第5話 赤い実の行方
ペケは、お母さんの用意したエサに口をつけていなかった。
それどころか、体を丸め、小屋の奥に鼻をつっこんでおびえているありさまだ。
だが、首輪はつけており、ハーネスリードも小屋の前の杭につながっている。
きのうの夜、重石代わりに二重に巻いてやった翔太のベルトもちゃんとついている。
とりあえず、だいじょうぶだろう。
ペケにかまってばかりもいられない。
一刻も早く、あの赤い実を手に入れなければならないのだ。
空を飛ぶ秘密は、あのりんごにそっくりな赤い実に隠されているはずだ。
それが証明できれば、翔太だけが容疑者にならずに済むだろう。
ズボンのポケットから小銭を取り出す。
重石代わりの百円玉や十円玉硬貨が五十枚ほどある。貯金箱から取り出したのだ。
今は、教科書やノートの入ったカバンも背負っている。
玄関を出て、ゆっくり歩きながら安全をたしかめる。そして徐々に加速していく。
横からの風に少しバランスをくずしたものの、すぐに体制を立て直し、神社に向かって走り出す。
◇
「ない!」
神社の宝物殿の横で、翔太は、おもわず、声をあげていた。
「なにが、ないんだ?」
心臓が飛び出しそうだというのは、こういうときのことをいうのだろう。
ふりかえると、藤原先生が立っていた。
あわててしゃがみこんで、地面の落ち葉や草をかき分ける。
「なんだ……先生か。おどかさないでよ――きのうサイフをね。この辺で落としたんじゃないかと思ってね」
「警察には届けたのか?」
警察という単語に、思わずこぶしをにぎりしめていた。
「それより、先生」
「うん?」
「きのうも歩いてたけど、車はどうしたんですか?」
先生は、首の後ろに手を回し苦笑する。
「……情けない話だが、買った早々、故障してな――おい、翔太。みんなには内緒だぞ」
「いいですよ。むずかしい問題の時は、当てないってことで」
「――まったく、お前っていうやつは」
笑いながら続ける。
「しばらくバスに乗るのはやめて、花や虫の生態を観察しながら、自然歩道を歩いてみようと思ってな……先生ってのも、こう見えて大変だろう?」
「生徒ってのも、結構、大変なんだけどなあ」
「そうか? ……いや、そうだったな。すまん、すまん」
翔太は、横の木に目をやり、声をあげて笑い出す先生を見上げる。
「もうひとつ、聞きたいことがあるんだけど……りんごって、今の時期に実がなることもあるんですか?」
その質問を学習意欲と受け取ったのか、先生はうれしそうに答えた。
「りんごか? まあ、実が熟すのは、本来は秋だが、極早生種といわれるもののなかには、六月、七月に実がなるものがあったはずだぞ」
「じゃあ、四月に実が赤くなるってことはないんですね」
「温室であればできるかもしれないが……」
「そとでは無理ってことですよね? たとえば、この山に植えたとしても」
「露地栽培では無理だろう。収穫後の実だけなら、涼しい場所に置いて薬品を使えば、長持ちさせることはできるらしいがな」
やっぱり、あれは、りんごではなかったのだ。
いや、りんごかもしれないが、少なくとも、普通のりんごではない。
「翔太。気になることがあったら、これからも遠慮なく質問しろよ。おまえが遊びに発揮する積極性を勉強にも――」
先生の話は続いていたが、翔太の耳には入ってこなかった。
その実を食べれば誰でも空を飛べるという、証拠の赤い実が行方不明になったのだ。