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第九話 灰に紛れて

 ストルク王国、その王都リールは城を中心に構え、周辺の街は蜘蛛の巣のように少しずつ広がりながら今も発展を続けている。


 千年の間、発展と衰退を繰り返したこの王都では、大昔から建っている建物も多い。火災や災害も度々起こり、失われた建造物も数多くある。だが、その度に新たな街が生まれ、栄える起爆剤となった。


 最近だと建築技術が進んできたこともあり、一部の貴族では新しく屋敷を建て替え始めている。古い街並みの中にちらほらと新しい建物が立ち並ぶ景色が見られるようになっている。



 そんな城下の一角、人目につかない建物の路地裏で男は佇んでいた。王都に潜入している仲間の定期報告を受けるためだ。今日は昨日までの雨とはうって変わり快晴だ。水溜りから反射した光が眩しく感じる。


 男はため息をつく。ベネスにいた仲間からの報告によれば、数日前、魔力回収を依頼していた男が死に、取引で渡した魔道具が全て失われたらしい。


 しかも取引先の商人まで摘発され、ベネスでの取引は完全になくなってしまったのだ。


 元魔法剣士で従軍し、魔法学院の教師だからうまくやれると思っていたが、とんだ思い過ごしだったようだ。後始末もしないといけないし、ボスに何て報告すればいいのか、今から憂鬱だった。能天気な太陽が憎たらしい。



 本当はすぐにベネスの用事を済ませたかったが、王都の情報を無視する方が損害が大きい。


 男はため息をついていると屋根の上に気配を感じた。


 やっと来たか。そう思い上を見ると、三階建ての建物の屋根にフードを目深に被った人物がいた。ただ、首から下が女中の服装をしているため、人前に出れば目立つことだろう。


「遅かったな。報告を済ませてくれ」


 遅れたことや服装は気にせず、先を促すことにした。


「これでも急いで来たのよ? 城仕えは仕事が多いからね」


 ひらりと男の横に着地したフードの女は何でもないというように弁明した。これもいつものやり取りだ。男は肩を竦め、先を促した。



「下準備は順調。ボスの指定した期間までには余裕があるから、それまでには標的を支配できるよ。ま、城が広すぎるからまだ標的と接触回数が少ないのが難点かしら」


 あと一人いると楽なんだけどねー、と茶化すように手をヒラヒラさせる。こいつはいつもこんな調子だ。こんなんが城で仕えているのは、他人事だが不安だ。ボスもそうだが、雇う王族もだ。



「今失礼な事考えてたでしょ? 顔に出てるわよ?」


 男は小さく舌打ちした。こいつとは正反対な性格だからやりづらい。何とか話題を戻さないと時間がかかってしまう。


「で、何か収穫はあったのか? 急いでベネスに行きたいんだが」


 さっきまでふざけた仕草をしていた女は急に静かになり雰囲気が変わった。



「ベネス行きは暫く控えた方がいいかもしれないわ。今回の一件、私達にとってはあまり嬉しくない知らせがあるのよ」


 彼女にしては珍しく慎重な意見を言ってきた。その表情はフードに隠れて分からないが、静かにこちらを向いて訴えている。実際何があったのかは詳しく知らないでいたので、彼女から聞き出すことにした。特に、慎重にならざるを得ない懸念についてだ。




「……あり得ない」


 つい口に出して否定してしまった。


 実戦経験を積んだ大人の魔法剣士がたった十二歳の少女に負けたと言う。どんな優秀な生徒でも命のやり取りとなれば必ず足がすくむものだ。仮に、その恐怖に勝てたとしても、戦闘経験に雲泥の差がある。普通であれば勝てるはずがない。


 それを跳ね除けるには常人離れした才能、それに圧倒的な魔力が必要となる。報告にあった少女、一体何者なんだ。


 それだけではない。少女が放った魔法の威力が尋常ではなかった。学院の校舎の一角を吹き飛ばしただけでなく、射線上にあった壁や建物の一部を全て吹き飛ばしたという。一体どれだけの魔力を込めればそれだけの威力が出せるのか、考えたくもなかった。


「あとこれは不確定な情報だけどね、その少女、近いうちに王都に来るかも知れないわよ。魔法学院始まって以来の天才らしいから、王族が手元に置こうと動き始めてるわ」



 男は本日二回目の舌打ちをした。予想はしてたがあまり嬉しくない情報だ。話によれば、魔法学院を今年卒業し、来年には王城勤めの魔法師になるらしい。


 そうなるとボスの計画が心配だ。用意周到なボスなら代替案を持っているかもしれないが、最悪の事態を想定して動かなければならない。下手を打てば組織が瓦解する恐れもある。



「分かった。ボスには緊急ということで伝えておく。もう一つの計画と足並みを揃える必要もあるからな。変更があればすぐに伝えよう」

「了解……私はそろそろ戻るわ。あの爺さん怒ると怖いから」


 そう言うと女はフードを外し表通りへと歩いていった。その後ろ姿はどこから見ても女中そのものだ。



 男は女が見えなくなるまで見送り、暫くしてから同じように街に潜り込んでいった。



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