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第五百三話 奇跡の魔法

 ギエリスの文明が栄え始める少し前、アイルは一人で大陸各地を旅していた。


 大陸の意思たる彼女に旅は必要ないが、長い時を生きる彼女にとって旅は暇つぶしでもあった。各地で生き物に触れ合い、人に会い、綺麗な景色を眺める。世界を愛するアイルには贅沢すぎる時間の使い方だった。


 だが世界には美しい一面がある一方で酷く醜い一面もある。


 利を求め始める人間が集まれば、すれ違いは生じる。やがてすれ違いは大きな溝となり争いが起きる。争いが起きれば当然のごとく血が流れ、罪のない命が失われていく。各地を巡るアイルは凄惨な光景を見るたび胸を痛めていた。


 そんなアイルがハイドと出会ったのは、ある抗争が終わった直後の戦場だった。


 双方激しく争ったようで火が燻る戦地には多数の亡骸が転がっていた。そこにハイドも転がっていた。深い傷を負い、青白い顔をしたハイドはアイルが見つけた時には息絶えそうだった。


 その時、ハイドは光と共に現れたアイルが希望の光に見えた。そして助けを求めるように手を伸ばす。


 ハイドは人間同士の争いで死にかけているため、彼の治療は彼の仲間がするべきで、アイルが手を出す範疇ではなかった。


 見殺しにすると言う残酷な話だが、それが摂理なのだとアイルは戦場を離れようとした。


 しかし何の悪戯か、アイルは気が付けばハイドの手を取っていた。ただのアイルの気まぐれだったのかもしれない。彼女は瀕死の傷を瞬時に癒し、ハイドを死の淵から蘇らせた。


 死を覚悟していたハイドは目の前で体験した奇跡を夢か幻かと一瞬錯覚した。


 当時の人間達は魔法が使えなかった。体の内に巡る力はあったが、それを認知して使うところまで至っていなかったのだ。


 初めて魔法という奇跡に触れたハイドはアイルに連れて行ってくれと懇願した。

 もっと間近で奇跡の魔法を見ていたいと頼み込む。助けた手前、放り出す事も出来なかったアイルは仕方なくハイドを側に置くことにした。


 それからハイドはアイルの帯同者となって各地を巡った。必要以上に崇めることはせず、純粋にアイルの使う魔法に目を向けていた。


 彼がその他ことには興味がなかったせいもあったのだろう。次第に打ち解けたアイルはハイドに魔法を教え始めていた。


 ハイドは魔法の面白さにのめり込むとさらに高みを目指すようになった。だが地を知り深めれば仰いだ空はさらに高くなるもの。いくら魔法を覚えてもアイルのような存在になることは不可能だと悟っていた。


 アイルもハイドには人の身のまま死んだ方がいいと諭し、力を与えることはしなかった。


 それから何十年と時が流れ、ついにハイドにも老いがやってきた。旅をして体力はあっても、年のせいで体は重くなり思うように動かなくなる。体得した魔法を使って旅を続けるのがやっとだった。


 だがそれでもハイドはアイルについていくことを決めた。死を迎えるその時までアイルの側で魔法を体感したかった。それがハイドの望みだった。


 長い時を生きるアイルの時間とハイドの時間は違いすぎるが、それでもアイルの記憶に残るほどの時間は過ごしてきた。

 助けた者の責任として、アイルは最後まで彼を見守ることにした。


 そうして訪れた寿命の時。動けなくなったハイドは地面に満足そうに横たわっていた。その横で膝枕をしていたアイルはハイドが静かに息を引き取るのを見守っていた。


 そしてアイルに礼を述べたハイドは、目を閉じて最後の魔法を行使した。


 彼が最後に使った魔法は癒しの魔法だった。節々の体の痛みを取り除き安らかな眠りにつく。アイルの側で一生を過ごし、彼女の慈愛溢れる性格を見てきた彼らしい魔法だった。


 しかしその瞬間、彼が長年追い求めてきた魔法が完成してしまった。


 それは魔法をかけた者の時を止める大魔法だった。体の老いは生身の人間である以上止められない。魔法であっても若返らせられないと知っていたハイドは、体の時を止めて永遠を手にできないかと考えていた。


 老いを感じ始めたハイドが、最後の集大成としてアイルに見せようと準備を進めていたのだ。


 成功する確証は全くなかった。いつもの通り失敗して笑い合って死のうとハイドは思っていた。それが人の道を歩む運命だと分かっていたからだ。


 だが星が生まれる奇跡のように、限りなく不可能に近かった確率をハイドは引き当ててしまった。


 淡い光に包まれたハイドは、息を引き取る前に時間が止まった。さらに奇跡は続くように、直前にかけていた体を癒す魔法が彼の老いを逆転させ、老人から青年の体へと巻き戻していく。


 そして、人の運命から外れたハイドの体は見た目が若くなるだけでなく、髪と目の色も変わってしまった。栗色だった髪は黒へ、そして青い瞳は血が巡ったように赤へと変わる。


 目を覚まして起き上がったハイドは自分の身に何が起きたのかを察した。微妙な空気感の中、アイルとハイドは苦笑いを交わすこととなった。

 それが、人であった男が神となった瞬間だった。


 時が止まったハイドはアイルと同じ時間を手にいれた。それは同時に自身の魔法をより高めることができることを意味した。


 ハイドはアイルと旅を共にする傍ら、自身の魔法を磨き続けた。人並みの魔力しかなかったハイドはありとあらゆる魔法を試し、自身の魔力量を増やせる器を作った。そこへアイルの持つ大地の意思と対になる空の意思をはめ込んだ。


 このハイドの実験も成功した。新たな力を手にいれたハイドはついにアイルと並ぶほどの存在となった。そして、徐々に彼女から距離を取るようになった。


 表面上はアイルを信頼し、同じ先導者として生きる者達を導いていた。ギエリスの文明が繁栄した時も、その後できた新しい文明の時もハイドは偽りの姿を見せ続けた。


 アイルは自分を含めて全てを愛する、慈愛を無限に広げたような存在だ。それに対してハイドは己のことだけしか考えていなかった。


 彼の心にあるのは究極の魔法を作り出すこと。アイルに救われた時のような感動を何度も味わいたい、自分の物にしたい。それだけを願っていた。


 その願いをさらに加速させる現象が起きた。

 奇跡の魔法で若返り、時が止まったように見えた彼だったが、それは違った。彼の残り少なかった時間が、永遠とも思える長さに引き伸ばされただけだったのだ。


 数万年と生きた彼は再び老い始めた。若く張りのある体は徐々に衰えシワが増える。再び老いを感じたハイドは次なる永遠を求めて魔法を探した。


 そして彼が行き着いたのは人の道から外れたものだった。


 自らの命の次に大切な特別な力、空の意思を切り分け別の人間に与える。力を与えられた人間は体内でその力を成熟させ、受け取った時よりも大きな力に変えていく。

 その大きくなった力を再び取り込んで還元し、新たな奇跡の魔法を発動させる。まるで種を蒔いて実った果実を収穫するような方法を人間相手に行った。


 その犠牲者がアトシア王国のリリー姫やメルとイル達だった。

 全ては彼自身が人間という器から脱却するため、永遠の時を手に入れるための計画だった。

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