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第五百四話 作られた意味

 水晶で彩られた世界で静寂が訪れた。

 魚の水晶が時折床から飛び出しては水晶の水面に飛び込む。小さな波紋がかちゃかちゃと無機質な音を響かせる。水晶の果実を持っていた小動物はその音に驚いて走り去り、その上をキラキラ輝く小鳥が飛び抜けていく。


 ハイドの話を終えたアイルは、昔の余韻に浸るように目を閉じて押し黙っていた。対面に座っていたリジーは感情のない目をアイルに向けていた。


 メルとイルの村にハイドが力を封印した理由。それは時間を経て村人がその封を解いて体に取り込み力を成熟させることだった。


 リリーが生み出された理由も経路は違うが同じだ。

 そして、失われそうになったリリーの力を操ったベオを介して復活させた。それがリジーが生まれた理由だった。

 全てはハイドが自らの命を繋ぐために行ってきたことだった。


 混沌の復活も戦争も、リジーの力を成長させるためだったのだ。


 そして期が熟し、ハイドはようやく動き出した。村の襲撃はハイドの肉体の再生と力の復活が目的だった。今はリジーを狙うために新たな体に馴染ませているという。


 これまでばらばらだった情報がアイルの話に収束する。リジーが持っていた断片的な情報は、今聞いた話が真実であると証明していた。


 アイルを見つめていたリジーは長い息を吐き出し水晶の世界に目を向けた。


 屋敷の中は外の光と連動していないようで、陽の光はなくなり夜空へと変わっていた。動物達は寄せ集まって暖をとるように眠っている。側には星空を透かした水晶の木が生えており、透き通った枝に夜鳥が羽を休めていた。


 現実世界から切り離された水晶の世界。リジーにとって、それは少し前まではどこか別世界のように見えていた。だが、自身もまた世界から切り離された存在と知って、ひどく親近感が湧いていた。


「私が生まれた理由も、これまでの戦いも、全部ハイドが仕組んだことだった……全部、力を手に入れるためだった。そうなんですね」


 リジーは水晶の世界から目を離してアイルに視線を注いだ。何のために生まれてきたのか理解した者の言葉はズシリと重く響く。

 決して非難する視線ではなかったが、アイルはリジーの視線に申し訳なさそうに俯いた。


「そう、全てはハイドがやったことじゃ。そして、これは人だった彼を変えてしまった妾の責任でもある。だからここにおる、奴を確実に眠らせるためにの」


 アイルは憂うように頷く。すると木にとまっていた夜鳥がばさばさと飛び上がり、アイルが差し出した腕にとまった。


 夜空を吸い込む水晶の翼が折り畳まれると、アイルはその硬質な体を優しく撫でる。それを見つけた四足獣達は起き上がると、我先にとアイルの足元に殺到した。


 彼らに口があればきっと騒がしく鳴いていただろう。まるで本物の動物のように生き生きとした様子が見て取れた。


「ハイドはベオに殺されたとジークから聞きました。本当は死んではいなかったのですか?」


 膝に乗ってきた水晶の動物を撫でながらリジーは尋ねた。彼女の周囲にも撫でてもらおうと水晶達がわらわらと集まっていた。


「いいや、あの時ハイドは確実に死んだ。じゃが、その時ハイドは自らの意識をすでに別の場所に保管しておったようじゃ。正確に言えば、ベオの意識の裏側にじゃがな」


 アイルは水面から上がってきた水生動物を撫でながらリジーに答えた。


 激昂した混沌のベオが殺しに来るのはハイドが計画したことだったという。駆けつけたアイルにハイドは死んだとを思わせ、水面下で進んでいる計画から目をそらすためだったようだった。


 計画が成功した後はベオを裏で操り、体を復活させる魔法と、リリーの力を取り戻す実験を続けたということだった。


 だがそれは死を覚悟した上での作戦だ。リリーが見せた泡沫でハイドの形相を思い出したリジーは、納得したように頷いた。


「なるほど。だからあんなに必死になって力を集めているんですね」


 リジーは目を細めて言った。

 以前のリジーであればハイドに対して強い敵対心を持ったことだろう。復讐に取り憑かれていたリジーならハイドを恨むには十分すぎる理由がある。


 だが今のリジーに憎しみという感情はなく、ただ哀れむように遠くを見るだけだった。


「そうじゃな、計画とは言えどハイドも命がけじゃからな」


 リジーの中身が大きく変わってていたことにアイルは思わず苦笑いを浮かべた。数年前、アイルが気にかけていたリジーはもうそこにはいない。目の前にはリリーと同じように真っ直ぐに成長した少女の姿があった。


 それと同時にアイルは直感していた。相手がハイドであろうとも、リジーならアイルの手助けなくとも乗り越えられるだろうと。


 その証拠にリジーはアイルに笑いかけると、「もしかして、二つ目のお話はハイドの居場所でも教えてくださるのですか?」と言った。


 リジーは双子の命のためなら神と呼ばれた男も殺すつもりだった。守るべき者のために力を行使する。それが今のリジーだった。


「今のリジーは昔のリリーを見ているようじゃのう。これと決めたら必ず走りきろうとする姿勢、妾はとても好きじゃよ」


 ふうと息を吐き出したアイルは腕にとめていた夜鳥を飛ばした。羽音も立てずに飛んだ水晶の鳥は星空の天井に吸い込まれて行く。


 まるで本当に空があるかのように姿が搔き消え、水晶の夜空に新たに星が一つ灯った。


「残念ながらハイドの居場所ではない。妾でも所在が掴めておらんからの。だが上手くいけば辿れるかもしれん場所を教えよう。それが二つ目の話じゃ」


 頬杖をついたアイルは小首を傾げてリジーを見つめた。薄暗い水晶の部屋にアイルの赤く美しい瞳が浮かび上がる。すぐに姿勢を正したリジーはアイルの次の言葉を待ったーー



「今日は素敵な時間をありがとうございました」


 屋敷の外に出たリジーは見送りに来たアイルとパレイスに頭を下げた。


 アイルがハイドの手がかりとなる場所を話した後、リジーは生前のジークの話を聞いていたのだ。

 明日からはハイドの追跡を始める予定だったが、今はジークの余韻に浸るようにリジーの表情は柔らかかった。


「ジークの話題を出せる人はほとんどおらんからな、妾も今日一日楽しかったぞ。だからまたここに来るがよい。いつでも待っておるぞ」


 笑顔で言ったアイルは元気よく手を振ってリジーを見送った。そして、空間転移で少女の背中が見えなくなると、隣で同じくリジーを見送っていたパレイスに視線を送る。


 幼女の顔にすでに笑顔はなく、厳しい表情になっていた。


「これから大陸は荒れることになる。パレイスはロダンに連絡を取ってリジーの周辺を警戒、いつでも助けに入れるようにするのじゃ。妾はメリーと会って来る」

「はい、承知致しました」


 主人から指令を受け取った男は静かに礼をすると、すぐに姿を消して移動を始めた。

 一人になったアイルはリジーが消えた方向を一瞥すると、ゆっくりと水晶の世界へと消えて行った。

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