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第七十三話 灰頭と少女

 王都を出て北へ抜け、ジストヘールへ繋がる森の前でリジーは待ち構えていた。

 彼女の頭にフードはなく、美しい顔が目に飛び込む。夕陽に佇む彼女は息を飲むほど美しかった。赤い瞳が夕日を綺麗に反射している。



 この時間が永遠に続いて欲しいと少し考えたがすぐに思考を現実に引き戻す。

 彼女に見惚れている場合ではないのだ。今の考えうる状況で、彼女の姿は一番見たくないものだったからだ。



「やあ、リジー。フードを取った君はやっぱり美しいね……こんな所でどうしたんだい?」



 リジーは表情一つ変えずに見つめてくる。昼間見せていたあどけなさなど微塵もない。ただ立っているだけなのに、僕の体は緊張し始めた。


 まさに狩りをする獣に見られている、そんな感覚だ。背中に嫌な汗が滲んでくるのが分かった。



「私が誰か、は気付いてますよね? 『灰』のリーダーのアルドベルさん?」


 リジーは僕の目を見てゆっくりと言った。

 やはり彼女は知ってて接触してきたのだ。それに彼女に教えたはずのない僕の本名を呼ばれて鼓動が一瞬早くなった。


 徐々に鋭くなる赤目を前に、ゆっくり息を吐いて落ち着かせる。


 僕の名を知る者は限られてくる。恐らく、捕らえたベルボイドから聞き出したのだろう。口の固い男だったが死ぬ前に漏らすとは、もう一度殺してやりたい気分だ。


「……おかしいね、君にはアルとしか名乗っていない筈なんだけど、何故本名を知ってるんだい?」


 僕は警戒しながらも訪ねる。それに対して彼女は眉ひとつ動かさずに答えた。



「私の新しい部下のベルボイドさんに教えて貰いました。貴方の名前だけ、ですけど」


 あの男は例え組織から外されても裏切ることはない、と思っていたがそうではなかったようだ。情報を売るばかりか、敵側に寝返るとはね。


「……その言い方だと、ベルボイドがまだ死んでないみたいな言い方じゃないか。まさか、あれは死んでなかったのかい?」


 リジーはすぐに返答しなかった。静かに高められる魔力が何とも不気味に見える。

 ……まっずいね。これはかなりまずい。人生で二番目にまずい状況だ。



「……お二人は生きてます。あの場で燃えたのは廃棄用の肉と骨ですよ」


 しばらく無言だったリジーはやがて火刑の時にしたことを説明してくれた。


 ーーなるほどね。転移魔法で二人を瞬時に逃がしたのか。ただの優秀な少女かと思ったが思い切ったことをやるもんだ。


「上手くやったね。お陰で騙されてしまったよ」


 思わずため息が出る。

 彼女は僕が切り捨てた二人を味方に引き込み、さらには僕の情報も手に入れた。


 どうやら今回の一件は僕の選択ミスのようだった。多少危険でも二人は見捨てるべきではなかったのだろう。だが、もうその選択には戻れない。


 どうにかして切り抜けられないだろうか。そう考えながら正面を見据える。



 リジーは軽く腕を組んで仁王立ちしているが、まだ動く気配はない。僕は策を巡らす時間を稼ぐために、彼女に質問した。



「この際、君がどうやって僕を見つけたのかは聞かないでおくよ。その代わりに聞きたいんだけど。何故、僕が今日ここに来ると分かった?」


 僕の質問にリジーの眼光が鋭くなった。

 間近で見ると赤い瞳は夕陽の中でゆらゆらと燃えている。既に魔力強化を終えているのか、彼女は臨戦態勢に入っていた。



「貴方の人柄はベルボイドさんから事前に聞いてました」


 リジーは瞬きするのも忘れる勢いで僕を睨み丁寧に答え始めた。


「慎重で狡猾、部下でさえも完全に信用しない人。そんな人なら、元部下の処刑を自ら確認しに来る可能性があります。その部下がきちんと死んだか確認するために」



 彼女の洞察に舌を巻いた。まさにその通りだった。僕は心配性なのだ。心配すぎて、大事な部分は自ら確認しないと落ち着かないのだ。



 だが、それを見越したリジーにしっかりと待ち伏せされてしまった。網に獲物がかかるように僕はまんまとやられたわけだ。


「君は戦闘以外の面も優秀だね。これだけの状況では逃げるわけにもいかないか」



 彼女とは闘いたくなかったが仕方ない。決して逃してはくれないだろうからな。



 僕は内心ため息をついて臨戦態勢にはいった。慣れた動きで魔力強化と防御魔法を展開する。

 彼女から逃げるならば全力を出さなければならない。戦闘など久しぶりだ。



 僕は剣を引き抜いてリジーへと向けた。

 それと呼応するように彼女も剣を抜き、僕と同じ構えをする。夕陽に照らされた銀色が、鈍く光を反射する。


 そして、呼吸を合わせたように二人同時に動き始めた。

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