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第五百三十四話 姉妹の作戦

 ベネット家当主が引き起こした姉妹の誘拐事件は翌日の夕方になると無事に全て収束した。


 姉妹が監禁されていたのはセレシオン王国内のベネット家が持つ別宅だった。隣国ということもあって、リズから連絡を受けたフロットが隊を派遣してメルとイルを保護、二人を誘拐した男達は全員拘束された。


 不可解な点があるとすれば、二人が攫われた王都リールとベネットの別宅は、とても一日で移動できる距離ではなかったことだ。相当な魔法を扱える者だけができる芸当だからだ。


 彼らに何らかの協力者がいたのではないか、部下からの報告を聞いたフロットは影に潜む敵にため息をついた。


「混沌との戦いは終わることはない、か……しかし、あの子達がすでに制圧していたとは驚いたな」


 フロットは報告書を机に戻すと、部下が持ってきたもう一つの不可解な報告書に目を通した。混沌の存在も憂慮する事態だが、フロットからすれば姉妹の成長の方が重要だった。


 ハイドの呪いが消えた彼女達は普通の人間に戻り、普通の少女として生活できるようになった。


 ただし、数百年の間呪いに晒されていた影響か、彼女達の魔力は普通の人間よりずっと多かった。

 その力の制御方法はリジーから教わることになったが、どうやらその時に戦い方まで教わっていたようだった。


「少し思ったのとは違う成長だったけど、あの子達とシェリーが幸せなら別にいいかもな」


 たくましく育っているメルとイルの姿を思い出し、フロットは執務室で一人ほくそ笑んだ。


 世界崩壊の一件が片付いてからフロットはメル達とは直接会っていなかった。


 単純に仕事に追われて隣国まで足を運ぶ時間もなかったこともあったが、彼が行かないことにはもう一つ理由があった。


 それは姉妹をルードベル家に引き取ったシェリーがいたからだった。


 フロットはシェリーを素敵な女性だと見ていた。初めて会った時から彼女の愛くるしい表情に魅了されていた。


 それでも彼がシェリーから離れたのは彼女の立場を尊重してのことだった。

 フロットはセレシオン王国軍を任される身でシェリーはルードベル家を、そして各国の経済を支える役目を担っている。

 どちらもそう簡単に動ける立場ではなかったのだ。


 会えない寂しさももちろんあったが、それ以上にシェリーが幸せに暮らしていけるなら焦がれる気持ちは全て呑み込めた。


「将軍、保護した双子から手紙を預かってきました」


 フロットが思いを馳せるように窓から空を見上げていると、静かに入ってきた部下が丁寧に折りたたまれた手紙を差し出した。


 すぐに手紙を広げたフロットは、内容を読んだ瞬間、堪えきれずに笑ってしまった。


「はは……いや、まいったね。あの子達にはお見通しだったか。見た目は子供でも、もう立派な女性になっているとは」

「将軍?」


 上官が楽しそうに手紙を読む姿を部下は不思議そうに見ていた。ここ最近のフロットは笑顔を見せることはあったが、本当に楽しそうにしているのは久しぶりだったのだ。


「ベリク、私は少し席を外すよ。こっちの書類は任せてもいいかい?」


 フロットはそう言うと手紙を丁寧に仕舞い執務室を飛び出した。


 ベリクは風のように去ってしまった上官を見送ると、気を取り直したように仕事に戻った。ただ、フロットが大急ぎでどこに向かったのか察したベリクは、一人でにやついた笑みを顔に貼り付けていた。


 軍の執務室を飛び出したフロットは、まっすぐメルとイルが待つ客間へと向かった。


 彼女達はセレシオンの王城で一晩過ごした後、ストルク王国から来る迎えの者と一緒に帰国する予定だった。


 それまでに会っておかなければと走る速度を上げる。そして客間にたどり着いたフロットは大きな椅子で寛ぐ双子を見つけ、安堵したように胸を撫で下ろした。


「あ! フロットさん!」

「早く、こっちよ」


 談笑していた姉妹はフロットの姿を見つけると眩しい笑顔を向けた。


 フロットは二人の手招きに従って対面の椅子に腰掛けた。その姿勢は凛々しく美しい花のようで、軍人としてのフロットの矜持が表れていた。

 姿勢を崩していた姉妹もそれに倣って背中をまっすぐに伸ばす。


「遅れてすまない。でも二人の命が無事で本当に良かったよ。何かあれば君達に顔向けできないところだったからね」


 フロットはメル達の目を見ると開口一番に頭を下げた。メルとイルはフロットが動きづらい立場にいることを知っていいるので、遅くなったことは気にしていないと頭をあげさせた。


 だが、メル達はそれ以外のことでフロットは待たせすぎだと咎めた。

 シェリーは待つことができる女性だが、それでも長過ぎればさすがに愛想を尽かされるぞと釘を刺す。


 もちろん自覚のあったフロットは、姉妹の追求に言い逃れできず、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「本当に君達の言う通りだよ。私は恐れていたんだ。近づきすぎたら嫌われるんじゃないかって。だから任務が終わったらお別れにしようと思っていたんだ。そうすれば傷は浅い……けど、忘れられなかった」


 姉妹の訴えを受け止めたフロットは、懺悔するように力なく首を振って言った。


 彼女達に諭される今日まで、フロットはその気持ちを見て見ぬ振りをしてきた。だが、シェリーがどんな思いで空を見上げているのかを聞かされ、いても立っていられなかった。


 決意を固めたフロットはメル達と固い握手をかわすと足早に客間を去って行った。意思が固まった青年の背中は大きく力強い。メルとイルはフロットが走り去る姿を暖かく見送っていた。


 彼女達のお膳立てはもう済んでいる。あとは当事者達が決めることだった。


「うまくいくといいな」


 再び寛ぐ姿勢をとったメルは机に置かれていた菓子に手を伸ばした。アレクが気を利かせて持ち込んだセレシオン銘菓の詰め合わせだ。甘い口どけにメルは目を輝かせる。

 姉が美味しそうに食べる姿にイルも菓子に手を伸ばした。


「きっと大丈夫。フロットさんは気が利く人だってアレクさんも言ってたし、シェリーお姉ちゃんのことも幸せにできるよ」


 イルはそう言うと手に取った菓子に口を運んだ。まるでシェリー達の未来が既に見えているかのように、年相応以上の落ち着きを見せていた。

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