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第五百二十五話 王の盟約

 混沌は気が付けば地面に仰向けになって倒れていた。体を切られた痛みが遅れて襲ってくる。あまりにも突然のことで、混沌は頭の整理が追いついていなかった。


 分かっていることと言えば、見下していた少女が彼の想像よりもずっと強かったことだった。


 一人では勝てないと言っていたリズは、フォールの背に乗ることなく単身で突っ込んだ。混沌は短絡的なリズの行動を弱くなったと評価し、すぐに殺そうとした。


 だがリズは混沌の攻撃を素手で受け止めると、次の瞬間には手首を捻って武器を奪っていた。

 地面を転がった混沌が反撃に起き上がると同時、踏み込みを強くしたリズは混沌の視界から消えた。


 混沌がリズを見失った時間は一呼吸にも満たない僅かな時間だった。その間にリズは混沌の両腕を切り飛ばし、その胸を刺し貫いて蹴り倒した。


「何故だ……貴様、前戦った時はもっと弱かったはずだろう」


 胸を踏みつけられた混沌は苦しそうに息を吐き出し、頭上のリズを睨みつける。その視線にはただの小娘相手に不覚をとった驚きと、怒りが入り混ざっていた。


「あれから何年経ったと思っているんです? いくら私だって強くなりますよ」


 リズは混沌を踏む力を強めて言った。


 戦争が終わってから女王として生きて来たリズだったが、リジーから教わった戦いの訓練は欠かしていなかった。女王としていつでも戦えるようにと努力を重ね、混沌の実力を上回っていたのだ。


 死ぬことはないが、リズを殺すこともできない。混沌は苦虫を噛み潰したような表情になった。


「くそ、こうなれば奥の手を……アイルを倒すために準備していたとっておきだが仕方ない」


 混沌は決意したように目を閉じると、霧化してリズの拘束から脱出する。すかさず飛んできたリズの追撃を逃れ、広場の中央に手を当てた。すると混沌の魔力に反応して彼を中心にして大きな魔法陣が出現した。


「目覚めよギエリスの民ども。今こそ、革命の時だ!」


 広場の中央で混沌の怒号が響く。足元の魔法陣がさらに輝きを増すと、太陽を覆うように上空に魔法陣が出現した。

 空の魔法陣は混沌が持っていた虚空の世界に入り口を開き、中に潜んでいた者達を呼び寄せた。


 白髪の集団はまっすぐ混沌のいる広場へと降り立った。数にして五十人程。その全員がリズ以上の魔力を持っている戦士だった。

 その中でもとりわけ魔力が多く、たっぷりと髭を蓄えた男がいた。男はリズを睨むとあからさまな不満を見せ、混沌に厳しい視線を送った。


「何だあの小娘は? 敵はアイルではないのか。混沌、ギエリス王であるわしとの盟約を違えるつもりか?」


 ギエリス王はギロリと睨み混沌に殺気を放った。


 彼らはアイルを殺すために混沌と手を組み、総攻撃を仕掛ける時に現実世界に呼ばれる計画だった。それがいざ呼び出されると、彼らの前には見知らぬ少女と憎い白銀鳥がいるだけだった。

 王の後ろに立っていた戦士達も、混沌に裏切られたような失望した目を向ける。


「仕方ないじゃないか。奴らが想像以上に強かったんだ。アイルにたどり着く前に計画が頓挫するのは互いの利点ではないだろう?」


 混沌はギエリス王を睨み返して言った。


 アイルを殺すためには多くの障害を乗り越えなければならない。三騎士に始まり、今の時代を生きる者達。その中でも二人の少女は三騎士に匹敵する強さを持っている。だからこそ今は協力する時なのだと。


