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第五十一話 将軍の願い

 ドルビーが死んだ。私なんかを助けるために。


 私は親友の安らかな顔を見ながら呆然としていた。

 今まで感じたことがない程の感情が胸の中で猛り狂う。だが、それをぶつける相手はどこにもいない。



 ここは戦場だ。誰が死んでもおかしくない。例えそれが理不尽な死に方であっても、戦った相手に憎しみをぶつけるのは間違っている。相手だって生き残るのに必死なのだ。


 頭では分かっている。だが、それでもぶつけようもない怒りに衝動的に地面を殴る。折れていない方の拳は硬い地面に当たり、新しくできた傷口から血を滲ませる。

 どれだけ悔いても叫んでも死んだ者は戻らない。



「そこにいるのは……アレク将軍ですか? 見た所重症ですが、生きてはいるようですね」



 何度も拳を下ろしていると、突然声が降って来た。聞き覚えのある抑揚のない声は紛れもなくあの少女のものだ。

 振り上げた拳を下ろして見上げると、リジー・スクロウが宙に佇んでいた。


 あれだけ攻撃を受けたと言うのにかすり傷一つない。太陽を背にする姿は神々しく、どう足掻いても手の届かない存在だと認識させられる。


 だがそこにどす黒い物が腹から湧き出てきた。

 ドルビー達は吹き飛んで無残にも死んだ。この戦場には沢山の死が充満しているのだ。なのに何故、そこまで淡々としていられるんだ?


 自分よりも一回りも二回りも小さい少女を睨みつけようとして、気づいた。


 彼女は昨日見せていた凛とした表情はなく、疲れたような顔色を覗かせていることに。

 ……無理もない。彼女も虐殺することには慣れていないはずだ。この惨状を前に彼女も荒んでいるのかもしれない。



 親友を失った悲しみは消えなかったが、少女に対する感情は風船を割ったように萎んだ。私はどうかしていた。こんな少女に責任を擦りつけようとしていたのだから。


「すまない……」

「どうしましたか?」



 冷静になって彼女から目を逸らした。これ以上恥を晒すわけにはいかない。


 そこで彼女の周囲に十数人の兵達が浮いているのが目に入った。彼らはまだ息があるようで、空中で微かに身動ぎしている。



「いや何でもない……ところで、その者達はどうするつもりだ?」


 他にも生存者がいたことに少し胸を撫で下ろし、彼女に問うた。


 今更、重傷者を集めて追い討ちをかけることもしないだろう。分かりきってはいたが聞かないわけにはいかなかった。



「貴軍の後方部隊に引き渡して治療します。応急処置まではしましたが、まだ安全じゃありません」



 どうやら生きている者を救助して回ってくれていたようだ。彼女がいなければ死んでいたはずの者達だ。だが分からないことがある。



 なぜ敵である我々を助ける? さっきまで殺し合いをしていたのだぞ?


 私の質問にリジーは僅かに目を細めて言った。



「戦争はもう終わりました。今はできるだけ多くの命を救うのが優先されます」


 そのために、まだ息のある者達を運搬しているのだと。

 悲しげに語るリジーの髪を風が優しく撫でた。昨日は纏めていた髪は今日は肩まで落ちている。


 それは彼女の慈悲なのだろうか。分からない。だが、彼女に戦闘の意思がすでに無いことがこの場においては救いに感じた。


「アレクさんは両足とも折れてますからまともに歩けないでしょう。一緒に運びますね」

「待ってくれ」


 リジーは私を運ぼうと細い腕を伸ばしてきたが、私はそれを制した。



「どうしましたか?」


 リジーは不思議そうに小首を傾げる。それに合わせて細い髪が揺れ動く。



「こいつも……一緒に運んでくれないか?」


 私は膝元で眠る親友を指差す。

 リジーは無言のままドルビーを観察し、再び私に視線を戻した。少し困惑したように眉根を寄せていた。


「こちらのお方は?」



「私の副官で、親友だった男だ。私を助けるために命を落とした。他の者には悪いがきちんと弔ってやりたい。君に頼める立場でないことは分かっている。だがこの通りだ、頼む!」



 敵に、ましてやドルビー達を葬った張本人に頼むのはお門違いだが、気がつけば手をついていた。彼をこのままここで腐らせたくなかった。



「大切なお方なんですね……わかりました。では、こちらの方も一緒に運びますね」


 リジーは目を伏せて言った。

 そのすぐ後、体が浮かび上がるのを感じた。空から落ちた時のような恐怖はなく、温かいもので包まれたような感じだ。


 彼女の魔力は、私の傷ついた体を少しずつ癒してくれるようだった。


 光に包まれた腕を眺めていると、私の横にドルビーの亡骸も隣に寄り添うように配置された。日に照らされた顔は、何か成し遂げたような満足そうな表情だった。



「感謝する。君は、本当に優しい心の持ち主のようだな……」


 私はリジーの方を向いて礼を述べた。

 彼女の顔は見えなかったが、頭を左右に振っているのが見えた。



「礼には及びません。戦いが終われば同じ人間です。目の前に助けられる命があれば助けます。それに、私は優しくないですよ。この惨状は私が引き起こしたものなんですから」



 そう淡々と言うとリジーは空に浮き始めた。

 ここが最後の場所だったようで、すぐに後方部隊の方へと移動を始めた。

 遠くの方で後方部隊がこちらに向かって来ているのが見えた。



 それを見た途端、足に電流が走ったような感覚が戻ってくる。どうやら今になって骨折の痛みを感じ始めたようだった。

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