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『空飛ぶ大どろぼう』  作者: 八神 真哉
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第6話 転校生

わっ、という歓声に、われに返った。


見ると、朝礼台の横に、今朝、テレビで見たばかりの木津根が立っていた。

生徒たちが、そのすがたを見て笑っているのだ。

笑いをかみ殺すのに苦労している先生もいる。


「静かにしろ!」

スピーカーを通して、どなり声がキーンという反響音とともに校庭中に鳴り響いた。

その言葉を正確に聞き取れた者は一人もいないだろう。

それでも、その迫力に圧倒されて、全員が黙り込んだ。


朝礼台の上のマイクの前には、でっぷりと太った額の広い男が立っていた。

齢は六十ぐらい。

たしか、この男も城山町出身で、名前を鬼山とかいったはずだ。


「礼儀も、けじめも知らないようだな、近ごろの子どもは。おまえたちの校長にたのまれて、時間を割いてやったというのに。なんだ、このバカ騒ぎは!」


     ◇


開け放った窓から、春の風がふきこむ。

めずらしく土のにおいのする日だ。


教室のすみでは、翔太の班の仲間が集まって輪をつくっている。

一番身長の高いのが、クラス委員の大島漣。

一番低くて、落ち着きがないのが小林優斗。

男子から、女番長スケバンと呼ばれる山岸さくら。

ふくよかで面倒見がいいことから、お母さんと呼ばれている宮崎陽菜、といったメンバーだ。


「頭くんなー! なんだよ、あのカポネみたいなやつは」

「なんだよ。その例えは」

「学習漫画を読んだ、って自慢でしょ……いそがしけりゃ来なきゃいいのに」

「話が長いから、朝礼中に二人も倒れたしな」


「しかも、何のことかと思えば『柳が丘に建設を予定していた第四小学校は、数々の問題が見つかり、中止になりました』って」

「できる前からわかってたことよね。山の斜面をけずってつくるんだから、大きな運動場は無理で、小さいのを三つも四つもつくらなきゃいけないとか」


「第一、雪が積もれば、スキーのジャンプ台にしか見えないぜ。あの坂は」

「ほんと、無茶苦茶! 一年生にあんな坂登らせようなんて」

いつもはおとなしい、陽菜も不満を口にする。


「それにしても、何しに来たんだよ。あの、カポネは」

「鬼山だろ!」

「そう! それに、木津根。あの人も」

「知らないのかよ。鬼山の手下なんだぜ。あいつ」


漣の言葉に、みんなが身をのりだす。

「どういうこと?」

漣は、その反応に満足したようにメガネに手をやり話をつづけた。

「鬼山が、この城山町の出身の国会議員だってことは知ってるだろ?」

みんながうなずく。


「もう一人、県会議員で、土地開発公社の理事をしていた田抜ってやつがいるんだよ。その三人が、柳が丘の第四小学校の造成工事で、金もうけをたくらんでいるわけさ」


「よく知ってんのね」

「親のうけうりじゃないの?」

優斗が口をはさむ。


「いいだろ。なんだって」

「よくないと思うよ。そういう知ったかぶりは。なあ、翔太も、そう思うだろ――あれ?」


優斗の言葉で、みんなはようやく、翔太が話に加わっていないことに気がついた。

翔太は、窓際の棚に腰を乗せ、ぼんやりと外を見ていた。


「似合わないなあ。もの思いにふける翔太くんなんて」

「どこか具合が悪いんじゃないか?」


「あっ、おい! 先生だ! 先生が来た」

廊下の窓にうつる、藤原先生の影を見つけた、漣が声をあげると、それまで勝手なことをしていた生徒たちは、あっという間に自分の席についた。

翔太も、その騒ぎで、ようやくわれに返る。


     ◇


朝のあいさつが終わると、先生は、廊下で待たせていた子に声をかけた。

転校生だ。


その子が教室にあらわれると、クラス中がざわついた。

騒がしいのは今日に限ったことではないが、今回は特別だった。


青白くさえ見える、にごりのない白目、大きな瞳。

その瞳を守る長いまつげ。

きめ細やかで白い、あかちゃんのように初々しい肌。

形の良い唇。

絹糸を連想させる長い髪を持ったその子は、男子にはときめきを、女子にはあこがれと同時に軽い嫉妬をあたえた。


その子が、小さな声でうつむきがちに、

「岩崎美月です。よろしくお願いします」

とあいさつすると、先生が引きついだ。

「なかよくやってくれ――とりあえず、席のあいている――ああ、そこに座ってもらおう」


先生が指さしたのは、一番後ろの席――翔太のとなりの席だった。


ふたつ前の席の優斗は、ついてるなとばかりに親指を立ててきた。

前の席の漣は、口元に手をやり、小さな声で、ちゃちゃを入れてくる。

「席、かわってくれたら、トイレ掃除は、全部おれがしてやるぞ」


みんなから注目されるなか、岩崎美月は、翔太に頭をさげて、窓際の隣の席に座る。

それに合わせるように、涼しい風がカーテンを揺らした。


転校生には女子よりも男子の方が興味を示したが、結局は、女子が校内を案内し、独断と偏見にみちた、男子の評価を教え込んでしまうのだ。

そんな女の子たちの評判をくつがえす自信も気力も、今の翔太は持ちあわせていなかった。


目の前にある、もっと大事なことを片づけなければならなかったのだ。

教科書を、岩崎美月のほうに押しやると、これまでの疑問をノートに書きつける。

もちろん、だれが見てもわからないように。


一生このままか?

ききめは、いつまで続くのか?

残っていた赤い実を持っていったのはだれか?

がん坊伝説について、調べること。

――と、言った具合に。


藤原先生は、よく言えば約束を守るタイプ。

悪く言えば、根に持つタイプらしい。

授業が始まると、昨日の約束通り、翔太に質問をあびせかけた。

いくら翔太が、国語や社会が得意だと言っても、先生の話を聞いていないのだから、答えられるわけがない。


だが、翔太は、そのすべてに答えることができた。

となりの席の美月が、そのたびにノートに答えを書いて、翔太の前にさし出したのだ。


無視するのもどうかと思って、それを見ながら答えたが、素直に喜べなかった。

カンニングと同じだったからだ。

しかも、質問さえ聞けば簡単に答えられるはずの科目だっただけに、よけい悔しかった。


それもこれも、美月が気になる子だったからだ。

ほかの子だったら、一言「サンキュー」と口にして、すぐに忘れてしまっただろう。


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