 だがギエリス王は混沌の戯言には取り合わないというように踵を返した。


「それは貴様が無能を晒しているだけだろう。話が終わったのなら我らは戻る。さっさとアイルをわしらの前に連れてこい、生きたままな」


 そう言ったギエリスの王は興味なさそうにリズに目を向けた。


 赤い剣を構えた少女は確かに魔力を持っているが、この場にいる誰よりも劣っている。アイル以外は大した敵はいないとすぐに視線を外した。


 だが次の瞬間、ギエリス王は突然目の前に現れたリズによって魔核を破壊されてしまった。


「なんっ、が! わしは、崇高なる、ギエリスのーー!」


 胸を刺されたと気づいたギエリス王はリズを睨み、反撃しようと魔法を発動する。


 リズは冷静に剣を引き抜くとギエリス王の魔法を切り裂いて破壊した。そして、白目を向いて倒れる王に炎をぶつけて完全に消失させた。


 ギエリス王を燃やした火の粉を振り払い、リズは残ったギエリスの兵達をぐるりと一瞥した。


「あなた達の目的はアイル様と私達を殺し、そしてギエリスの文明を復活させることですね。それなら見過ごすわけにはいきません。私はストルク王国の王女、リズ・ストルクです。世界の敵は、私が排除します!」


 リズはそう言うと一番近くにいた兵に攻撃を仕掛けた。


 ギエリスの戦士達は王の喪失で一瞬遅れを取ったが、すぐに怒りの感情に塗り変わった。

 単身で飛び込んでくるリズを取り囲んで一斉に群がる。何十本もの剣がリズの体を切ろうと迫るが、彼らの剣はリズを捉えることはなかった。


 今まで静観を貫いていたフォールが風の魔法を起こし、ギエリスの兵達の動きを鈍くした。その隙間をリズは光のように駆け抜け、一撃一殺して行った。


 リズによって魔核を破壊された兵達は呻き声をあげて消滅していく。残った兵達はフォールの魔法を振り払い態勢を立て直そうとする。その彼らもリズの刃の前には歯が立たなかった。


 防御魔法を展開しても防御の姿勢を取っても、リズの剣にあっさりと切られて消滅していく。


 高水準の魔法を持つ彼らは、自分達に負けはないと思っていた。だが、リズに圧倒的な実力差を見せつけられ恐怖に震え上がっていた。


 それは彼らが初めて感じた恐怖だったかもしれない。前文明の戦争で彼らは死んだが、その時は志半ばで滅ぶ悔しさで一杯で恐怖を感じる隙はなかった。


 だが今は違った。彼らはアイルを確実に殺すために何万年と時間を費やし計画を練って準備を進めてきた。アイルも三騎士も確実に葬れると絶対の自信を持っていた。


 それがただの少女に滅ぼされかけている現実に浮き足立つ。彼らの慢心が、再び滅ぼされると言う恐怖をより駆り立てたのだった。


「た、頼む、見逃してくれ! 俺たちが悪かった。だから命だけは!」


 迫る恐怖に耐えきれなくなった一人の兵士が武器を捨てて地面に両手をつく。生き残っていた十人ほどの戦士達がそれに倣うように武器を捨てた。


 彼らに接近していたリズとフォールは一瞬止まって顔を見合わせた。武器を捨てた敵をどうするか確かめるように。しかしどちらも答えは同じだったようだ。


 フォールはため息を挟んで銀の羽を周囲にばら撒いた。空気にふわふわと漂った美しい白銀の羽は魔力を溜め込み一本の剣へと姿を変える。


「そう言って殺してきた人々を貴様らは覚えているか? 貴様らの思想は今の世界には危険すぎる。もとより共存などできんのだ」

「そんな! ぐああ!」


 絶望を顔に浮かべたギエリスの兵士達は、一切の抵抗も許されずに銀の羽に貫かれ消えていった。そして最後の一人が消え失せると広場は再び混沌とリズ達だけとなっていた。


「くそ! ここは逃げるしか!」


 ギエリスが消えたことに驚愕した混沌は踵を返して走り出した。だがフォールの作った魔法壁に阻まれ、既に逃げ場はなかった。


「今更どこに逃げるって言うんです? じっくり話を聞かせてもらいますよ?」


 混沌の目の前に飛んだリズは彼の両足を切り跳ばし地面に転がした。そしてフォールが脚で踏みつけ、混沌の身柄を拘束した。

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