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第五百二十一話 騎士の帰還

 新しい体を与えられたジークは、初めから死ぬつもりでいた。


 彼を復活させたハイドの目的はリジーの持つハイドの力だ。彼女を殺すくらいなら再び死を選び、リジーを守ろうと決意していた。


 命縛法で行動を縛られていたが、隙を見て魔力を高めれば、一時的に体を取り戻せることは確認していた。

 あとはハイドの魔法に十分抗えるだけの魔力を集め、ハイドのいる世界ごと道連れにするだけだった。再び愛する人を守れれば十分な成果だと満足していた。


 だがジークの自己犠牲はリジーには許されなかった。


 彼が傷つけまいとリジーを拒絶しても、彼女は決死の覚悟でジークを助けにやってきた。そして、不可能とさえ言われていた命縛法の解除まで成し遂げた。


 生きることを諦めていたジークにとって、それは奇跡だった。これから先もリジーの側にいてもいいのだと、許されたような気がして彼の胸は一杯だった。


 薄目を開けたジークは、涙を見せまいと上に跨っていたリジーにはにかんだ。


 そっと手を伸ばしリジーの頬に触れる。彼よりも先に泣いていたリジーは、頬に触れたジークの手に触れると同じように笑顔になった。


「ジーク、おかえりなさい!」


 大粒の涙を流しながらリジーはジークの胸に飛び込んだ。そして全力で甘えるように顔をぐりぐりと押し付ける。


 小さくしゃっくりをあげるリジーをジークはそっと抱きしめた。血の通った腕でリジーの温もりを感じると、ジークはようやく帰ってきたのだと実感できた。


「お待たせして申し訳ありません、リジー様。ただいま戻りました」


 ジークは甘く囁くように言って、腕の中で泣いているリジーを愛おしそうに見つめた。リジーはジークが消えないと分かると安堵したように力を抜いて体を預けた。


 そして、リジーとジークは再会を喜び合うように見つめ合い、静かに唇を重ねた。近くで見守っていたシーズ達は抱き合う二人を嬉しそうに見つめていた。


 だがその中で、唯一憎しみの感情に囚われていた男がいた。


「感動の再会だな。わしの支配魔法まで破壊しおって、全く虫酸が走る。たかが数十年で死ぬ貴様らが、永遠を生きるわしの邪魔をするとは!」


 暖かくなりつつあった空気を壊すようにハイドは吐き捨てた。


 ジークはリジーを殺すための唯一の切り札だった。それを失った今、神と同じ魔法を扱えるリジーを殺す手段がなくなっていたのだ。


 むしろここからどうやって逃げるべきか、ハイドの頭の中はすでにそのことで埋め尽くされていた。


 全員の意識がリジーに向いている隙に退散しようと、空間の入り口を歪め始める。だがそれは横薙ぎに振られた剣に切り裂かれ消えてしまった。


「まさかリジーが不可能の魔法を実現するとは驚いたな。だが、これで後の心配はなくなった……終わりだな、ハイド」


 長剣を構えたロダンがハイドの前に立ち塞がった。魔法を切られる時に腕も切られていたハイドは、失ったなった右腕を押さえてロダンを睨んだ。


 逃げ道を封じられた先には戦いしかない。だが戦闘が得意ではないハイドにとって、ギエリス一の戦士だったロダンに勝つ見込みはない。完全に手詰まりとなったハイドはじりじりと後退りを始めた。


「わしはこの世を統べる神、永遠を生きる者じゃ。こんなところで死ぬはずがない」


 ロダンの長剣から目を離さずにうわ言のように呟く。そこにはかつての先導者としての面影はない。今のハイドの姿は生に固執してしまった醜い人間そのものだった。


「お前も哀れな男だな、ハイド。後の世界は私に任せろ。だから、もう楽になれ」


 そう言ってロダンはハイドの心臓を長剣で突き刺そうとした。だがその剣はハイドの背後から現れたヴァーレとメローによって受け止められてしまった。


「何かもう終わっちゃったような感じもするけど、とりあえず僕達と遊ぼうよ!」

「寝起きの運動にいい相手が沢山いるね! ねえヴァーレ、誰と遊ぶ?」


 左右に大きな寝癖を作った双子は楽しそうに周囲を一瞥した。


 三騎士のロダンを見て、後ろでシェリー達を守っているシーズを見て、リジーとジークに視線を移す。そして、ジークがハイドの支配から解放されていると直感すると、二人は満面の笑みを見せた。


「お兄さんやったじゃん! 自由の身になれたんだね! それなら、僕達はまた敵同士。前に約束してた通り生身で殺し合おうよ!」

「それならあたしはリジーお姉ちゃんにしようかしら!」


 ヴァーレとメローは互いに頷き合うと、ロダンの剣から離れてリジー達に直進した。


 双子の背後を狙ってロダンは剣を振るが、瞬時に振り向いたヴァーレの剣に止められる。そして、あっという間に距離をつめた双子は、武器を持たないリジーとジークに大剣を振り下ろした。


 しかし、勢いよく迫った二本の大剣はリジー達の目の前で止まって動かなくなった。

 全体重をかけていたヴァーレとメローは動かなくなった大剣から指が外れ、リジーの足元に転がった。


 双子の大剣を魔法で受け止めていたリジーが力を入れると、音を立てて大剣が壊れていく。瞬時に起き上がった双子はリジーに徒手攻撃を仕掛けるが、リジーは双子の手首を掴み勢いよく回転させて再び足元に転がした。


「げっ、つ、強い!?」

「前会った時こんなに強かったっけ!?」


 リジーから距離をとったヴァーレとメローは焦ったように顔を見合わせた。


 三年前よりもリジーが強くなっていると直感した二人は逃げようと頷きあう。そこへリジーの重い魔力が二人にのしかかった。


「あなた達の今の実力だと今の私には手も出ないよ。そこでおとなしくしてて」


 双子を拘束したリジーは一息つく。ジークとの再会を喜びたかったが今は敵を排除する方が先だった。


 リジーは一人孤立していたハイドに向き直った。驚いて腰を抜かしていたハイドが声も出せないようで口をぱくぱくと動かしていた。


「ハイド、もうこの醜い戦いを終わりにしましょう」


 醜く歪んでしまった男は死をもってしか解放されない。意を決したリジーはハイドを殺す最後の魔法を展開した。

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