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第八十四話 逃亡の算段

 小屋の窓から強い陽光が差し込んでくる。先ほどまでの曇り空が嘘のような晴天だった。

 窓の外には、巨大な四つの塔が目に入る。セレシオン王国の王都クーチにそびえる城だ。


 数日前まで我が物顔で歩いていた場所が今では遠く感じる。


「くそっアルめ、いつかその首掻き切ってやる」


 無性に腹が立った私は、近くに落ちていた果物を壁に向かって投げつける。

 果汁を壁に撒き散らして果物は潰れて床に落ちた。


 それを気にすることなく頭を掻き毟る。

 順調に進んでいた王都の私の任務は、数日前から狂い始めていた。


 セレシオン王国は既に手中に収めた。王族を全員支配下に置き、軍の主要な部隊も自由に扱えるにまで支配を広めた。


 この国は既に私の手のひらで転がせる。まさに自由に過ごせる環境が出来上がった。私の一言で国が動き、ボスの望む結果を示せる。


 私はこれまで彼の命令を忠実にこなし、組織の中でも潜入のスペシャリストとして生きてきた。それはストルク王国に潜入していたフィオにも負けないと自負している。


 それなのに、今は息を潜めるように小屋で過ごすことを余儀無くされていた。ボスから突然見放され、拠点に帰ることも許されなくなったのだ。



 確かに彼からの帰還命令は一度無視した。城を支配し続ければ、彼の望む魔力集めは順調に進められるからだ。


 それなのに、私の素晴らしい提案を彼は却下し、命令無視の代償に組織から除名されてしまった。



 街で操った商人たちは容赦なく切り捨てる。


 彼の残忍さは近くで見てきたので理解しているつもりだった。だが、その冷徹さが仲間である私にも向けられるとは思ってもいなかった。



 最初の帰還命令の理由は、ストルク王国の英雄である少女を警戒してのことだった。


 確かにその少女はセレシオンの大群を全滅させるほどの化け物だ。

 だが、それだけなのに、何故有利なこの国を手放さなければならないのか理解できなかった。



 フィオはしくじってストルク王国の英雄に捕まり殺されたようだが、私はそんなヘマはしない。どんな力にも必ず弱点はあるはずなのだ。そこを見抜いて裏をかけばいい。



 しかし、私の自信とは裏腹に帰ってきた答えは組織からの除名だった。



「はー、一度城に行って情報でも仕入れよう」



 苛ついていても埒が明かないのでどうにかしてこの局面を乗り切ろうと意識を切り替える。


 情報では捕虜になっているアレク将軍がもうすぐ返還されるとのことだった。


 その護送の任務に英雄の少女がつくとも聞かされていたので、彼女を迎え撃つ準備もしないといけない。



 ストルク王国の王都からセレシオン王国王都までは馬車で移動して十五日はかかる。彼らが移動を始めたという情報は聞かないので、少なくともその期間は準備に充てることができる。


 私は国内の至る所に罠を仕掛けて迎え撃つつもりだ。せいぜい泡を食って死ぬがいい。


 ボスが警戒し続けている他国の英雄を私が打ち取る。そしてそれを目の当たりにしたボスは驚愕の顔をし、私はそれを高笑いして見下ろす。


 その想像をして一人悦に入り城に向かった。



 だが、そんな私の思惑を裏切るようにそれは突然やって来た。



「なっ、なに、この魔力は……!」


 ちょうど城に着いた頃に、東の方角から巨大な魔力が近づいてくるのが分かった。

 遠く離れていても肌に刺さるような強い魔力に冷や汗がにじみ出た。


 この魔力の多さは間違いなく彼女だ。

 会ったことはないが、あれだけの魔力の高さはそうそういるものじゃない。


 そして、それが近づくにつれて不気味な寒気が体を走った。

 馬鹿でかい魔力が一つだけじゃない。それよりは小さいが、普通の人間より明らかに大きい魔力が二つ感じられた。


 あの少女以外に戦力があることに驚いた。それに、到着があまりにも早すぎることにも動悸が激しくなる。


 喉がカラカラになるのを口に含んだ水で誤魔化す。


 どんな移動手段を使ったのかわからないが、相対すれば逃げきれるとは思えない相手だと直感できた。



 私は今更ながらにボスの命令を聞けばよかったと後悔していた。だが、それは後の祭りだ。もう遅い。



「逃げよう。勝てるはずがない……」


 その屈辱的な選択に私は歯ぎしりした。

 だが、死んでしまっては意味がない。死ねば楽しいことが何もできなくなってしまう。



 見つからない内に姿を暗ませよう。

 幸い私の魔力を知る者はいない。例えアレク将軍が気づいたとしても、それまでに逃げ切ってしまえばいい。


 気がつけば私は足早に城内を移動していた。


 必要な荷物をまとめて移動を開始しよう。私はついでとばかりに、王室に侵入して手頃な金品を袋に詰め込んでいく。



 そのすぐ横に王族の者達はいたが、皆操られているので私の行動を咎めることもなく普段通りに生活していた。


「さて、名残りおしいけどこの国とはもうおさらばね」


 一通り作業を終えた私は小さくため息を吐いた。普通の人間相手なら負ける気はないが、敵は異国の英雄だ。用心するに越したことはない。

 私はこれからの逃走経路を確認すると、ゴツゴツした袋を肩に背負った。そして、人目のつかない通路を通って逃亡を開始した。

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