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第八話 少女の怒り

 命縛法、相手の命も全て支配下におき、意のままに操る魔法だ。絶望している人間、精神的に弱っている人間は抵抗できずに支配される。


 支配された人間は行動を完全に支配される。

 この魔法は魔核に直接命令するため、支配した人間を殺しても解かれない。


 仮に殺したとしても、最後に下された命令に忠実に従い続けることになる。



「命縛法? 何だよその魔法は! 俺に何をした!」


 クライオはカインに興味がないのか質問に答えない。まっすぐ私を見つめている。



「闇の、身体支配の魔法です。縛られた人は……クライオ先生が解除しない限り、死なないと解除できません」


 私は歯の奥から絞り出すように説明した。カインはもう二度と自分の意思で動くことができない操り人形になってしまった。


 カインは状況を飲み込めずにいる。告げられた内容を必死に反芻しているようにも見える。クライオは私の反応を見て満足げに頷いていた。


「解除方法まで知っているとは素晴らしい! 君はやはり優秀な生徒だな!」


 そう言いながらクライオは剣で魔法を弾いた。

 弾かれた魔法は壁にあたり、ヒビが入った。


 先を見て魔力を凝縮し、砲弾にして打ち込んだのだが、牽制で打った魔法は効果がなかった。


「あなたは……どうしてそんなことができるんですか!」


 数発の魔法弾をクライオに向けて同時に打ち込むも、防御魔法で全て相殺された。


 しかし、次の魔法は撃ち込めなかった。射線状にカインが入ってきたせいだ。



 一瞬躊躇した。その隙を逃さず、クライオは隙間から魔法弾を撃ってきた。私はそれを防御魔法で全て弾いた。それを見ながら彼は高笑いした。



「どうして、だって? ははっ! 君は面白いことを聞くね!」



 ねっとりした笑みを浮かべたまま、クライオはさらに魔法を撃ってくる。攻撃できない私は防御に徹するしかなかった。


「教えてあげるよ! 魔力が高い人間は殺せば金になる。それも大金だ! それに引き換え、魔力が少ない人間はその価値がない。操って戦わせてもすぐ魔力が切れる。こうやって壁になるしか能がないのさ!」



