第七話 教師の狂気
時が止まったような感覚に襲われた。あれだけ激しかった雨の音すら全く耳に入らなかった。
私は目の前の現実を受け入れられないでいた。
だって、今朝までメリルは普通にしていたのに、明日は街に出かける約束だったしていたのに。
「誰だよ! 誰がこんなことを!」
カインは泣き叫びながらメリルの手を抱いている。
メリルの手を取った。ほのかに温もりを感じる。魔法師殺しはまだ近くにいるはず。
悲しむのは後でもできる。今は敵を見つけないといけない。
意識を切り替え、彼女の顔に手を添えた。それと同時に魔力探知も発動する。
建物内に生ある者を探すためだ。反応は二つ帰ってきた。
一つは当然隣にいるカイン。もう一つは目の前の扉を挟んだ先にいる。クライオ先生の部屋だ。
この扉の先、何か不思議な魔力の反応がいくつも感じられた。だがそれが何であるか考えるよりも先に目の前の扉が開いた。
「まさか、君の方から来てくれるなんて! 僕は何て幸運なんだろう!」
気持ち悪い笑顔を貼り付けたクライオ先生が立っていた。彼の態度を見て直感した。メリルを、街の人達を殺したのはこの人だと。
さっき感じた不思議な魔力は彼が持っている袋の中に詰め込まれているのを感じた。
「誰を待っていたんですか? クライオ先生?」
彼は動く気配がない。まずは会話で様子見することにする。何か仕掛けているかもしれないから慎重に動いた方がいい。
「お前が殺したのかっ! お前が、メリルを!」
カインが突然立ち上がって叫び、クライオ先生に飛びかかった。
しかし、弾ける音とともにカインは廊下の端まで吹っ飛んでいた。強烈な風魔法で薙ぎ払われた音だった。
うっ! という声が聞こえた後カインは動かなくなった。慌てて魔力探知で確認すると意識は失ったが息はあるようだ。そっと息を吐いて扉の方に目を向けた。
クライオ先生はカインの方を興味なさそうに眺めていた。
「彼に用はない。リジー、僕は君に用があるんだ」
唐突に小さな氷が割れる音が響いた。
気がつくと私の体が空気に固定されたように動けない。これは相手を縛る空間魔法だ。
「僕はね、君の魔力に魅せられたんだ。その計り知れない魔力は何だい? 何百人、いや、何千人分の魔力が君の中にあるんだい?」
にやけた顔をした目は獲物を見るようにギラついていた。
彼の目的は私の魔力を奪うことだった。でも、それだったらどうして他の魔法師達を、メリルを殺したの?
「理由かい? 彼らは単なる練習だよ。君を確実に殺したいからね。メリルは……そうだね、彼女は僕の秘密を知ってしまったんだ。だからついでに殺した」
そうやって淡々と説明した。何でもないと言わんばかりに。
それじゃ、メリルは偶然ここに来たから殺されたということ?
鼻歌でも歌っているかのような爽やかな顔に戻っているクライオ先生を睨みつけた。私の威嚇など意に介さないようで腰に下げている剣の柄に触れていた。
「そう睨まないでくれよ? 彼らでも十分な金になるし、彼女達の魔力は有効に使われるだろうよ」
引き抜いた剣をまっすぐ私に向けた。
物理探知しなくても分かる。これまで魔法師達を殺してきた剣だ。拘束を解かないとクライオ先生は私をすぐに殺すだろう。
だから、ほんの少し魔力を暴走させることにした。いつもは制御している魔力を暴れさせるのは簡単だ。
私の魔力は木を強引に引き裂く音を出しながら、空間魔法を破壊していった。
クライオ先生は驚いた顔をして一歩後ろに下がり、防御魔法を発動した。
私はすぐに暴走する破壊の矛先を目の前の男に集中させた。
一点に集められた魔力は防御魔法に激突し、相殺されて消失した。
ただ、その時の衝撃は凄まじく、轟音をたてながらクライオ先生を部屋の奥まで吹き飛ばした。
そのまま捕らえるため魔法の準備を始めようとしたところで、真横から風魔法が直撃し、衝撃で吹き飛ばされた。
その勢いは突き飛ばされる以上の威力で、廊下を二、三回転がった。
防御魔法を展開していたので痛くはなかったが、予想外の方向から攻撃が来て困惑するしかなかった。
立ち上がってすぐに攻撃した相手を確認すると、そこには気絶していたはずのカインが立っていた。
意識は戻っているようだが、自分が何をしたのか分からず、困惑している、という顔だ。
「カイン! どういうことですか!」
彼は答えなかった。顔は相変わらず困惑している。それに、無言で風魔法を放ってきた。込められた魔力は彼の本気の攻撃だ。
まずは止めないといけない。
とっさに同じ風魔法をぶつけて相殺した。近くの窓は衝撃で割れた。今度は強めの防御魔法を展開していたので吹き飛ばされずに済んだ。
「体が、勝手に動くんだ……リジー、逃げろ!」
何かに抵抗しているようで苦しそうにしている。まさか、さっき吹き飛ばされた時に何か魔法をかけられた?
「抵抗しても無駄だよ、君は僕に支配されているからね」
クライオが服の埃を払いながら部屋から出て来た。さっきの衝撃の怪我はないようだった。
もう少し強めにしとけばよかったと内心後悔しつつもどう切り抜けるか考えを巡らせた。
カインは恐らくクライオに操られている。あの感じからして身体支配の魔法だ。本に記載があったのを覚えている。
人を縛り意のままに操る魔法は、闇に通じる魔法として国で禁じられている。犯せば禁固刑は免れない。
既に何人も殺しているこの人は極刑だろうからなりふり構わず禁止魔法を使ってくるのだろうか。
「僕を殺しても彼は解放されないよ。カインの命は僕が預かっているからね。身体支配の中でも最悪の魔法、命縛法だ」
知っているだろう? と言わんばかりの顔で剣を構えた。