第1話 ボクが「たく」になったわけ
15年も前の作品です。
この猫は一昨年、17年の人生を終えました。
幸せだったと信じたいです、
ボクは たしかに そこに いたんだ。
ボクが ちょっと 泣けば お母さんがペロペロしてくれたんだ。
力強くて あったかい お母さんのペロペロ。
ボクは ペロペロされて おっぱい のんで みんなと いっしよに お母さんの うえで ねるんだ。
そうだ みんなも いたんだ。
ボクの きようだい たち。
とても なかよし なんだ。
いつも お母さんの とりあいを していたんだ。
ボクは のろくて いつも まけてばかり いたけれど お母さんは ちょいっと あしをあげて ぼくの ばしよを つくって くれた。
ボクは わざと ゆっくりと こしを おろし いっぱい おっばいを のむ。
そして ふわふわと きょうだいの おもさを かんじながら ねむるんだ。
ずっと このまま だと おもって いた。
ずっと この じかんが つづくと おもって いたんだ。
10がつの ある日 ボクは ひよいっと もちあげられ
タオルに くるまれた。
デコボコ する ばしょに おかれ ガシャン と ゆれ はじめる。
シャカシャカ シャカシャカ チリンチリン……。
ボクは ゆれる。
すこし きもちが わるく なった ころ キキッと とまった。
ボクの はいった タオルが また もちあげられ そして したに おろされた。
シャカシャカが とおざかって いく。
ボクは しばらく みみを すましてから ちょっと うごいて みた。
やけに さむい。
タオルから かおを だして みた。
ピューと かぜが ふいて いる。
ここは そとだ。
ボクは そとに いる。
きゅうに こわく なって お母さんを よんだ。
『お母さん お母さーん みんなー どこに いるの』
『ボクは ここだよ さむいよ はやく むかえに きてよ。お母さーん お母さーん……』
「まあ、猫が捨てられている」
ひとの こえが した。
「本当だ、どうしよう」
おんなのこの こえも する。
「どうしよう」
もう ひとり いる。
おんなのこ たち は タオルごと ボクを もちあげ ワシャワシャ おとの する ふくろに ボクを いれた。
「どうしよう」と いいながら ふくろを ゆらす。
『やめてくれ おろして』
ボクは さけんだ。
お母さんが ボクを みつけ られなくなる。
『お母さん お母さーん』
シャカシャカが ちかづいて きた。
よかった これで かえれる。
シャカシャカが とまり しらない おんなの ひとの こえが した。
「どうしたの?」
「仔猫が捨てられていたの」
「目が悪いみたい」
いったい なんの はなしを して いるんだ。
おろして くれ。
『お母さーん』
おんなのこは おんなのひとと しばらく はなしを してから ボクの はいった ふくろを おんなのひとに わたした。
ボクは シャカシャカに ゆられながら お母さんの ところへ かえれる と おもっていた。
ついた ばしょは あたたかい けれど いろんな どうぶつの においと へんな においの する いやな ばしょだった。
ボクは ふくろから だされ だいの うえに おかれた。
「450グラム」
しらない おとこのひとの こえが する。
おとこのひとは ボクの からだを あちこちと さわって くる。
ボクは かみついて やろうと したけれど ダメだった。
センテイセイガンケンケッソンショウ。
モウマクハクリ。
シツメイ。
イッショウ。
ショブン……?
ずいぶん ながい あいだ はなし あっている。
おんなのひとは ときどき ボクの あたまを さわろうと する。
ボクは さわらせない。
『お母さーん』
よんで みても へんじは ない。
ボクは また シャカシャカに ゆられ どこかへ つれて いかれた。
「ただいま」
ここが おんなのひとの いえだと すぐに わかった。
タオルを しいた ダンボールに いれられた。
ボクは とても つかれて いた。
おなかも すいて いた。
ミルクの においが した。
でも それは さらに はいって いた。
でも ボクは いっきに のんだ。
お母さんは いない。
よんでも お母さんには きこえない。
それだけは わかった。
ボクは ねむった。
ゆめなら、さめますように……。
しばらくして「おかえり」と きこえた。
「猫、どこ?」
また しらない おとこのひとの こえが した。
この いえの あるじ だろう。
「どうするんだよ」
「どうしよう」
おんなのひとと おとこのひとが はなして いる。
ボクの こと なのだろうか?
ボクが “どうしよう” なの だろうか。
ふたりの こえが あたまの うえで した。
おとこのひとが ボクを さわろうと した。
ボクは よけた。
そして いって やった。
『さわるな!』
だきあげられ りようめに ちょっと しみる みずと ベタベタする ものを ぬられた。
また ミルクが きた。
さらに はいった ミルクは のみにくい。
ちよっと はなに はいって くしゃみを したら わらわれた。
やわらかい ごはんも もらえた。
おいしかった。
おとこのひとが トイレを つくって くれた。
おんなのひとが ボクの おしりを つんつんして おしっこを だして くれた。
うんちも した。
ほめられた。
あたまを なでられるのは きらい だけど はなの あたまを ポリポリ されるのは まあ わるく ない。
ボクの へやが きた。
ベッドが あって おおきな トイレ つきだ。
トイレは きにいった。
ゆうがた おんなのひとと おとこのひとが かえって くると ごはんを くれて あそんで くれた。
ボクは ふたりの ひざで ねむる ことも あった。
よるは ひとり ぼっちに なるけれど あさ ボクが よべば あたたかい ミルクつきの ごはんが もらえた。
まいにち なんかいも しみる めの みずと ベタベタ するのを ぬられるのは すきには なれない けれど この せいかつは わるくは なかった。
おんなのひとと おとこのひとは ボクを チビとか こぞう って よんだ。
この いえに きて いっしゅうかん くらい たった ある日 ボクを ワシャワシャ ふくろに いれて ゆらした おんなのこが ボクを たずねて きた。
ボクは すこし きんちよう したけれど だっこ されたり あそんだり した。
その おんなのこは ボクに なまえを つけて くれた。
「たく」
おんなのひとと おとこのひとは てれくさそうに そう よんだ。
ボクも てれくさ かった。
お母さん、ボクの本当の名前は、なんですか。
お母さんが恋しくなる時もあるけれど、今は、この女の人がお母さんで、この男の人がお父さんだと思っています。
こうしてボクは、この家の「たく」になった。
どんどん「たく」に、なっていった。
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