二、さなか
職場もにわかにザワついている。
「おい、避難指示が出たってよ」
「どこが?」
俺は車をさらに高台に移動させ、そのさなか濡れた身体をタオルで拭いていた。
更衣室では同僚たちが会話をしているのが聞こえ思わず聞いた。
「確か井上ん家は、あの川の近くやったな」
「ああ」
「あの一帯に出とるはず」
「マジで!」
俺は携帯を取り出し親父に連絡をとる。
ワシは我が目を疑った。
轟音と共に地域のシンボルというべき、川沿いに建てられたイベントホールの一部が倒壊し、川に流され始めたのだ。
何十年もこの施設はかわらぬ景観を保っており、今まさに見る状況は晴天の霹靂、信じられない出来事だ・・・あり得ないことが起きている。
川には濁流が溢れ、各堤防の決壊は時間の問題だ。
ここは危険極まりのない場と化している。
ワシは自然の驚異を、身を持って感じる。
ワシは予断の許さない状況、もうそこに危機が迫っているのを認識した。
もう、この豪雨は他人事ではないのだ。
「早く!」
団員は再び叫ぶ。
「わかった!あんたらも気をつけてな」
ワシはもう後ろを振り向かず、自宅へ駆けだした。
背後に轟く施設の崩壊音を聞きながら。
傘は風に逆らい、骨が折曲がり壊れてしまった。
そんなの関係ない、一刻も早く逃げなければ・・・ワシはずぶ濡れで自宅へ着いた。
開口一番。
「良子!」
ワシは妻の名を叫んだ。
「お父さん!」
慌てて玄関まで飛び出して来る良子。
心配させてしまったワシは後悔しながら、息を整えずに、
「ひ、ひ、避難っ!逃げるぞ!」
「はい!」