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第四百九十六話 呪われた姉妹

 メルとイルが暮らしていた村には遥か昔から受け継がれてきた魔法が存在した。それは「天の救済」と呼ばれる魔法だった。


 村人達は遥か昔、一人の男、ハイドから魔法を授かった。その者は腕を振れば天候まで変える力を持っていたという。


 その者には神、あるいは先導者、前文明の生き残り、はたまた黒髪の異教徒など、様々な呼び方があった。それは時代を経るごとに高尚な呼び名へと姿を変えていく。アトシア大陸の人々からすると人知を超えた力を持つ存在だった。


 ある時、飢饉に苦しむ村人達の前にハイドが現れ、作物が蘇る奇跡のような魔法を使って村を救った。それを目の当たりにした村人達は彼を崇めることになった。


 ハイドはそんな村人達に土地を守るための力を授けた。時が巡り、再び危機が訪れた時にその力が村を守るだろうと言い残して。


 その制約として、ハイドは力が外に漏れることを禁じた。封印した力を守るため、村人が外にでることも許さない。固い掟を敷いた。


 それが数千年も昔のこと、ハイドが先導者と呼ばれるようになった時代だった。


 だが時が巡れば村を救った事実は伝説となり伝承となる。閉ざされた世界であっても、何千年と続けば信仰心は薄れるもの。己の目で見るまでは信じない人間も村人から出てくるようになるのは必然だった。


 そしてある時、ついに数人の若者が封印された力を解いてしまった。


 彼らは村の伝承を作り話と信じて疑っていなかった。村の中心には大地を変える力が眠っている。その伝承は年寄りの考えた戯言だと。


 彼らは興味本位で地面を掘り返し、地面に眠っていた力に触れてしまった。それが永劫の呪いになるとも知らず、溢れる光に取り込まれていく。その光は徐々に広がりやがて村全土を覆い尽くした。


 光が消えた彼らは何が起きたのか分からなかったが、すぐに異変に気がついた。


 彼らの容姿は以前とは違うものとなっていたのだ。栗色だった髪は黒く染まり、空と同じ色だった瞳は血と同じ色になっていた。


 そればかりではない。彼らは何年経とうとも、その体が老いることはなかった。与えられた魔力が寿命を引き伸ばしたように、老人は老人、青年は青年、子どもは子どものままの姿だった。


 崇拝を忘れた者に制裁を下すように、光は彼らに呪いを与えた。時間という概念から彼らを切り離し、永遠とも言える時間を過ごさせる不変の呪いだった。さらに彼らに課せられた呪いはもう一つあった。


 それは約束の日が来るまで力を村の外に出してはならないという制約が彼ら自身に働いたことだった。村人達は文字通り、一歩も村の敷地から出ることができなくなってしまったのだ。


 長い時間を生きることになっても村から出ることはできない。それでも狂うことを許されない彼らは、長過ぎる時間の中で蝕まれていった。


 ただ体に植え付けられた力を持つだけの人形へと変わっていく。最終的には、村を襲う人間が現れても、彼らは抵抗しない状態になっていた。


 ただ二人の少女を除いて。


 メルとイルも同じように不変の呪いを受けていた。当時、十歳だった姉妹は成長することも許されず、数百年も生き続けることになった。


 だが不思議なことに、姉妹は他の村人達のように物言わぬ傀儡にはならなかった。周りの大人達が狂っていく様子を見て、いつか自分たちも彼らと同じ運命を辿ると悟っても、二人は正常であり続けた。


 幸か不幸か、それが二人の命を救うことになった。黒髪の男が村を襲った時、メル達はすぐに物陰に隠れてやり過ごすことができたのだ。



「ーー村の人達が抵抗したのも、私達のお母さんが助けてくれたことも全部嘘なの。本当は私達は自分で隠れただけ。あの男は私達が隠れるとは思っていなかったから助かっただけなの」


 メルは一気に話終えると長い息を吐き出して俯いた。

 事情を話す前に正体を見破られた時は、この人なら助けてくれるかもしれないと淡い期待を抱いていた。


 しかし、いざ真実を話すと肩の荷は降りるどころか重くのしかかっていた。


 彼女達が抱える問題は神ハイドが絡む事態。ただの人間が解決できるような話ではなかったからだ。それに彼女達が村から出られたのも何かの罠である可能性が高い。

 イルもそれを分かっているのか、姉と同じように膝で握り拳を作って俯いた。


 リジーは難しい顔をしながら姉妹の表情を見つめていた。


 彼女達がただの子供出ないことは初めて会った時から気づいていた。それも、ハイドと深い関わりのあるものであることも見抜いていた。


 ただ姉妹に課せられた重荷を改めて聞いて、彼女達の運命が過酷であることを思い知らされていた。


 姉妹は何百年と生き続ける呪われた村人だ。触れただけで暴走する力を守らされ、破った途端に傀儡人形に変えられる。そして時が来たら皆殺しにされて力を奪われてしまう運命を背負っていた。


 襲撃した男は黒髪に赤い瞳なので、姉妹を狙う相手は神である可能性は高い。彼女達を守ることは神との敵対を示唆していた。


 あらゆる可能性が頭の中を飛び交うが、リジーはにっこりと微笑むと、俯く二人の頭をそっと撫でた。


「メル、イル、話してくれてありがとう。今まで話せなくて辛かったよね。でも心配しないで、あなた達のことは私が必ず守ってあげる」


 リジーは優しく囁くように言った。

 双子達の暗い真実を知った。彼女達は闇に怯え、助けを求めている。それだけ分かれば、リジーが戦う理由を持つには十分だったのだ。


 姉妹は不思議そうにリジーを見上げ、鼻声で訴えた。


「どうして、どうして助けてくれるの? 相手は神様かもしれないんだよ? リジーお姉ちゃんは怖くないの?」


 彼女達の体は神に類する者が狙っているかもしれない。だからこれ以上誰かを巻き込みたくないと姉妹の本音が漏れる。

 それでも、リジーは笑みを崩さずに口を開いた。


「怖くないわ。だって、メルとイルはもう私の大切な人に含まれてるんだから。あなた達を守るためなら、私は神だって殺してみせる」


 リジーに迷いはなかった。


 三年前の戦争で多くの命を失った。その中にはリジーにとってかけがえのない人達が大勢いた。もう二度と大切な人達を奪われないため、リジーは戦う決意をした。


 そんなリジーの力強い言葉に、姉妹は耐えきれずに啜り泣き始めた。

 誰も助けてくれないと思っていたところに、暖かく迎えてくれる人がいる。胸が暖かくなっていたメル達は自然と泣いていた。


 顔を涙でぐちゃぐちゃにして、双子はリジーの胸に飛び込んだ。そして、これまで溜め込んでいた感情を吐き出すように涙を流し続けた。


「うん。今まで辛かったよね。だから今は泣いていいんだよ」


 そう言ったリジーは姉妹をずっと抱きしめていた。彼女達が疲れて寝息を立てるまで、温もりを与え続けた。

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