第五十七話 呪いの解除
命縛法は相手の魔核を支配下において、行動も何もかも、術者の思いのままにすることができる。だが、この魔法が最悪と言われる所以はもう一つある。
それは、支配した者の魔核を壊して殺すことができるのだ。
代償は術者の命。
そのリスクの高さに使う者は殆どいない。
苦心の末、家族を支配して心中する際に使われたり、組織の捨て駒が交渉などの場でやらされるなど、とても普通ではない状況下で使われるくらいだった。
だが、キンレーン殿下は迷わずに呪いを発動した。彼がどうなったのかも気掛かりだが、今はシェリーを救う方が重要だった。
私はシェリーの胸に向かって大量の魔力を流していった。それでも彼女の体からは栓のない桶のように魔力が外に漏れ出していく。
「これは、魔核が崩壊しておるのか!? まずいぞリジー!」
シーズは慌てて駆け寄り、シェリーから魔力が漏れないように押し留め始めた。だが、それをもってしても止めることができない。
状況は絶望的だった。魔核自体を修復する方法は、世界中探しても見つからない。前例がないからだ。
このままでは私は何も出来ずに親友を失うことになる。また、失ってしまう……。
「ーー様! リジー様!」
気がつくと、目の前にジークが膝をついていた。
いつの間にかエイン王女達も到着していて、キンレーン殿下達を囲んでいた。
「リジー様、この状況ではもうシェリー様はーー」
ジークを鋭く睨んでそこから先は言わせなかった。
まだ、何か方法があるはず……私なら何か……。
「リジー! まずい! シェリーの心拍が止まった! ジークも早く手伝え!」
シーズの叫びにジークはシェリーの延命を始めた。と言っても心臓を動かしたり肺に空気を送ることしかできなかったが……。
シェリーの顔は既に白くなり始めている。握った手も冷たくなり始めていた。
魔核が崩壊したのだから当然だ。
……崩壊?
何かが頭の中で弾ける感覚が走った。
忘れていた。ついこの前、私自身が経験したことだったと言うのに。
「リジー様? 何をなさるおつもりで?」
ジークの戸惑う声は聞こえたが無視して上着を脱いだ。続いてシェリーの上着も剥ぎ取る。今から実行する作業、服があると邪魔なだけだ。
「ジーク。そのまま、延命を続けてください。シーズはこの空間に余計な魔力を入れないようにしてください」
私はそう言うと、二人の反応を待たずにシェリーに跨り、互いの胸を密着させた。滑らかな肌触りとほのかな温もりが伝わってくる。
大丈夫……シェリーの体はまだ暖かい。死んでなんかいない。絶対に助けてみせる!
目を閉じて集中する。
シェリーの魔核があったところを探知すると、僅かだがその残骸を見つけた。
崩壊したと言っても完全に消えたわけではない。僅かに壊れていない魔核へと、私の魔力を送り込んで行った。
「まさかっ、危険すぎます! それではリジー様の命までもーー」
「黙ってなジーク! 我らが主人を信じろ! それにもう止められる状況じゃない!」
私が何をするのか理解したジークとシーズは別々の反応を示した。二人の声は聞こえていたが、それに応える余裕はなかった。
私が決行したのは魔核の融合。まだ誰もなし得たことがない領域への挑戦だ。
もちろん、失敗すればお互いの魔核が壊れてどちらも死ぬことになる。
それでも不安はなかった。
何故なら、私は魔核を崩して別の魔核と融合したことがあったからだ。
神殿で受け取った「星の雫」だ。あの時は自分の意思で融合させた訳ではなかったが、体がその感覚を覚えていた。
私は感覚を思い出しながら魔核の融合を始めた。
再構築する魔核のベースは、ボロボロになったシェリーの魔核。私の魔核はそれを補填する形で融合させる。
これが成功するかどうかは分からない。成功してもシェリーの意識は戻らないかもしれない。
それでも、助かる可能性があるならば、その望みを捨てるわけにはいかないのだ。
細心の注意を払いながら少しずつ魔核の溝を埋めていく。体に熱が帯びてきて全身が汗ばむ。胸の鼓動が激しく呼吸も辛くなってきた。
それでもシェリーのため、止める訳にはいかない。
「これは……まさか、本当に融合し始めているのか!」
ジークの感嘆する声が遠くで聞こえた。
魔力の消耗が激しく、目の前に見えるシェリーの白い首もぼやけてきた。魔核を削った影響なのかもしれない。
あと少し、あと少しで終わる……。
そう念じながら気が遠くなるような作業を続けたーー
「シェリー様の脈と呼吸が安定してきました。彼女の魔核も崩壊の兆候は見られません。もう大丈夫ですよ」
ジークのよく通る声が頭上から聞こえた。今までシェリーの魔核を安定させるのに集中していたため、周囲が目に入っていなかったのだ。
体を起こしてシェリーの容態を確認する。
確かに、シェリーの魔核は安定し、魔力も元に戻っていた。
彼女から深い寝息が聞こえ、胸も規則正しく上下に動いてる。
「よかった。今度はちゃんと助けられた……」
思わず緊張の糸が緩む。今の今まで気を休める瞬間がなかったからな。
そっと胸を撫で下ろしたところで、辺りを見回す。
誰かが気を利かせたのか、布の囲いで隠されていた。近くにはシーズとジーク以外誰もいない。
相当時間がかかったようで、空は橙色に染まっていた。
一先ず部屋に戻って休もう。報告はその後でもいいだろう。
そう考えて、シェリーの肌けた衣服を元に戻す。
そして、自分の服に袖を通していると急な眠気に襲われた。
それは、三日ほど寝ずに軍図書に篭っていた時に近い。強制的に眠らされるような感覚だった。
「リジー様!」
私は気がつくとシェリーの胸の上に倒れていた。どうやら相当の魔力を消耗したらしい。もう目も開けていられなかった。
「ジーク……後のことは頼みました……」
近くにいるはずのジークに頼もうとしたところで意識が途切れ、闇へと沈んでいった。




