第六十七話 少女の灰
神獣シーズは遥か昔、神が地上にいた時よりその使いとして存在している。
主人である神アイルに力を与えられたシーズは、本気を出せば、街なら簡単に消し飛ばすこともできる。
生身の人間相手なら塵も残らないだろう。
フィオにシーズを差し向けたのは、逃すくらいなら殺してしまえばいいと考えていたからだ。
しかし、シーズは私の意図を汲んでくれたようだった。
フィオを受け取り確認すると、外傷はなく意識だけがきっちりと刈り取られていた。
「気絶だけ狙うと言うのは難しかったぞ。何せかなりのやり手だったからの」
シーズは大きく伸びをして言った。ただそのぼやきとは対照的に目はキラキラと輝いていた。
久しぶりの戦闘で満足したのだろう。
「打身もなし、これならじきに目覚めるでしょう。シーズは優秀ですね」
そのままシーズの鼻頭を軽く撫でた。気持ちがいいのか、シーズは目を閉じて唸った。
しばらくそうしていると、後ろからベルボイドの静かな声が聞こえてきた。
「何故だ、何故俺たちを殺さない? 君にとって俺たちは憎い敵のはずだろ?」
私たちのやりとりを見てベルボイドは、初めて困惑した表情を見せていた。
「私は殺戮者じゃないですから。それに、あなた方は生きて罪を償うべきです」
「……ストルク王国で裁かれれば、俺たちは極刑のはずだ。まさか、極刑で殺すために生かすつもりか?」
ベルボイドは言った。例え見限られても組織の情報を漏らすつもりはない、と。
彼らのような人間は捕まれば死罪は免れ得ない。ましてや国を大混乱に陥れた組織の者だ。
そう言う人間は激しい拷問を受けたショックで死ぬか、処刑されるかの末路を辿るしかない。
「情けはいらない。殺すなら、殺せ」
覚悟は決まっている。強い意志を乗せた眼差しが私に向けられた。
私は彼の問いには答えず、じっとその目を見つめた。
彼らを殺すのは簡単だ。地面に落ちている剣を横に振り払えばそれで終わらせることができる。
だが、彼らは貴重な組織の情報源だ。ここで殺すのは惜しい。
組織の一員としての気概があるだろうが、すでに見捨てられている人達だ。うまく話せば取り入ることもできるかもしれない。
それに、全て片付いてから殺したっていいのだ。だから今は怒りを鎮めて先を見据えよう。
先ほどまで腹の中で暴れていた怪物も、今は鳴りを潜め私の考えに賛同していた。
そして一人結論に至ったところで、私は彼の腕を治療を始めた。
治療魔法を展開し、折れた骨を接着させていく。
そんな私の行動に、ベルボイドは再び困惑の表情を見せた。
何故治療をするのか、と言いたげに眉根を寄せて私を見つめた。
「ベルボイドさん、一つ、私と取引しませんか?」
私は彼の治療を続けながら声をかけた。真横にあった男の顔が揺れ動く。
「……取引だと?」
君は何を言っている?
ベルボイドは素っ頓狂な声を出した。
「簡単なことです。お二人には『灰』に関する情報、それと労働力の提供をしてもらいます。端的に言えば、私に完全服従してください、と言うことです」
私はベルボイドに顔を近づけ目を合わせた。
「そして、その見返りとして、貴方達の命を保証します。死罪も回避させましょう」
「……俺たちが裏切る場合はどうするつもりだ?」
裏切る、と言うのは私の情報を仕入れてから組織に戻ることを言っているのだろう。
その言葉が聞こえると、腹の中の怪物が再び鎌首をもたげた。
「……その場合は殺します。私に躊躇いがないのは知っていますよね?」
私は淡々と、語気を強めて言った。
その言葉を聞いてベルボイドは肩を震わせた。
怖がっているわけではなく、可笑しくて笑っているようだった。彼の笑い声は森の木々に木霊した。
「あまり動かないでください。まだ治療中なんですから」
「くっくっ! まさか、一国の英雄様が悪魔の取引を持ちかけてくるとは思ってもみなかった。天使のように可憐な見た目だったのが、中身を除けば悪魔でしたってか?」
ベルボイドは肩を震わせて笑い続けていた。その間にフィオの意識が戻った。
彼女は最初のうちはぼんやりと私を眺めていたが、次第に自身の状況が分かってきたようで騒ぎ始めた。
「な、何よこれ! どうなってんの? ってベル? あんたも捕まったの?!」
フィオは少し錯乱しているようで、頭を振っていた。
静かな森が一転し、騒がしい場所になっていく。
もう一度意識を飛ばしてやりたくなったが、治療中なこともあって断念した。彼女のことは一度無視しよう。
そうこうしていると、笑いから解放されたベルボイドがフィオを落ち着けさせ、現状の説明を始めた。
「ーーということがあってな、今この嬢ちゃんに取引を持ちかけられているところだ」
「……」
ベルボイドが説明を終えてもフィオは無言だった。何を考えているのか、目を閉じて上を見上げていた。
「はい、腕の治療は終わりました。もう痛くないはずですよ」
「さっきまで粉々になってたはずの腕が、もう治ってやがる。規格外だよ全く」
治った右腕をしげしげと見ながら、ベルボイドは感嘆した声を漏らした。
「ま、リジー様の経歴を考えれば妥当な範囲よ。何せ、あのストニアの元で育った訳だからね」
今まで沈黙を貫いていたフィオが口を開いた。
取ってつけたように「様」をつける辺り、皮肉ったつもりだろうか。
私が首を傾げていると、フィオは小さくため息をついて言った。
「所詮、私も自分の命が大事だからね。助かる道があるならそれにすがるわ。それが、例え悪魔の僕だとしてもね」
フィオは私にウインクした。
組織から捨てられた彼女は、潔く私に従う道を選んだようだった。
「それじゃあ、フィオさんは取引に応じるつもりですね?」
念押しに聞くと彼女は静かに頷いた。
私はそのままベルボイドの方に目を合わせる。彼はしばらく悩む仕草をしていたが、彼女と同じように頷いた。
「取引成立ですね。これからよろしくお願いします」
それだけ告げて私は二人の手を取った。彼らの手は私より一回りも大きかった。
例え、国に背き人を欺こうとも、私にはやらなければならないことがある。
志半ばでこの世を去った者達のため、私は立ち止まる訳にはいかない。いつか必ず、彼らの墓前に「灰」の骸を添えてみせるのだ。
そのためなら、彼らの言う悪魔にでもなってみせよう。
この日、私は初めて国に嘘をつき、灰をその身に宿すこととなった。
ここまで読んで下さり本当にありがとうございました!
第二章完となります!
次章も是非お楽しみ下さい!
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