序
それまで当然だったものが、そうではないと否定された。
誰にでも起こりえること、自然という大いなる力の前では、人はやはり無力であること。
で、ありながら人はとても強いということ。
井上家族
俺は、井上一樹28歳の独身だ。
大学を卒業してから丸五年、自分のやりたい事が分からず、職を転々としていた。
自身は感じてなかったのだが、傍目からは堪え性が無いと思われている。
冷静に振り返れば、突発的に辞めた仕事もあったし、自分に合わないと辞めた仕事もあった。
それでも、今の会社に入社してからは3年以上続いている。
入社した当初は、次の職につくまでのつなぎと軽い気持ちで考えていたけど、なんだかんだと今もやっている。
俺は親元で暮らしている。
おそらく一人暮らしだったら、安月給のこの会社は辞めていただろう。
だが、何度も転職を繰り返し、親にも申し訳ないそういう気持ちもあるのかもしれない。
親には世話になりっぱなしなのだ。
しかも、いい年をしながら母に弁当を作ってもらい会社に行っている。
安月給なので致し方ない、月にいくらか渡してるから、まぁ、いいか。
私は井上良子主婦、一樹の母親。
旦那の勘助と息子の三人暮らし。
下の娘二人は結婚して家を出ている。
まぁ、互いの家が近いので、娘たちは孫を連れてきてくれるので、家はほぼ毎日賑やかだ。
心配事といえば、やはり長男の一樹だ。
いい年こいて彼女もいないなんて、私が一樹の年齢の頃は子育てで忙しかったのに、時代が変わったのかしら、それとも単に一樹が奥手なだけなのかしら。
まあ、なんにせよ子どもたちは自立(長男はまだかな)しているし、後は楽しい人生を過ごそうと考えている。
うまくいかないこともあったけど、不満がない訳でもないけど。
旦那は仕事を無事、勤めあげたし、子どもたちも無事に育った。
私の人生もそこそこかなと思ってみたりする。
あと・・・年に2回ぐらいは、旅行に行きたいけど、出不精の旦那が、なかなか動いてくれない。
人生、楽しみましょうよ。
ワシ勘助は井上家の家長である。
去年、勤めていた会社を定年退職し、今は悠々自適な毎日を送っている。
ただ、一日中、家にいてDVD映画鑑賞ばかりしているので、妻の良子からは小言で「まだ、仕事に行ってくれたらよかった」と本気か冗談ともとれる言い方をされる。
おまけに我が強いとも言われる。
どこがとワシは思うんだが、仕事をしている頃は、適度な距離感で円満だった夫婦仲だが、今は一日中、家の中で顔を突き合わせているので、しょっちゅう口喧嘩ばかりしている。
それも、まぁ仲がいい証拠であるのだが。