第六十話 王子の真実
殿下は頭を掻きながら挨拶した。
私は硬直して反応できなかった。確かに殿下と話をしてみたいと考えたが、本当に出てくるとは思わなかったのだ。
それに、ここが死者の世界だとするなら、殿下は既にーー
「君の考えている通りだ。私は、あの時死んだ。きっちりと呪いに蝕まれてね」
殿下は穏やかに、しかし、はっきりとした口調で断言した。自分が死んだのだと。
「命縛法には最悪の手段があるのは知っているな? 術者の命を消費して、対象者の魔核そのものを破壊する方法だ」
殿下は椅子に優雅に座った。いつもよりシワだらけの服を着た彼は、少しやつれて見えた。
「私はそれを行使して死んだ。余りにも不名誉な死に方だな、全く」
彼は首を小さく振りながら言った。
「ですが、それは殿下自らがやったことではーー」
「私が! あのような愚行をするはずがないだろう?」
殿下は勢いよく立ち上がり、私の口を遮って言った。普段見せたことのない怒りの表情だ。
私が口を閉ざしたのを見て殿下は謝罪して続けた。
「君は気付いていたかも知れないが、私は命縛法で操られていたのだよ。行動全てを支配されていた私は、助けも呼べず、なす術がなかった」
命縛法は相手の魔核に自分の魔力を纏わせて支配する魔法だ。当然、支配された人間を詳しく調べれば、誰に操られているかも判別が可能となる。
それは彼の近くで何度も検証した内容だった。だが、彼からは支配されている痕跡は見つけられないでいたのだ。
しかし、彼の口から語られることで、それが真実であると証明された。
問題は、一体誰がどうやって痕跡も残さず支配できたのか。
一国の王子に、誰にも気取られることなく支配したのだ。相手は魔力操作に長けている人間なのは間違いない。
王族はその立場上、反社会勢力や一部の貴族に命を狙われることがある。
当然、過去に命を落とした王族もいた。そこでは決まって命縛法などの支配魔法や、暗殺の魔法が使われた。
そう言う歴史もあり、今の王族達は精神支配されないように自己防衛の訓練を必ず受ける。
それに、護衛の騎士達も常にいるため、単発で潜入して魔法をかけられるとは考えにくい。
やるならば、周りの騎士達を全員支配下に置いた上で堂々と支配するのが考えられる。その方が一番安全だからだ。
ただ、そうなるとこの作戦はかなり長期的なものになる。
護衛の騎士だけでも数十人はいるのだ。彼らの行動を把握し、一人ずつ支配するとなると年単位で時間はかかるはずだ。
それが実行できるのは、城に常に出入りし、尚且つ殿下とも接触を持つ人間ということになる。
貴族にはいない。彼らはむしろ、殿下に軽く精神支配されている傾向があった。
となると、平民出身。騎士団の動きを把握している人物で絞ると人数は限られる。
そこまで考えたところで、私は殿下に確認した。
「一体誰が、殿下に精神支配をかけたんですか?」
「……」
私の質問に殿下は目を閉じたまま動かなかった。やがて、ゆっくり目を開けた殿下は言った。
「……エインの、私の妹に仕えているフィオと言う女だ」
「フィオさんが……?」
殿下の口から驚くべき事実が告げられた。
彼がフィオから支配を受けたのは二年前。私がまだストニアの元で訓練している時だ。
ただ、最近までは行動の制約はなかった。自身が精神支配されていることを口外できない程度だったらしい。
「始めは何の理由で支配されたのか分からなかった。金品やその他の要求もなかったーー」
ただ、状況が変わり始めたのは私が王都に来た半年前だった。
「ある日を境に、私は有力貴族の当主たちを一人ずつ支配下に置き始めた。フィオが、護衛騎士達を支配した時のように、周囲にバレないよう粛々とだ」
そしてある日、フィオから彼女の目的を全て聞かされ、動揺した隙に完全に精神支配されたという。
「彼女の狙いは此度の戦争で大量の魔力を集めることだった。フィオは私の暗部に命令を出したんだ。ジストヘール荒原に魔力吸収型の魔法陣を作成するように、と」
その後完全に支配された彼は、人が変わったような態度で暴虐を働いていったのだった。
全てはフィオの望む方向へ事態が進むようにと。
それを聞いた私は全てを理解した。
シェリーを支配し、国王を監禁したのも、私を戦争で亡き者にし、私の魔力を集めるためだったのだ。
全てを語った殿下は力なく椅子にもたれ掛かった。その瞳に光はなく、疲れ切っているようだった。
彼は一息つくと私をまっすぐに見つめて言った。
「君の報告では敵はほぼ全滅。つまり、一万人以上の人間の魔力が集められたことになる。集めた魔力で何をする気か分からないが、大規模な計画が実行された以上、近いうちに何かする可能性がある」
「殿下、そのことなんですがーー」
ここで彼の話を区切り、戦場の詳細を説明した。
例の魔法陣は地面ごとひっくり返して破壊したので効力を失っていることも伝えた。
それを聞いた殿下はしばらく口が開いたままだった。
「……その戦い方は出鱈目すぎるぞ。しかし、アレク将軍もよく生き残ったものだ。悪運は強いようだな」
キンレーン殿下はアレク将軍のことを知っているようで気の毒そうな様子をしていた。
「まあいい。だとするなら、急いで彼女を拘束しないといけないな。計画が頓挫したと知れば雲隠れする可能性がある」
殿下の懸念に頷いた。私も同じ意見だったからだ。
彼は椅子から立ち上がると私の前まできて深々と頭を下げた。
「私が不甲斐ないせいで君たちに迷惑をかけてしまった。すまなかった」
「そんなことありません。殿下、顔を上げてください」
なかなか頭を上げないので、何とかお願いして椅子に座ってもらった。
ここまで憔悴した殿下も初めて見る。
「私は王族でありながら敵に支配されてしまった。こうして君に頭を下げるくらいのことしかできないんだ」
「でも殿下はこうして私に話してくださいました。安心して……後のことは私に任せてください」
私は殿下のことは全て水に流すことにした。
操られていた本人を責めるのは間違っている。憎むべきは、この惨状を引き起こした人だ。フィオは世話になったが、敵ならば容赦しない。
彼の無念は私が背負おう。
殿下は私の一言で救われたようで、晴れやかな笑顔を見せた。
「ありがとう。新しい英雄が君のような人でよかった。心置きなく、国の未来を託せるよ」
すると薄暗かった空間が白くなり始めた。もうすぐ目が覚めるのだろう、感覚で分かった。
「君は偉大な魔法師だ。妹達を、国を、頼んだぞ……」
光に包まれた殿下は最後に笑って消えた。
そして、世界は光で満たされていった。




