第六話 親友の血沼
雨は嫌い。降ってると分かると陰鬱な気持ちになるし、外に出る時は傘が必要になる。
魔法で濡れないようにすることもできるが、その為に疲れるのも嫌だった。
午後になったら予想通り雨が降ってきた。
天気をコントロールする魔法とかあったら便利だが、人間には絶対できないことだ。
そっとため息を吐きながら目の前の魔法具に集中する。
報告書は午前中に作り終え、小さな金属片から追跡するための魔法具を作成していた。
あとは金属片を設置するだけでできる。思ったより簡単にできて助かった。
金属片が何処から欠けたものなのか判別する便利な魔法はない。だから新しく魔法を開発しないといけない。これだけ魔法が開発されてるのに不便に感じる。
すでに離れたもの同士を引き合わせることもできない。両方に同じ魔力が残っていないと検出のしようがないからだ。
しかし、魔力以外でも検出可能なものがあった。金属片自体の成分に着目すればいい。同じ構成の金属で作られた剣なのだから、欠けた方も剣本体も同じ成分のはずだった。
幸い成分を調べるための魔法具は既にあるので、手元にある金属片の成分はすぐに調べられた。
問題は剣本体の検出方法の思案だった。
街全体に検出魔法を構築すればこと足りるが、そんな大規模な魔法には桁違いな魔力が必要になる。無駄の多い方法だ。
そこで閃いたのが空間伝達魔法だった。
基本理論は簡単だ。空中に打ち上げた魔法具に情報を載せた信号魔法を送る。そして遠く離れた同じ性質の魔法具が、送り出された魔法を受け取ることで伝達できる。
今回は送る信号を情報ではなく探知魔法にし、打ち上げる魔法具の性質を金属片と同じものにすればいい。そうすれば、本体の剣のところまで探知魔法が飛んでいって場所が特定できる。
雨は降ってるがすぐに探知することにした。
敵はベネスから出ていないと考えると、魔法具を打ち上げる高さはそこまで必要ない。
外に出ると雨が激しさを増していた。周囲には雨が激しく地面を打つ音しか聞こえない。
魔法を刻んだ魔法具を地面にセットし魔力を込める。すぐに発射された魔法具は上空まで飛んでいき見えなくなった。
送信用の魔法具を手に取り、祈るように探知魔法を送信した。
しばらく待っていると反応が返って来た。
幸い強い反応は一つだけだった。おそらく剣本体がある場所で間違いない。私は空から落ちてきた魔法具を急いで回収し、座標を地図上に書き込んだ。
「ここってまさか……」
思わず声に出してしまった。
地図に記された座標は魔法学院だった。……まさか、学院の誰かが魔法師殺しということ?
魔法具を片付け、急いで向かおうとしていると、カインの声が聞こえてきた。
「ーーリジー! 大変だー!」
声の方に向くとカインが全速力で走って来るのが見えた。蒼白な顔をしている。
「何がありました?」
胸騒ぎをどうにか落ち着けてカインに尋ねた。
目の前で止まったカインは荒い息遣いだが、咳き込むように叫び出した。
「メリルだ! メリルのブレスレッドが割れたんだ! 魔法学院で何かあったんだよ!」
嫌な予感がして来た。
万が一、命の危機に陥った時に、孤児院に連絡が行くように緊急伝達用の魔法具を用意していたのだ。
二つの同じブレスレッドを一つは孤児院に、もう一つは自分たちで持ち歩く。そして危険が迫ったらブレスレッドに魔力を込めれば孤児院のブレスレッドが砕け、危険を知らせるようにしていた。
魔法師殺しが魔法学院にいる可能性が出て、魔法学院に向かったメリルが危機に遭っている。結びつけたくないが、どうしても想像してしまう。
「すぐに行きましょう!」
地面の水を跳ね飛ばしながら私たちは魔法学院へ急いだ。
病院からだと魔法学院は視界に入る距離にある。それでも、雨のせいで重くなった服が動きを鈍くした。
「まずはクライオ先生の部屋に行こう! 今日は先生に相談に行くって言ってたからそこにいるかもしれない!」
学院の門をくぐったところでカインが提案して私たちは弾丸のように建物の中に入った。
今日は非番の先生が多いから警備が手薄だ。そこを魔法師殺しが侵入したんだろうか?
そう考えながらクライオ先生のいる階まで休まずに駆け上がった。体を魔力強化したおかげかそこまで疲れずにたどり着いた。
目的階の廊下に差し掛かったところで、視界の先で誰かが倒れていた。血溜まりが見える。それは見慣れた栗色の髪で……。
「メリル! そんな、そんな!」
カインが駆け寄りながら叫んだ。彼の必死な呼びかけに返事はない。
……死んでいる。
虚ろな顔をしたメリルの目に光はなく。だらりと四肢が投げ出されていた。