 常人には理解しがたい答えに寒気を覚えた。彼は、もはや人間ではない。


 カインは、泣いていた。

 侮辱されたことなのか、それに対する怒りなのか、何も対抗できないことへの不甲斐なさか。


 後ろを振り向くことすらできず、私に泣き顔を晒していた。


「ほらほら! 泣いてる暇があったら攻撃しなよ!」



 話しながらも攻撃の手を緩めることなく、じりじりと近づいてくる。

 集中力と魔力が続く限り防御できるが、一瞬でも気を抜いたら防御できずに致命傷を受けるのは間違いない。


 少しも気を抜けない、そんな極限のストレスで疲弊させるのが彼の狙いなのかもしれない。


 クライオは私の動きを制限するように連続して撃ち込んでくる。


「リジー、俺ごと攻撃しろ!」


 私とカインの距離があと一歩のところまで詰まったところで、カインは涙を流しながらも覚悟を決めたように訴えたきた。


 頷いた私はそのまま右手をかざして攻撃魔法を発動させる。


「無駄だ! 君に攻撃はできな、ぐっ!!」


 突然の衝撃にクライオは声を詰まらせた。背後から短剣が突き刺されたからだ。


 カインの声に合わせてメリルの腰につけていた護身用の短剣を魔力操作で引き抜いた。それを前方に気を取られている隙に突き立てたのだ。


「くそっ! 何だこれは!」


 クライオは背後に少し視線を向け、誰かいるのか確認した。その一瞬できた隙を逃さず、私は構築を終えた魔法を放った。



 カインとクライオの間に展開された空気の塊は、二人を別々の方向に吹き飛ばした。飛んできたカインを空中に展開した防御魔法で受け止め、ゆっくりおろした。


「無事、ですか?」


 吹き飛んだ衝撃で少し咳き込んでいる。見た感じの怪我は無さそうだ。



「やれって言ったけど、本当に撃ってくんなよ」


 苦笑いしながら愚痴を言ってきた。あとは、クライオだけだ。その後、カインを助ける方法を見つけないといけない。


 後ろから攻撃されても困るので、カインを動けないように魔法で拘束し、前方を見据えた。



 クライオは受け身を取れずに落ちたのか、右の肩を押さえながら立ち上がるところだった。剣も床に落としていた。


 顔には余裕の笑みはなく、怒りで歪んでいた。


「やってくれたね。実戦経験のないガキだと油断してたよ。迷わず撃ってくるなんて、思ったよりやるじゃないか!」


 そう言って、落とした剣を拾い上げると同時にまっすぐ突っ込んできた。

 踏み込む速度が普通の人間よりずっと速い。体を魔力強化しているのだ。


 魔力強化は身体能力と防御を何倍にもすることができ、魔法師の中でも魔法剣士になる者は必ず習得する技だ。


 慌てて撃ち込んだ魔法弾は紙一重で躱され、防御魔法ごと蹴飛ばされた。


 背中から落ちた衝撃で一瞬息が詰まった。

 学院の授業で受けたものよりも数段威力がある。


 必死に頭を働かせ、追撃されないように魔法弾を構築しながら立ち上がると、クライオはカインに覆いかぶさるように立っていた。


 その両手で持つ剣は真っ直ぐカインに向いている。それを見て血の気が一瞬にして引くのがわかった。



「まずは、君からだ!」



 時が遅くなったように動き、クライオの握る剣がカインの胸に突き立てられた。


 周囲の音がまるで聞こえない中、カインが驚いた表情を見せていた。私は声すら出せず見ていることしかできなかった。


 剣が引き抜かれると、みるみるうちに血の海が作られ、カインは即死した。引き抜かれた剣は魔力強化されているのか、薄く光を放っていた。


「カイン!」


 ようやく出た声に返事は返ってこない。


 メリルだけじゃなくカインまでも死んでしまった。そう考えている間に、クライオが接近しているのに気づくのが遅れた。次の瞬間には剣が目の前にまで迫っていた。


 高い金属音が鳴って剣の動きが止まった。とっさに展開した防御魔法に剣が突き立てられた音だ。


 切っ先は胸の手前で止まっていた。


 クライオは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに剣を手放し距離をとった。彼は先ほどとは違い、珍しく荒い息遣いをしている。


「まさか、僕の渾身の突きを正面から受け止めるなんて。魔法剣士の間合いで戦えば勝てると思っていたが、君の実力を見誤っていたようだな」



 私は迷わず目の前の剣を手に取り、クライオの胸に照準を合わせた。

 ありったけの魔力を込めて剣を魔法弾に変えていく。それに気づいたクライオは目を見開いた。


「……絶対に……許さないっ!」


 孤児院でせっかくできた友達だった。

 二人には魔法師になる夢があった。私なんかよりずっと素晴らしい夢だった。


 それなのに、それなのに、クライオはそれを踏みにじり、奪い取った!


 この人はここで殺さなければならない。

 そうしないとまた誰か罪のない人が殺されてしまう。


 魔力を込めた剣は強い光を纏って、光る矢へと姿を変えた。



「ま、待て! そ、そんな魔力、人間に受けられるわけがーー」


 さっきの魔力強化の反動か、防御魔法を展開する力が弱い。狼狽えているクライオを見据えながら魔法弾を撃ち放った。


 音より速く打ち出されたそれは、クライオの防御魔法をたやすく突き破り、そのまま彼を吹き飛ばした。



 魔法弾の衝撃音がなくなると雨が壁を打つ音がはっきりと聞こえてきた。さっきの衝撃で窓が全て吹き飛んだので、雨粒が吹き込んでくる。



 メリルとカインの仇はとった。それなのに、胸を締め付けられる感覚に襲われる。


 不意に咳き込む音がした。

 音のした方に目を向けると、下半身と上半身に別れたクライオが折り重なるように落ちていた。


 彼の下には粉々になった赤い宝石のようなものが散らばっていた。彼が、魔法師殺しであるという確かな証拠だった。


 クライオはまだ生きてるようだが、もう長くは持たないだろう。近づいてくる私に気づいたのかクライオは視線だけ向けてくる。


 その顔からは何の感情も感じ取れなかった。


「貴方はこれから死にます。最期に、何かありますか?」


 この人はメリルとカインを殺した。今だって憎いし許せない。それでも、これから死んでいく人にとどめを刺すのはただ虚しいだけ。


 だから、静かに見とどけることにした。


 少しでも犠牲になった人達の鎮魂になるように願いながら。


 君のその甘さはいつか命取りになる。気をつけるといいーー


 微かに動いたクライオはそう告げて絶命した。周囲に散らばっていた魔法具も魔力がなくなったのか光を失っていた。


 吹き込んでくる雨が冷たい。


「先生達を呼ぼう……」


歩き出した私の足は鉛のように重たかった。

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