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第四百九十九話 泡沫の警告

 リリーが最後に見せた記憶は、リジーがこれまで見た朧げなものとは違った。水面に揺れるような景色はなく、鮮明な光景が映し出されていた。


 日が暮れ始め、空が朱色に染まる。家から伸びる影が不気味に村を覆い始める。そして、いつもの村の中心には、村人達が無表情のまま整列して空を見上げている光景があった。


 その異様な光景を見ているであろう人物も、やがては村の中心に向かい、同じように空を見上げた。


 泡沫が赤い空を映してしばらくすると、突如として視界が反転した。真っ逆さまに地面に倒れた視界は赤く染まっていく。


「これは……なんて酷いことを」


 泡沫が映し出す凄惨な記憶にリジーは堪らず顔を歪めた。

 村人が倒れてから意識が途切れるまでの間、他の村人達は無抵抗に殺されていった。


 村を襲っているのは報告にあった通り黒髪の男だった。夕日に立っているせいで男の影が濃く表情は見えない。村に唯一意志を宿している人間のように、男は動かない村人を殺していた。


 そうして何人も倒れていく中、記憶の持ち主の視界が暗くなっていく。だがその時、倒れていた人の手が視界に映り込んだ。今まで動かなかった村人が何かを懇願するように男に向かって手を伸ばす。


 それに気付いた男は振り向きゆっくりと近づいてくる。霞む視界に男の顔が夕日に染まる。初老と思しき男の顔は年齢に見合わず皺だらけだ。その皺をさらに歪ませた男は村人を睨みつけた。


 そして、ゆっくりと振り下された剣が視界を覆って記憶の泡沫が途切れた。


 パチンとリジーの目の前で光が弾ける。リジーは粉々に砕けた泡沫を掴もうとしたが、手をすり抜けるように塵のような光が消えた。

 小さく握った拳を胸の前に寄せる。目を閉じたリジーは記憶を見せていた人に祈りを捧げた。


「リリー、あの男の人が誰か知っているの?」


 そっと目を開けたリジーは感情を殺して言った。


 たった今、リジーが見た記憶はメルとイルが間近で見たものだ。死んだ人達に面識はない。だがメル達と関わってしまった今、リジーはどうしても他人事のようには感じられなかった。胸に当てた握りこぶしに力が入る。


 リジーの視線をまっすぐに捉えたリリーは小さく頷いた。


「もちろん知ってるわ。彼は過去にアトシア大陸に繁栄をもたらした人であり、数えきれないほどの罪を重ねた人でもあるの」


 リリーは苦い記憶を掘り起こすように、眉根を寄せた。


 彼女の脳裏に蘇るのは神殿で笑う男。その醜悪な姿が村を襲った男の姿と重なる。耳をすませば歪な高笑いが耳の奥から聞こえそうだった。


 その名を口にすることを躊躇ってしまいそうだったリリーだが、リジーのまっすぐな瞳に後押しされて敵の名前を口にした。


「村を襲った男の名はハイド。天教会の祖となった先導者で、私達の本当のお父様よ」

「本当のお父様? それってどういう意味なの……それだとリリーが神の子どもっていうことになるの?」


 重い空気がリジー達を覆う。敵の姿を予測していたリジーは、それがハイドである可能性も考慮に入れていた。


 だが、それ以上にハイドとリリーが血の繋がった親子だということに動揺を隠せなかった。リジーはリリーの体を複製されただけなので、リジーもまたハイドと血を分けた者と言うことになるのだ。


 しかし、リジーは心の中ではどこか腑に落ちた感覚になっていた。


 リリーの体は普通の人間とは違う容姿をしている。その血を継いだリジーも同じであり、ハイドの力を持っていることが現実を物語っていた。


 リジーの言葉にリリーは頷き、悲しげな視線を送った。


「言葉通りの意味よ。私はハイドの、お父様の計画で産み出された子なの。そして、その計画は恐らく、今回の事件とも深く関わっているはずよ」


 リリーはそう言うとリジーに光の泡沫を渡し、新しい記憶を見せた。


 それは生前のリリーの記憶だった。

 アトシア大陸の戦争を止めるため、ハイドに説得に行く場面だった。そこでは、村を襲った男と同じ顔の男が高笑いしている姿が映っていた。


 その横の泡沫ではリリーの母と思しき女性が項垂れている光景が広がる。真実を知ったリリーが母を問いただした時のもののようだった。


「ハイドはどうしてリリーを生み出したの? 彼の計画って一体何?」


 二つの記憶を見終えたリジーは静かに問いかけた。

 村に力を封印したにも関わらず、その力が村人に乗り移ると怒りのままに虐殺をする。そんなハイドの不可解な行動と、リリーが生み出されたことに繋がりがあるとは到底思えなかったのだ。


「本当の計画までははっきりしないわ。でも、ハイドは自分の力を強くしようとしてるんだと思うの」


 リリーはそう言うと、リジーに知っていることを全て話し始めた。


 彼女が生み出された表向きの理由は、当時の国王の寿命を伸ばすためだった。そのためにハイドは力の一部をリリーに与え、彼女の成長と共に分割した小さな力を成長させた。


 だが、ハイドは元からリリーの力を国王に渡す気は無かったようだった。彼は別の計画のためにリリーを生み出し力を成熟させたのだ。


 そして、力を別の場所に移すと言う意味で言えば、メル達の村に力を封印したことも同じだった。

 さらに疑り深くなるのであれば、村に力を落としたこと自体が計画だった可能性もあるだろう。


 封印した力が村人に取り込まれ、それらが成熟したところを刈り取る。リリーの時と同じような展開だった。


「リジー、気をつけて。ハイドの狙いは分散した力の回収よ。だから、リジーもその標的に含まれているはずだわ」


 最後にそう告げたリリーは、ゆっくりと光の中に埋もれてリジーの視界から消えた。それと同時にリジーの意識も浮上し始める。

 謎が一つ解決するも、さらに大きな謎を抱えたリジーは、リリーに別れを告げて現実世界へと戻って行った。

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