッドも勇者様をにらみ返す。
彼は勇者様と対峙するために、私をゆっくり降ろそうとしたので、私はスキンヘッドにささやく。
(もっと乱暴に放り投げて)(いいのか?気が引けるんだが)(早く!ぽーんと投げて!)
スキンヘッドは首をつかんだその手で私を乱暴に放り投げた。私は塀に叩きつけられ、尻から地面に落ちた。めっちゃ痛かったけどこれも我慢だ。
スキンヘッドが悪漢らしい口調で挑発する。
「なんだと?おもしれえじゃねえか。どうなっても知らねえぜ」
スキンヘッドは、にやつきながら、肩をコキコキ鳴らす。
「くっ。貴様!よくも平和を愛する女性にそんな乱暴なことを!」
「旅のお方!危険です。私などどうなってもよいのです。私はあなたが心配です!」
「いえ。どうか安心してください。僕があなたを救ってみせます」
勇者はそう言うと、体の前で大きく円を描くようにゆっくりと剣を回しだした。
「――必殺……」
(――必殺? まずい!おいスキンヘッド! 謝れ、今すぐ謝れ!)
私は慌ててスキンヘッドに身振り手振りで合図を送る。勇者が構えを変え、剣を体の横に水平に構えた。
「ドラゴニック――」
「すみませんでした!!」
スキンヘッドは地面に膝をついて土下座する。
「すみませんでした!!もうしません!一から真面目に働きます!なんなら髪だってのばしますから、許してください!」
「……」
勇者は必殺の構えを保ったまま、土下座するスキンヘッドの様子を見ている。私もたまらずフォローする。
「いいんじゃないですか?許してあげても。ほら、謝ってることだし」
私の方を見た勇者は殺気を抑えた。
「……貴殿が言うなら、許してあげましょう」
勇者は必殺の構えを解いて、剣を納めた。私は安心して、ふうと溜息をついた。そしてスキンヘッドに合図を送った。するとスキンヘッドはちょっと考えた後で、慌てて私と反対側の塀に向かって走りだした。そして塀に激突して、気を失ってぶっ倒れた。
私はだいぶ不自然だろと思ったが、不足の事態だったから仕方がないと自分を納得させる。勇者はそれを見て少し困惑していたが、すぐに私の方へと駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか!?お怪我をなさったでしょう。どうぞ、この薬液を飲んでください」
勇者は塀にもたれて尻もちをついている私に、薬液の入った瓶を差し出した。
「どうも有難うございます。でもそれには及びません。私は回復術士なのです」
私はそう言って、回復魔術を自分にかけた。私の体が淡い光を放ち、スキンヘッドにつけられた擦り傷が綺麗になくった。
「おお。これは立派な回復魔術ですね」
勇者様が私の回復魔術を興味深そうに見ていた。私はするりと立ち上がって、寝転がっているスキンヘッドに近ずく。勇者様が慌てて私を制止する。
「何をされるんです!危ないですよ!」
「いいえ。きっとこの人も反省したと思います。私は怪我人を放ってはおけないのです」
私はスキンヘッドにも回復魔術をかける。彼は正気を取り戻し、立ちあがる。そして、打ち合わせ通りのセリフを言う。
「ああ。ありがとうございます。なんと心が綺麗な回復術士なのでしょう。あなたこそ、魔王から世界を救ってくれる回復術士だ」
私がスキンヘッドに良くやったと合図をすると、彼はそそくさと足早に去っていった。
私は勇者様に向き直る。勇者様は何か確かめるように私の目をじっと見つめている。私は顔が熱くなって、勇者様から視線をずらしてから言った。
「私はレアーナといいます。あなたのような方に出会えて本当に光栄です」
彼を騙した罪悪感はある。でも彼のお供をしたい、彼を尊敬する気持ちは紛れもない、今の本心だ。
「レアーナ。君の様な人を探していたんだ……」
勇者様は私を魔王退治の旅に誘った。
私は二つ返事で快諾した。
(次は魔導士様も活躍します)
<つづく>