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第八十話 騎士の過去

 アトシア神聖王国は神ハイドとアイルの二柱を崇める大国である。


 当時は神も人々とともに地上で生活しており、それぞれ東西に分かれて人々を導いていた。ただ国による支配は当時の王族達に任せており、彼らは信仰の象徴として平和をもたらしていた。



 そんな神の生活する国で、ジークは気ままに狩をして暮らす農村の民であった。彼の槍を使った狩の腕は周囲の農村で知らぬ者はおらず、その名を轟かせていた。


 そんなある時、ジークは槍の腕を買われてアトシア神聖王国の近衛隊に抜擢されることになった。

 そこで彼が出会ったのが私に瓜二つな姿をした姫、リリー・アトシアだった。


 彼女は小鳥のように笑う可憐な少女で、どんな人間にも優しく接し、国を明るく照らしていた。


 ジークも最初の頃は王宮の仕事に馴染めず故郷を懐かしんでいたが、彼女の太陽のような性格に徐々に心を開いていく。


 それは、いつしか彼の本心から忠誠を尽くしたいと思う程にまで彼女に惹かれていたのだった。

 彼は彼女に見合う騎士になるべく血の滲むような努力を続け、数年後には王国最強の騎士となっていた。


 そしてジークはリリーの望む世界を実現するため、その力を惜しみなく捧げていった。



 しかし、そんな暖かい世界は突如として終わりを告げる。


 それは二人の神ハイドとアイルが戦いを始めたのだ。

 理由は深く知らされなかったが、ハイドが禁忌を犯したことだけはアイルより伝えられたと言う。



 二人の神の争いはいつしか国を二分する戦いへと発展し、人々は武器を手に取って終わりない戦いを始めた。

 日々、国のどこかで抗争が発生し、流れた血が大地を赤く染め上げ、人々に暗い影を落とすようになった。



 その惨状に心を痛めたリリー姫は、国の未来のため神ハイドに剣を収めるよう主張した。


 だが、一国の姫の言葉など意に介さないハイドは逆に彼女を支配し、戦争の道具として前線に置いた。空の魔核である「天の炎」を継承させて。


 神に支配された彼女は、自国民であってもためらわずに殺して行った。

 時には空を、大地を炎の渦で飲み込み焼き尽くした。神ハイドの陣営は強力な駒を筆頭に各地を蹂躙して行った。



 そんな戦禍の中、ジークは神アイルの元に赴いた。囚われの姫を救う手立てはないのかと。同じ神であれば何か対策があるのではと。


 だが、現実は無情なもので、神アイルから託されたのは彼女に対抗するための力「星の雫」だけだった。

 完全に支配された人間を解放するには死を与えることでしかなし得ないのだと。


 それはジークには苦渋の決断だった。

 敬慕する主人を助けるためには、彼女と戦って命を絶たなければならない。だが、ここで止めなければ死者は増え続けて国は遠からず滅ぶことになる。


 姫を止める決断をした彼は、雪積もるジストヘール草原で彼女の率いる軍隊と激突した。


 双方の兵が誰一人生きて帰れなかった戦いは雪原を黒い大地に変えた。


 その戦いでジークは激闘の末、彼女の胸を刺し貫いた。リリーは最後に正気を取り戻したが、その時間は儚かった。彼女はジークに生きるように言って息を引き取る。


 彼は姫を救うことはできたが、彼女を守ると言う騎士としての誓いを守れなかった。その事実にジークは血の涙を流した。


 そして全ての元凶である神を殺すため、独り無謀な戦いを挑んだ。


 しかし、例え桁外れな力を持っていても所詮は人間。人知を超えた力を持つ神には手も足も出ずに敗れ去った。


 そこで一生を終えるはずだったジークは、神アイルによって使役されることとなった。自らの罪を償うため、新たな継承者を導けと。


 最終的に神ハイドを倒した神アイルは、残った力を神殿に封印して姿を消した。


「ーーそしてこの槍は私が姫から賜り、私の死後、神アイルが神器セディオへと昇華させたもの。姫の思いを忘れぬようにと戒めを込めて渡されたのです」



 彼は言い終わると昔を思い出すかのように空を仰いだ。容赦無く吹き付ける夜風が冷たく感じる。


 ジークの過去を聞いた私は胸が締め付けられそうな思いだった。


 彼は屍体ではあるが考えることができる存在だ。この数千年の長い時を独りで過ごし、どれほど辛い思いをしてきたのだろうか。



「ジークは私が来るまで寂しかったですか?」


 私の手は自然とジークに伸びていた。彼の頬は生きている人間と同じように温もりがあった。


「リジー様が悲しまれる必要はありません。これは私の抱える問題。ですが、そのお気持ちだけでも嬉しいです」



 そう言うと、ジークは私の手を取り口付けをした。突然のことで驚いていると、ジークは悪戯をする人のように笑っていた。


「これは私なりの騎士が姫に忠誠を誓う所作です。貴女のために戦うことが、リリー様の最後の命令を初めて守ることができる。そんな気がします」


 そう言うとジークは片膝をついて騎士の誓いをした。


「初めは姫にそっくりだった貴女が気になりついて来ました。ですが、貴女と共に過ごし、貴女の心に触れ、私は本心から貴女に付き従いたい。そう思うようになりました」


 顔を上げたジークと目が合う。青い瞳が星明りで黒くなり、小さな私を反射していた。


「今一度、貴女に忠誠を誓います。私、地の守護人ジークはリジー様の剣に、時には盾となって貴女をお守りします」


 数千年に及ぶ後悔を全て飲み込み、前を向くために下した決断だった。かつて仕えた主人の最後の命令に従うため、新たな主人の元で仕える。それはジークの覚悟だった。

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